第一章 エピローグ
「銅貨八枚ね。はい、カズヨシ君、いつもありがとう」
「いえ、気にしないでください。ここのパンは師匠も気に入ってるんです」
エリナが去ってから三年。あれからカズヨシは言葉も上達し、現地人と大差ないほどになっていた。
今も、パン屋の女店主と普通に会話ができている。
三年の月日の中で変わったことはたくさんある。まず伸長が伸びた。必要十分な栄養と過剰なまでの運動を繰り返していたカズヨシは成長期ということもあり、一気に百六十センチを超えた。もともと小さかったため三年でここまで伸びたのは驚くべきことである。
次に町の人たちとも頻繁に話すようになった。というのも、ユウサイが悪魔を討伐したために半ばユウサイはこの町においては英雄のように扱われている。そのため、英雄の弟子としてカズヨシにも人間が寄ってくるのだ。
ユウサイはというと相変わらず路銀を稼ぐことに注力している。しかし、もう少しでたまりそうだという話をつい最近していたため、旅立ちも近いのではないかと思われた。
しかし、変わったことばかりというわけでもない。カズヨシはエリナが去った今も図書館で一人勉学に励んでいた。ローネからもらった魔導書は穴が開くほど読み込んだため、現在は別の魔導書を読み漁るようになっていた。
今日もまた、図書館で日が沈むその時までゆっくりと教養を磨くのであった。
日が沈み始め、山に帰る。それも変わらぬ日課である。しかし、これにも変化はある。いまだ、ユウサイのように、とはいかなくても、そのまねごとのように山を駆け上がることができるようになったのだ。今では片道一時間もかかりはしない。
「ししょー、ただいま帰りましたー」
「やっと帰ってきたか。カズヨシ」
そういうや否やユウサイはカズヨシに刀を差し出す。
「えっと、どうしたんですか?」
「時は満ちた。旅に出るぞ!。この刀はお前にやろう」
「え、いいんですか?」
その言葉とともにカズヨシは差し出された刀を受け取る。ユウサイは三本の刀を持っており、うち一本は刃こぼれやさびがひどいが、普段訓練に使う分には十分のものである。後の二本は実戦用に研ぎ澄まされたもので、そのうちの一本をカズヨシは受け取った。
今まで木刀や、質の悪いロングソードしか触らせてもらえなかったカズヨシはその刀身をまざまざと観察し、少し顔がにやける。
「旅の資金はたまったんですか?」
「問題ない。よほどの贅沢をせん限り金に困ることはないだろう。明日、最後の買い出しに出てインパルスに向かうぞ。さあ、今晩は忙しいぞ」
そういうとユウサイは夕飯の鍋の様子を見に行く。カズヨシは初めて手にする自分の刀に魅了され、心ここにあらずといった風である。
しかし、そうもしてはいられない。カズヨシはユウサイが鍋を見ている傍らで旅支度を開始するのであった。
その日は食後の修行はなかった。カズヨシがここに来てから初めてのことである。代わりに、家屋の中の荷物から旅にもっていくものともっていかないものを分別し、荷車に運び出す。ちなみに、その荷車を押すのはユウサイとカズヨシである。馬や牛を買う金がもったいなかったのだ。
荷車に荷物を運び終えるとその日は明日に備え、早く就寝についた。しかし、明日から始まる旅に対する不安や、新天地に対する希望を膨らませ、カズヨシはなかなか寝付くことができなかった。
***
目を覚ますとすっかり日は登っており、まさに、出かけるには絶好の晴天であった。すでにユウサイは目を覚まし、身支度を済ませている。
「はよ顔を洗ってこい。飯は行きながら食うぞ」
そういうユウサイは荷車の上で日光浴をしていた。
カズヨシはいつもの近くの小川で顔を洗う。そしてしみじみと、ここで毎朝顔を洗ってきたことを思い出し、しばらくはそれともお別れなのだと少し寂しくなる。
しかし、感傷に浸るなど、自分らしくもないと思い、頬を叩き、気合を入れる。そこで眠気は吹き飛び、いつもの兜着用するのであった。
「さあ、進むのだ息子よ」
そういうユウサイは一向に荷車から下りる気配はない。
(このジジイ……!)
