第一話 山の侍と奴隷鉱山 その1
山で遭難したその日、カズヨシの人生は一瞬にして変貌した。
あの日以来、カズヨシは奴隷として鉱山で働かされていた。けがの手当てなどは一切なく、傷が自然に癒える過程で右ひじは通常より十度近く反対に開くようになってしまった。足首の傷は膿み、一時は緑色に変色し悪化もした。一応は治ったものの、いまだに痕が残っている。
鉱山での作業は厳しいもので、手を止めれば殴るけるは当たり前。女であれば犯されることも珍しくはない。男であっても同性愛者の慰み者にされる。
カズヨシ自身も何度か同性愛者の慰み者にされ、日本で甘やかされて育った少年の心はすでに打ち砕かれている。
ほかに一緒にこの場所へ来た子供にも傷があり、そのうち二人はその傷が災いし、作業中に事故で死んでしまった。死ななかっただけ、もしかするとカズヨシは運がよかったのかもしれない。
どれだけの月日がたったのか正確にはわからない。寝床で日数を岩に刻んで数えているが、鉱山にこもりっぱなしで外に出る機会はほとんどないためその日数が正確にあっている確証はどこにもないのだ。
最近は現地の言葉も少しだけ覚えてきている。ただ、奴隷同士で言葉を交わすことなどほとんどないため、監視者の汚らしい罵倒ばかりを覚えてしまう。
クズ、クソッタレ、糞袋、ごくつぶし、その類の意味合いを孕んだ醜悪な単語ばかりである。
「本日の作業終了!」
何十時間かに一度睡眠をとることが許される。せっかく捕まえた奴隷を死なせないために休ませるのだ。
しかし、やっと眠りにつけるというのに奴隷たちの顔は悲壮なものである。彼らからすれば明日生き延びようと、明後日生き延びようと、その次の日もその次の日も生き延びようと希望などないのだ。奴隷として精魂尽きはてるまで働かされるか、鉱山の事故で生き埋めになるか、その二つしかないのだ。
カズヨシも何一つその例外から外れることはない。ただ、土の上で泥のように眠りにつくのみであった。
次、目を覚ましたとき、周囲の人間たちはあわただしく動きまわっていた。何が起こっているのかいまいち状況が把握できないでいると、奴隷内のまとめ役のような老人が近寄ってくる。
「鉱山で事故があった。お前さんもはよう起きて作業を手伝え」
特に文句もなくカズヨシは道具を手に取り作業場に向かう。作業場につくとまず、到着が遅いと監視員に殴りつけられた。顔面二発、腹部三発。もちろん手加減はない。
持ち場に向かうとそれはひどいものだった。今まで掘り進めた坑道は入り口付近から見事にふさがっており、また掘りなおさなければならなくなっていた。また、この先に知り合いの奴隷が生き埋めになっているのかと思うと気も重くなるものである。
しかし手を止めれば監視員から罰を受けることになる。だから仕方なく掘り進める。
幸い、生き埋めになった奴隷の遺体はすぐに発見された。時間がたってからであれば腐敗した遺体から疫病に感染する恐れがあるため、これは幸運なことなのだ。
作業がひと段落するとほかの奴隷とともに遺体を外へ運び出す。
坑道の外には大きな柵が設けられており、何人もの監視員が見張っていた。監視員はカズヨシたちを見ると、すでに火葬用に薪木が用意されている場所を指さす。そこでカズヨシたちはたんたんと火をおこし、遺体を炎へ投げ込む。見知った顔であったが別れを悲しむ時間などありはしない。
遺体を投げ込むと早々にいつもの作業場に戻る。ここからはいつもと何一つ変わりはしない。終了の合図までただひたすら掘り進めるのみである。こんな希望のない日々を繰り返していれば、平和な日本で暮らしていた少年のもろい心などたやすくつぶれてしまう。もはやカズヨシに考える気力はなかった。
しかし、この日だけは違った。
