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第十七話 山の麓の町のとある物語 その14

遅れてしまい申し訳ありません。部活が忙しくてなかなか抜けられませんでした

 エリナ・マーガス。年は十一。ウェーブのかかった金髪と鼻っ柱のそばかすが特徴の少女である。


 彼女の父親は現、国王の従兄の息子にあたる人物であり、国からは侯爵の位をいただいている。つまり彼女はまごうことなき侯爵令嬢なのである。


 そんな彼女が国境の小さな町で自由にどこの馬の骨とも知れぬ少年と話すことなど、普通であればあり得ることではない。つまり、今のこの状況は普通ではないのだ。


 彼女はつい最近まで首都の空中都市にある屋敷で毎日を召使や家庭教師たちと過ごしていた。しかし、十歳の誕生日で彼女の父親がある話を持ち出した。それは将来の婚約者についての話であった。


 相手は侯爵家の長男。家を継ぐのは確実であり、容姿もそれほど悪くはない。年も近ければ身分も同じ。まさにうってつけの相手であり、断る理由がなかった。しかしながら、彼女からすれば大して知りもしないその辺の男と何ら変わりはしなかった。


 結婚相手は自分の愛する人がいい。そんなことはごく当たり前のことである。しかし、彼女にはそれは許されなかった。親の敷いたレールに乗ることが当たり前の貴族社会では少女の淡い希望などひとかけらも介入する余地はないのだ。


 これから先、彼女は首都の魔法院に六年通い、十八で結婚し、子を産み、老いる。それを不憫に思った母親の意向もあり、せめて魔法院に行くまでの数か月を僻地の領内で自由に過ごさせようということになったのだ。


 しかし、突然田舎に来たからと言って友達がすぐにできるはずもなく、ひと月以上、彼女はふさぎ込むように屋敷にこもっていた。とはいえ、遊び隊盛りの娘が屋敷に引きこもりっぱなしというはずもなく、たまに気分転換のために町を散策するのであった。


 もちろん、広場で遊んでいる子供たちに声をかける勇気はない。しかし、ある日、たまたま入った図書館でおかしな少年を見つけた。


 その少年は明らかに頭のサイズに合っていない兜をつけており、難しい何冊かの本に囲まれて眠っているようだった。兜の中からよだれが垂れてきている。


「ねえ」


 興味本位から思わず声をかけてしまった。


「……ハ、ハイ!」

「ヨダレ、垂れてるよ」


 これがカズヨシとの出会いだった。それから二人が仲良くなるまで時間はかからなかった。エリナは初対面の相手には口を閉じてしまうが、一度話してしまえばすぐに饒舌になり、持ち前の明るい性格が飛び出す。また、初めての同年代の友達ということもあり、エリナにとってカズヨシは思い入れの深い存在となるのであった。


 言葉は教えれば教えるだけ上達するし、わがままも聞いてくれる。そんな優しい友人のことが好きになるのにそう時間はかからない。カズヨシとの時間はエリナの心を癒すとともに、あっという間に過ぎていくのであった。


 そして数か月がたち、エリナの時間はそれほど残っていなかった。だからこそ、エリナは最後の思い出としてカズヨシをデートに誘ったのだ。


 本当はその日を最後にカズヨシとは金輪際、会うつもりはなかった。しかし、カズヨシの師匠を目にし、淡い期待を寄せてしまったのだ。


 その日、エリナは今までこの町で着たこともなかったドレスをまとい、カズヨシの前に現れた。


「こんにちは。カズヨシ」

「コンニチ、ワ」


 初めて見るエリナの姿にカズヨシは困惑を隠せずにいた。

いつもの町娘の一般的な服装とは違い、青を基調とした豪華絢爛なドレス。その姿は図書館に来るまでも何人もの大人に異様な目で見られた。


「びっくりした?」

「エット、エリナ、だよね?」

「ええ、そうよ。私はエリナ。今まで隠してた、というか、全く気が付かなかったみたいだけど、私、実はマーガス侯爵家の長女なの。どう?、このドレス。きれいでしょ?」


 そう言ってエリナはスカートのはしをつまみ、上品に一礼する。


「ダイジナハナシッテ、これノこと?」

「うん。まあ、ほかにもあるのだけど」


 そういうとエリナはカズヨシの座る向かい側の席に着く。


「ねえ、カズヨシ。私はね、物語とか歌なんかに出てくる美しい並びの言葉は思いつかないわ。だから、伝えたいことだけそのまま言うわ」


 そういうエリナはほほを染め、恥じらいながらカズヨシを凝視できないようだった。


「大きくなったら私と駆け落ちして!」

「……エ?」


 全く予想もしていなかった言葉に相変わらずカズヨシは間抜けな声を上げる。


「私、この後すぐに首都に向かわなくちゃいけないの。前にも言ったでしょう?。魔法院に通うことになってるの。それで、そこを卒業したらよく知りもしない男の子と結婚することになってるわ。でも、そんなのってあんまりだと思わない?」


