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第十一話 山の麓の町のとある物語 その8

一章は前振りや設定的な部分が多いのでサラッと読み流していただければ幸いです

 次にカズヨシが目を覚ました時、妙に体が疲れたような感覚があり、瞼を開くことすらもおっくうになるほどであった。


 目を開き、周りを見渡すと、窓からは夕日のこうこうとした赤い陽光が差し込んでいる。そして、目の前には眼鏡をかけたローブの頼りない男。ローネが魔導書を読んでいた。


「お、やっと目を覚ました」

「オハヨウゴザイマス……」

「ああ。おはよう。っと、そろそろ私は宿屋に行こうと思うけど、君はどうする?」

「ヒガシズムまえに、ヤマニ、カエリマス」

「そうか。うん。それがいい。それと、君にはこれを上げよう」


 そう言ってローネは一冊の分厚い魔導書をカズヨシに手渡した。それは眠りにつく前にローネとともに使っていた魔導書と同じものであった。しかし。それには図書館のハンコがついていなかった。それに、先ほどのものよりも黄ばみが少なく、虫食いが見当たらない。その代わり、ところどころにメモ書きがちらほら見られた。


「私の学院時代のものだよ。私にはもう必要ないからね。さ、そっちの魔導書は私が元あった場所に戻しておこう。君は早く帰りたまえ」


 そう言ってローネは図書館の魔導書を手に取り、立ち上がる。


 カズヨシは一言、「アリガトウゴザイマス」といってカバンに魔導書を詰め込み図書館から出ていくのであった。


 太陽はいつもの帰る時間よりもおおきく傾いている。時刻は五時過ぎといったところだろう。山小屋に戻るころにはすっかり日が暮れることは覚悟していた。


 そのため、カズヨシは遅くなるのであればいっそのことゆっくり帰ろうと思い、カバンに詰めた魔導書を歩きながら開く。まだ日が昇っているため山道でも本を読むことは可能だ。


 魔導書の中身はローネの言う通り確かにわかりやすいものだった。いちいち専門用語で躓くこともなければ、難しい理論も一から説明してくれている。それに加えてローネのメモ書きが素晴らしく、疑問に思ったことの答えがすべて書き込まれていた。


 そのため、すらすらと文章を読み進めることができ、使えもしない魔法の知識を驚異的なスピードで吸収していくのだった。


 おおよそ五十ページほど読み進めたところで演習問題として“飛行”の魔法の発動手順が記されていた。


 カズヨシは読み進めた知識を活用したいと思い、その問題に挑戦する。立ち止まり、メモとして地面に木の棒で魔法の組み立て式を記述する。


 魔法の発動には魔法式と呼ばれる数学の方程式のようなものが存在する。カズヨシは算数が得意だったため、この魔法式というものに興味をそそられていた。


 魔法式の解き方もローネのメモ書きには丁寧に記されていたため、問題を解くことはさほど難しくはなかった。


 そこから導き出された答えを魔力と組み合わせることで魔法が発動するのだ。たいていの場合は数学同様、公式を覚えて発動することが多いとコラムに書かれていた。また、熟練者であれば感覚的に発動することも可能になるという。


 カズヨシは導き出された答えを見て初めて自分が解いた魔法式に感動する。そして出来はしないと思っていても地面の魔法式に手を当て、魔法が発動しないだろうかと願う。


 その瞬間、体の中から何かが流れていく感覚がカズヨシを襲う。なんとも気持ちの悪い、おかしな感覚であった。


「なんだこれ!」


 そして次の瞬間、自分の体がとんでもなく軽くなっていき、最終的に重力を感じなくなり、ついにはゆっくりと空に舞い上がっていくのであった。


「う、うわぁぁ!」


 自分の体が浮かび上がることに恐怖し、叫び声をあげてしまう。そしてその時、カズヨシは気付くのだ。自分が魔法を使っていることに。


 先ほどの魔法式を思い出し、方向転換を試みる。すると、周囲の樹木の上まで浮上したところでぴたりと動きが止まり、ゆっくりとカズヨシの思い通りの方向に向かい始めた。


「お、おおおおおおお!」


 今度は叫び声ではなく、喜びの雄たけびを上げる。そして存分に己が魔法に酔いしれ、周囲を飛び回るのであった。時にはゆっくりと風に支配されるように流されたり、時には走るときと同じくらいの速度で飛び回ってみたり、それはそれは楽しんだ。


 しかし、すぐに魔力が切れ、元の位置に降り立つとともにひどい倦怠感がカズヨシを襲う。いや、感覚が興奮によってマヒしていただけでじわじわと感じ始めていたのだ。


 それはまるでひどい筋肉痛になったかのようで、体を動かすのも苦になるほどである。そのため、帰らなければならないと頭では理解していても体は言うことを聞かなかった。


 しばらく、その場で倒れこみ、夕空を眺める。魔法が使えたことによる興奮から、今のカズヨシにはただの夕空すらも美しく感じ、物思いにふけるほどであった。


 思えば、この世界に来てからというもの、カズヨシはそれほど恵まれているとは言えなかった。はじめは鉱山で奴隷として働かされ、何度も死を覚悟する場面があった。生理的に受け付けない事柄も少なからず強要された。ユウサイに拾ってもらってからはいくらかマシになったとはいえ、剣の修行と勉強の毎日である。自分から望んだこととはいえ、娯楽に富んだ世界に生まれたカズヨシにとっては若干退屈な単調なものであった。


 しかし、ようやく、この世界にやってきて二年以上が経過してようやく、異世界らしい心躍る事象に触れることができたのだ。


 たしかに遠目から魔法を見たことはあった。それだけではなく、元居た世界では決して見ることも叶わない化け物だって間近で目にした。ユウサイの剣術も元居た世界では十分に魔法と見間違えるほどの絶技であり、当然、目にすることはできなかっただろう。


 しかし、カズヨシは見る、のではなく、実際に魔法の片りんに触れることができたのだ。体験することは見ることや聞くこととは全く異なる。だからこそ、カズヨシは体は動かずとも心はいまだに興奮を続けている。


 その時だった。周囲からカサカサと何か生き物が近づいてくるような音が聞こえた。無理をして起き上がり、周囲を確認する。すると、


「何やってんだ」


 あきれた顔をしたユウサイが森林の中から勢いよく飛び出す。


「いやあ、まあ、ちょっと」


 バツが悪そうに、しかし、どこか嬉しそうにカズヨシは答える。


次回の投稿は12:00ごろです


同時にこれからについての物語の進行状況なんかも投稿するよていです

ブクマとかしていただけたら作者の励みになります!

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