掘り進めること十メートル弱。崩落によるものが大半であったため土は柔らかく、掘り進めるのはさほど苦ではなかった。
いつものようにたんたんと作業を行っていると、いきなり空洞にぶち当たった。ほかの作業場とつながってしまったのかと思い周囲を掘り進める。しかし、それは想像以上に大きなもので、周辺には土に埋まったままむき出しの鉱石が見え隠れしていた。
疑問に思い、同じ作業場の奴隷が監視員に事情を伝えに向かう。すると、遠くから野太い男の叫び声が響いてきた。
「なんだぁ?」と監視員がのんきに口にし、声のする、鉱山の入り口の方向に歩いていく。
監視の目がなくなったとき、奴隷たちは決まって作業を中断する。そうでもしないと体がもたないのだ。
しばらくするとザンバラ髪の妊婦が血相を変えて走り去っていった。走り去った妊婦は身なりも汚く、お世辞にも美人とは言えなかった。間違いなく新しく奴隷を産み落とす孕み袋だ。
彼女らは新たな商品を作る家畜として厳重に管理されている。つまり、先ほどの妊婦は脱走者である。
奴隷の脱走が発覚すれば連帯責任ですべての奴隷に処罰が与えられる。
カズヨシたちは逃げていく奴隷を追いかけようと走り出す。
「まて、なんか、へんだ」
一人の奴隷が声を上げる。その瞬間、妊婦の走りってきた方向から信じられないものが出現した。
「なんだありゃ…」奴隷の一人が声を漏らす。
つやのあるウロコに囲まれた、腹から背中まで五メートル弱、頭から尾っぽまでの長さは見当もつかないほどの大蛇だった。
生まれて初めて目にする巨大な蛇。それは少年の心をかき乱すのにはあまりにも十分なものであり、声も出せず、ただその場でカズヨシは恐怖し、腰を抜かし、全身を貫くかのようなその嫌悪感から立ち上げるのも困難であった。
その大蛇はいくつもある坑道を這いずり周り、爬虫類のぎょろりと見開かれた瞳に映った奴隷を丸呑みしていった。
幸運なことにカズヨシたちの坑道に大蛇が入り込んでくることはなかった。
「しっかりしろ!」
奴隷の一人がカズヨシの頬を叩き、手を引く。
「アリガトウゴザイマス……」
片言の現地の言葉で礼を言うと大蛇が去ったのを確認し、入り口まで走り出した。
勝手に持ち場を離れることによる処罰を受けるのは怖いが、今回ばかりは命がかかっているため、そんなことは一切考えずにただ走った。
「お前らも助かったのか!」
「ああ、そっちも無事か」
カズヨシたちのほかにも何人かは運よく生き残っていたため、途中で合流し、ともに鉱山を抜ける。
しかし、入り口に近づくにつれ、錆びた鉄のようななんとも気持ち悪い悪臭が漂ってくる。それは考える間もなく本能が血の匂いであると訴えていた。
「——————!」
外に出ると誰もが絶句し状況を飲み込めずにただ周囲を見渡す。
脱出を防ぐための柵は無残に崩れ、その周辺には四肢を失い、臓物をまき散らし、苦痛に顔をゆがめて死を迎えた監視員の死体が何体も転がっていた。
「た、助けてくれぇ……」
その凄惨な状況を飲み込めず、ただ唖然としている彼らのもとに、瀕死の監視員が助けを求めてきた。その監視員は右腕を勢いよく噛みちぎられたようで肩もほとんど残っておらず、臓器が見え隠れしていた。
それを見た奴隷の一人が監視員のもとへ走り寄って行った。カズヨシは自分には何もできないと悟り、その監視員から目を背けていた。
すると、監視員から形容しがたいほどの苦痛に歪んだ悲鳴が飛んでくる。
その悲鳴にはカズヨシも怖いもの見たさで振り向くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
次回は明日投稿します
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