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ある晴れた日曜日

作者:

久しぶりに太陽が出ている日曜日。

隣で寝てると思ってた人は温もりだけを残して居なくなっていた。


「なるー」


愛しい彼の名前を呼ぶと返事の代わりにキッチンからパンの焼き上がりを知らせる音が聞こえてきた。

重たい体を無理やり起こしてまだボーっとしている頭に構わずキッチンに向かった。


「目玉焼きだ」


「おはよ、あさこ。まだ寝てて大丈夫だったのに。」


「なるよしが居ないから起きちゃった。」


「そっか。じゃあ飯用意しとくから顔洗ってきな。」


うん、と返事を返して顔を洗いに行った。

鏡に映る自分の顔はお世辞にもキレイなんて言えない。

この何の特徴も無い顔もメイクをすればそれなりになるが、今日は外に出る予定はないからそれはしない。

顔を洗うと少しむくみが取れたのかさっきより少しはマシになった。


「なる、今日何かあるの?」


「どうして?」


「いつもより早くない?」


「そうかな?」

とぼける様に話すなるよしを不思議に思ったが、今はこの美味しそうに輝いている目玉焼きを食べることにした。


「今日良い天気だね。久しぶりにどこかに出掛けようか。」


にっこりと笑いながら言うなるよしに面倒くさいなんて言えるわけもなく、行くっと短く返事をした。


それでもなるよしと出掛けるのは久しぶりだったのでメイクもいつもより時間をかけてやったし、服を選ぶのにも大分頭を使った。



「あさこ、まだ?」


ソファに座ってテレビを見ていたなるよしは待ちきれなくなったのかそう聞いてきた。


「まだって、いきなり言われたんだから仕方ないでしょ。もう少しだから待ってて。」


あたしは急いで髪を整えて、バックに財布と携帯を入れたことを確認するとなるよしのもとへ行った。


「もう大丈夫なの?」


「うん。」


「今日は久しぶりだから。」


あたしがそう言うとなるよしはあたしの頭を撫で、にっこりと微笑んだ。


「じゃあ行こっか。」


いつもあたしたちが出掛ける場所は決まっていて、そこはマンションの近くにある教会だった。

何をするわけではないが、教会の外観や庭園が気に入っていて来ることが多かった。

なるよしと暮らし始めたばかりの頃は、いつかあたしたちも結婚できるのかなって思ったこともあった。

しかし、同棲して5年、付き合い始めて8年経った今その思いは無くなっていた。

「ねぇあさこ、今日はいつものとこじゃなくてさ俺行きたいとこあるからついて来てくれる?」


「えっ?なる、珍しいね。どこに行くの?」


「秘密。」


今日のなるよしはどこか変だ。

いつもならこんなこと言わないし、それに今日は少し上機嫌に見える。

もしかしてという考えが頭に浮かんだが、すぐにその考えを振り払った。いつだったかなるよしに言われた言葉を思い出したから。


「もうすぐだから。」

そう言ってなるよしはあたしの手を握った。

なるよしはよく人の手を握る。

1度理由を聞いたことがあった。

あの時なるよしは落ち着くからと言って笑っていた。

その笑顔を何よりも愛しく思う。

だからあたしは、なるよしから離れられないのだ。

結婚をすることもなく、中途半端な関係だと感じて悲しくなることもあるのに、いつもなるよしの笑顔を見るとこの関係を終わらせることができなくなる。


「疲れた?」


顔だけあたしの方に向けてなるよしは聞いた。


「大丈夫だよ。だけど、ちょっとまだ眠いのかも。」


「そっか。でも、もう少しだから頑張って。用事が済んだら昼飯食べに行こう。」


良い店見つけたんだよね、とか呑気に話すなるよしの喋り方をいつもなら好きだと思うのに、今日は何だか鬱陶しく感じる。

疲れてるからかもしれないし、日に日に募っていく不安や焦りに勝てなくなってきてるからかもしれない。


「見えてきたよ。」


そう言ってなるよしが指を指したのは最近できたばかりのマンションだった。


「ここ?」


マンションの入り口まで行くと、なるよしはちょっと待ってねと言うと、扉を開けた。

あたしが驚いていると、なるよしは笑いながら早くおいでと言った。

混乱した頭のままでなるよしに着いて行くと、なるよしは307と書かれた部屋の前で止まった。


「あさこ、ここが俺たちの新居になるんだよ。」


そうなるよしは言ったがあたしの頭はまだ状況を理解できなくて、ただただなるよしを見つめることしかできなかった。

なるよしは、そんなあたしの手を握り、部屋の中へ入った。


「あさこ、前住みたいって言ってたよな。気に入らなかった?」


少し不安そうになるよしが見てきたが、あたしは笑って答えることができなかった。


「どうして勝手にこんなことするの?」


自分の意志とは反対に声が震えだした。


「なるよし、2人のことは一緒に決めようっていつも言ってるよね?どうして守ってくれないの。」


小さな決め事もあたしにとってはなるよしとの生活の一部で、だから守らなきゃって思ってたのに。

些細なことだけれど、今はとても辛く感じる。


「なるよしの考えてること分からないよ。なるはあたしが居なくても大丈夫なんじゃない?なるはあたしと居て幸せ?今でもあたしのこと好き?」

いつだったか言われた、なるよしの言葉。



結婚しなくても良いんじゃない?あさこはあさこで俺は俺だよ。何が変わるわけじゃないんだから。



そうかもねって笑ったあとなるよしに隠れてあたしは泣いた。

結婚に憧れも持っていたし、結婚すればなるよしとずっと一緒に居られるような気がしたから。


「あさこ、泣かないで。」


そう言うと、なるよしはあたしを抱きしめた。

なるよしに言われて自分が泣いていることに気がついた。


「あさこ、ごめん。そんなに怒るとは思わなくて。でも、これだけは聞いて欲しい。」


そう言うとなるよしはあたしの肩に手を置いて、あたしを体から離した。


「あさこ、こっち向いて。」


言われた通りなるよしの方を見ると、なるよしは真剣な目つきであたしを見ていた。

そしてそのまま口を開いた。


「あさこ、俺はあさこと出逢って8年、倦怠期も乗り越えてきて、いつの間にかあさこが出張とかで居ないと何となく落ち着かなくなってた。あさこが笑うと俺も笑いたくなるし、あさこが隣に居るだけで安心する。多分、これが幸せってことで、これはあさこが居ないと無理なことなんだ。寝ぼけてるあさこも泣いてるあさこも笑ってるあさこも全部が愛しくて、離れたくないんだ。でも、あさこ最近落ち込むことが多くなっただろ?俺のせいかなって思ったら、やっぱりけじめつけるべきだと思ったんだ。」



「結婚しよう、あさこ。」



止まったと思った涙がまた流れてくるのが分かった。

でも、さっきと違うのは泣けば泣くほど嬉しい気持ちが溢れてきたことだ。



「あさこ、好きだよ。」


そう言うとなるよしはまたあたしを抱きしめた。あたしは溢れてくる気持ちを抑えられなくてなるよしの体にきつく抱きついた。

この気持ちが伝わるように。なるよしと離れないように。


「なる、あたしも好き。大好き。」


「それで、結婚、してくれる?」


「もちろんだよ」


そう返すとなるよしは幸せだと言って笑った。

あたしはこの笑顔をずっと見ていたいと思った。


ある晴れた日曜日に、あたしたちは新しい生活をするための準備を始めた。



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