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第十三話 山の麓の町のとある物語 その10

 翌朝。早朝の走り込みを終え、食事をとると、二人はすぐに山を下った、普通の旅人であればまだまだ動き出す時刻ではないため、そこまで急ぐ必要ななかった。そのため、ユウサイはカズヨシの今の体力がどの程度のものなのか調べるためにカズヨシのペースで山を下ることにした。


 山を下り終わるころ、まだまだ町に活気はなく、露店なんかは開店の準備の最中であった、


 カズヨシのペースはおおむねユウサイの予想から外れることはなかった。タイムは二時間半弱。ユウサイから見ればカタツムリのような速度ではあるがそれでもカズヨシからすれば大きな成長であった。このままいけば以前目標タイムとして設定していた二時間を切る日もそう遠くはないとユウサイは確信した。


 町に着くと二人は一目散に宿屋に向かった。この町の宿屋は一つしかない。特別綺麗というわけでもなく、食事が美味しいわけでもない。値段も高くもなければ低くもない。そんなふつうの宿である。

入り口からズカズカとユウサイは遠慮のかけらもなく建物に入る。


 ユウサイの後に続き、恐る恐るカズヨシも中に入る。そして周囲を見渡し、目当ての人物を運良く見つけ出す。


「師匠、あの人です」


そう言ってカズヨシはだらしなく、しなったツバ広の帽子をかぶった人物を指差す。


「あんたがローネさんかい」

「え?」

ユウサイがローネに声をかけると、ローネは予想もしていなかったため、思わず声を上げる。

「あなたは……」

「ワシはユウサイ。昨日、お前さんを山から案内したガキの保護者だ。少し話があるんだが、構わんかね?」


 ユウサイの言葉を受け、ローネはユウサイの隣にちらりと目を向ける。そしてそこにいる少年を見て何かを察したように凛とした面持ちに変わる。


「そうですね。ええ。どうも私にはあなたに話さなければならないことがあるようです。ここではなんですし、どこか静かな場所に行きませんか?」

「ふむ。よかろう。どこかいいところはあるかね?」

「そうですね……、あそこなんてどうでしょう?」


 そう言ってローネが案内した場所は図書館だった。


「図書館ハ、ハナストコシャナイデスヨ」


 いつもエリナと面白おかしくおしゃべりを繰り広げているカズヨシが言えたことではないが、込み入った会話の場に図書館を選ぶのはいかがなものかと思い、片言が飛びでる。


「小さいことは気にしたって仕方ないよ。カズヨシくん。どうせ人は少ないんだし、隅っこならそれほど周りも気にしないだろう。ここで構わないでしょうか?」


「ワシは構わん」


 二人が納得している以上それ以上はカズヨシは口出し出来なかった。


 館内に入るといつものように隅っこの席が空いており、何の迷いもなく一行はそこに向かう。


「さてと、何から話せばよいのやら……。一つ確認なのですが、カズヨシ君」

「ナンデスカ?」

「君は魔力に目覚めたってことでいいのかな?」

「ハイ」

「ふむ。そうか。まあ、そうだろうね。それで、えーと、あなたは……」

「ユウサイだ」

「失礼。ユウサイさん。あなたはこの件について私に話があるということでいいんでしょうか?」

「ああ。大体あっている。ワシはお前が息子に何を飲ませたのかを知りたい。できるだけ事細かくな」

「知ってどうなさるのですか?」

「話す必要はあるかい」

「ええ、まあ、物が物ですから」


 ローネは罰が悪そうにうつむく。その口ぶりから、やはりカズヨシが飲んだものは普通の魔力水などではなかったことを安易に想像させた。


「……そんな大層な理由はないさ。諦めていたものが手に入るかもしれない。だから行動する。それだけだ」

「あなたは魔法を手に入れて何がしたいのですか?」

「ワシはただ純粋に強さを求めとる。ばかげていると考えてくれても構わんがな。だからそのために魔法が必要なのだ」

「なるほど。ばかげている、と思わなくはないですが、確かにそれは男ならば誰しも一度は夢見るでしょう。ですが、私がその夢をばかげていると考えるのは、きっと、多くの人々がその夢から逃げだしたからなのでしょうね。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ」

「あなたは、どうしてその夢をあきらめずにいられるのですか?。失礼ですが、あなたはもうあまり若くはないように見える。年を取れば安定した生活を求めるものでは?」

「言っただろう。大層な理由などひとかけらもありはせん。ただそこに強くなれる可能性がある。そしてワシにはそれが叶わない位置にあるとはおもえん。だから求めるのだ。そこに歳は関係ない。別にワシは大切な人を殺されたわけでもないし、わけのわからん使命を帯びているわけでもない。ただ、強くなりたいだけだ。これでは不足かね?」

「……いいえ。うらやましくすら思いますね。私もあなたのような男になりたいものです」

「やめとけ若造。適当に魔法屋にでもなったほうがよほど楽しい余生を送れることだろうよ。それで、言うことはほかにあるだろう」

「……ふむ。そうですね。では、お教えしましょうか。ただし、他言無用でお願いします」


 そう言ってローネはカバンから地図を取り出す。といってもそれほど正確なものではない。ローネが旅をする過程で描き紡いできたものである。


「私はもうかれこれ二年ほど旅をしているのですが、もともとインパルス帝国の“裂け目”を見るために旅していました」


 そう言いながらローネは地図上の最南端を指さす。そこには黒く線が引かれ、横に裂け目と書かれている。


「ほう、“裂け目”か。あそこにはワシも一度行ってみたかったが」

「アノ、サケメ?、ってナンデスカ?」

「ん?。ああ、カズヨシ君は知らないのか。“裂け目”ってのはこの世界の端っこのことさ」

「セカイノハシッコ?」


 一瞬、ローネの言葉を理解することができず、カズヨシは首をかしげる。彼の常識では世界は丸い。少なくとも地球という青い星は丸い。だからこそ、世界の端っこという表現がどうも腑に落ちなかった。