 エリナは恥じらいつつもどこか寂し気にうつむきながら熱弁する。


「だから、お願い。大きくなったら、一緒に遠くへ行きましょう!。私、カズヨシとだったらきっと……」

「ゴメン」

「え……」

「ボクニハ……ムリダヨ」


 意外な答えであった。いつものカズヨシであれば少しぐずってはくるものの、最終的には押し負けし、エリナの言うことに従っていた。しかし、今回はそうではなかった。


「……どうして?。私のこと、嫌い?」


 急にエリナの心の中にたとえようもないほどの不安が押し寄せる。


 もしかすると、自分はカズヨシに迷惑がられていたのではないか、本当はずっとわがままな自分をカズヨシは鬱陶しく感じていたのではないか、そう考え、ふいに目頭が熱くなる。


「エリナのコトハ、ダイスキダヨ。ボクダッテ、エリナトなら、ケッコンシタイ」

「なら、あたしと結婚してよ!。あたしを助けてよ!」

「……ゴメン」


 うつむき、悲痛な声でカズヨシはそうつぶやいた。


「……どうしてなの?。私の何がいけないの?。それとも不安なの?。だったら大丈夫よ!。あなたとならきっと逃げきれる。だって、あなたはあのお師匠様の弟子なんだもの。きっと誰よりも強くなれるわ。だから……」

「……エリナ、ボクも、キミニ、カクシテタコトがアル」


 カズヨシは何かを決心し、顔を上げ、エリナの瞳をのぞき込む。兜の下から除くカズヨシのその瞳は、今までエリナが見てきた彼のどんな瞳よりもまっすぐに彼女を見つめる。その視線に少し動揺し、赤面し、視線をそらしてしまう。


「ボクハ、コノセカイノひとじゃ、ナイ」

「……!」


 カズヨシの言葉を受けエリナは言葉に詰まる。人種が違うことはもとから理解していたが、彼が異世界人であることは思いもよらなかった。いや、むしろそう考えたくはなかったのだ。


 この国における異世界人とはすなわち、奴隷であるということと同義であった。


 異世界人であれば人権は必要ない。かつての王はそう言って労働力確保のために言葉も通じない異世界人を大量に召喚し、現在も各地の鉱山や、農場で働かせている。この町に隣接している山もその一つである。


 そして、カズヨシやユウサイは、いまは深くは調べられていないため、奴隷であることは周囲にばれていないが、給料のいい要職なんかにつこうと思えば、身辺調査を受け、確実に身元がばれる。


 カズヨシの告白はすなわち、きっとそれは、最後の最後に真実を話してくれたエリナに対する彼なりの敬意なのだろう。


 しかし、それを聞いても尚、エリナの気持ちは変わらなかった。


「私は……!、そんなの気にしない!」

「……ダメダヨ。いまはソウデモ、キット、コウカイスル」


 エリナは強く否定しようとしたが、カズヨシを見ると、いつも情けない彼が今日はいつもよりもより一層小さく見えた。しかし、それは彼が決して頼りなく見えた、というわけではない。


 真正面から兜の中をのぞくと、カズヨシは涙を流していたのだ。そう、エリナ以上に彼自身が一番悲しいのだ。


 奴隷として召喚された自分が憎くて仕方がない。


 まとも兜をとって彼女と町を歩くことができない自分が憎くて仕方がない。


 彼女を幸せにすることが叶わない自分が憎くて仕方がない。


 エリナはそっとカズヨシに寄り添い、優しく彼の頭を抱き込む。


「……エリ、ナ?」

「バカ」


 そう言ってエリナも涙を流し、カズヨシはより一層涙を流すのであった。


 しばらく二人は泣いたのち、赤く目をはらしたエリナが口を開いた。


「カズヨシ、あなたは強くなりなさい!。それで、文句を言ってくるやつら全員ぶっ殺しちゃえばいいのよ!」

「ソ、ソンナ、むちゃダヨ」

「無茶でもやるの!。それで、絶対、最高の騎士になって白馬に乗って、私を迎えに来なさい!。待ってるから!」


 涙目で声を詰まらせながら、鼻水をすすりながら、何とかエリナはそう言い切ると、兜を鷲掴みし、額を押し付ける。


「や・く・そ・く・よ!」


 その時のエリナの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃでとてもかわいいとは言えなかった。それでもカズヨシはより一層エリナが愛おしくなり、首を縦に振ってしまうのであった。


次回の投稿は22:00〜22:30ごろになります

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