最近はユウサイのこの手の態度に心の中でカズヨシは悪態をつくようになっていた。しかし、口に出さず、黙って荷車を引き始める。
「いきますよ!」
そう言って一気に加速し、馬顔負けのスピードで荷車は山を下っていくのであった。
三年以上毎日欠かすことなく上り下りした山道。それは何とも感慨深いものがあり、これからこの道ともしばらくはお別れなのかと思うと、いろんな記憶が押し寄せてくる。
大ヘビに襲われ、死にかけていたところを助けられたことから始まり、ローネと遭遇したことや、初めて魔法を使ったときのこと。毎日この道を使ってエリナに会いに行っていたこと、かび臭い図書館のこと。可もなく不可もなく、平凡な町のこと。
とにかく、いろんなことがこの数年にはあった。それと同時にふと思う。
自分はユウサイに拾われたあの日から、死を待つだけだった奴隷時代の自分から、何か成長できたのだろうか、と。
答えは否である。もちろん、見方によって肯定というとらえ方もできる。しかし、いまだカズヨシは何一つ満足なものを持ち合わせてはいないのだ。
確かに、剣術はユウサイのもとで訓練するうちにかなりのものになった。魔法の知識も十分すぎるほどに得た。この世界の言葉も死に物狂いで覚えた。
それでもいまだ、目標にははるかに及ばない。
それは、ユウサイの持つ常軌を逸した剣術であったり、エリナと交わした最後の約束であったり、自分が追い求める理想であったり、とにかく様々なものである。そのどれ一つとして、いまだにカズヨシは見上げるだけで、到底手が届くなど、ありはしないのだ。
この旅で少しでも成長できたなら、それは彼にとって、とても幸福なことなのだ。だからこそ、飽きるほど通ってきたこの道で、この先に待ち受ける未来に対しての不安がよぎる。
「カズヨシ、空を見てみろ」
ふいにユウサイが口を開く。その言葉に従い、カズヨシは視線を上げる。
そこにはやはり、雲一つない晴天が広がっており太陽はまぶしく光を放っている。
「見ましたけど、どうしたんですか?」
「なあ、カズヨシよ。お前が何を考えとるかは知らんが、考えて、考えて、もう一回くらい考えて、それでも答えが出ん時は空を見ろ。それだけ考えて答えが出んのなら、それは今考えても答えは出ん。だから脳みその中を一回、あの空みたいにまっさらにして楽観的に考えればいい。結局なるようになるもんだ」
「……そんなに僕ってわかりやすいですか?」
「ああ。少なくとも、ワシにはな。まあ、そう落ち込むな。数年間、ともに暮らしてきたんだ。隠し事も自然とできんようになるもんだ」
「僕には師匠が何考えてるかさっぱりわかりませんけどね」
「がははは!。いずれわかるとも。爺になれば表情筋も、がちがちになる」
仮面越しなのだから表情に関係があるのか、と突っ込みたくはなるも、なんとなくユウサイの言っていることも、わからないでもないカズヨシはそれから不安な考えを捨て、まっすぐと前を見つめるようになった。
「さあ、今日中に隣町まで行くぞ!」
「無茶言わないでください」
こうして二人の旅は幕を開けるのであった。この先に何があるのかなど、誰も知りはしない。二人の旅はまだまだ始まったばかりなのだから。
はい、一章完結です。
次回からは二章になります。二章は設定的な部分よりも、キャラクターを主体に描く予定ですので楽しんでいただけると幸いです。
あ、あと、ブクマとかしていただけたらモチベ上がって執筆速度も速くなる気がします(露骨な催促
次回は明日の12:00〜12:30ごろになります。