「この世界は大きな大樹によって支えられてるだろう?。でも大樹がいくら大きいとはいえ、限度がある。その限界が“裂け目”ってわけさ」

「??????」

「あ、あれー?、うーん、どう説明したらいいのかなぁ?。仕方ない、一から説明したほうがいいのかな……?」


 そこからローネはカズヨシにこの世界の成り立ちについて説明し始めた。話がそれはしたが、ユウサイもこればかりはと口をはさむことはなかった。


 ローネは次のように語った。


 この世界ではもともと地上にて天使と悪魔が神々の尖兵として地上の覇権をめぐっていた。そして戦いのさなか、天使、悪魔、双方の神々は死に絶え、お互いに戦う意味を失っても尚、お互いを憎み、殺し合いつづけた。そしてついには決着の時が訪れた。


 勝者は悪魔であった。


 戦に敗れた天使達は自分たちの最後に残った力を使って地上に空を覆いつくす大樹を生やし、その大樹の上に悪魔から逃げ去った。


「で、天使は大樹の上に逃げると最後の力を失い、羽を失った。そして生まれたのが僕ら人間ってわけさ。以上、世界一有名な天使と悪魔の始まりの戦いの神話でした。どう?。理解できたかな?」

「エット、ハイ」


 納得したわけではないが、元居た世界の法則が当てはまる確証がどこにもないため、カズヨシは心なく返事を返す。


「よし。それじゃ、本題に戻りましょうか。それでですね、私が“裂け目”に向かった理由なんですけど、魔法院にいたころ、ある興味深い論文を読みまして、それによると、七年に一度、“裂け目”からは“神樹の朝露“と呼ばれる特殊な液体が取れるということが書かれてまして……」

「それをカズヨシに飲ませたのか?」

「ええ。何らかのいい影響があることは確かだったので彼に上げることにしました」

「何らかのいい影響?。ずいぶんとあいまいだな」

「ええ、まあ、そこがちょっと痛いところなんですけど、正直に言うと私にはどうにもできなかったんです」

「というと?」


 ローネはまたもカバンから今度は冊子を取りだす。その冊子の中には昨日カズヨシが見たローネのメモ書きと同じ筆跡の字がびっしりと書き込まれていた。


「これは私の研究のノートです。ここには僕の書き記した“神樹の朝露”について情報が載っています。」

「拝見しよう」


 そう言ってユウサイはローネのノートをすらすらと読み進めていく。もちろん、一ページ一ページ読み進めていては時間がかかりすぎるため、ローネは特に読んでほしい部分を指定する。


 その内容は様々な実験の結果であった。しかし、どの結果も因果関係がさっぱりわからない研究結果としてはあまりにもお粗末なものであった。


「ご覧いただいた通り、僕にはこの液体が一体何なのか見当もつきません。半年前に魔法院に届けて調査を現在も続けていますが、いい知らせは届きませんね」

「なるほど。しかし、まあ、なるほど。確かに何らかのいい影響は期待できるわけだ」


 ノートによると実験結果の生物に対する作用はどれも文字通り“いい影響”を及ぼしていた。枯れた花にかければ季節関係なしに咲き続け、死にかけたネズミは翌日から何事もなかったように活動を再開する。ほかにも事例があり、それはどれも悪影響は一切感じられなかった。


「それで、人体実験がしたかったのか?」


 ユウサイはノートを閉じ、ローネをにらむように見つめる。ノートの中にはほかの健康な動物が“神樹の朝露”によって魔法の才に目覚めるという話もあった。そうでなくても体が頑丈になったり、体力がついたりしていた。


 しかし、人間に使った例は一つもありはしなかった。


「まあ、その気持ちがないといえば嘘になりますね。私が飲んでしまってもよかったんですが、私なんかが飲んで何かの才に目覚めたって宝の持ち腐れですから。ああ、もちろん、九十九%彼の身に悪影響が起こらないことは確信していましたからそこは安心してください」

「まったく、これでもウチの息子なんだ。金輪際、こういうことはよしてもらいたいね」

「ええ、そのつもりです。一応は彼に魔力が宿ったことについての説明は終えたかと思いますが、何か質問はありますか?」

「じゃあ、一つ、お前さんが“神樹の朝露“を得たのはいつごろだ」

「ちょうど一年ほど前です。ただ、あれの入手は困難を極めますよ。なんせ、七年に一度のみで、量も限られますから、競争率が異様に高い。現地では貴族が万能薬として湯水のように金貨を差し出すといわれているほどですから」

「ふむ、忠告感謝する。だが、問題ない。今から六年後必ずワシは魔法を手にする。これは決定事項だ。何人たりとも邪魔はさせん」


 そういうユウサイの顔は仮面に隠れて見えなかったが、自信に満ち溢れているようにカズヨシには見えた。


次回は22:00ごろになります

ブクマとかしていただけたら作者の励みになります!

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