恐怖がないという事
それにしても、初めてだ。
この世界に来て初めて、恐怖に支配されずに千尋様を見る事が出来た。
思わずマジマジと千尋様の顔を凝視してしまう。
輝く金色の髪、深い緋色の瞳、白い頬、高い鼻梁、本当にあのゲームのままなのね。
寂しそうに、辛そうに、私を見るその表情までも。
「真白?」
「綺麗……綺麗、ね」
嬉しくて、私の目からはまた新たな涙が流れていた。でもこれは純粋なる嬉し涙だ。
「な、なぜ泣く!? 俺の妖気がまだこぼれているのか?」
「ちが……怖くない、千尋様……初めてで……嬉しくて」
千尋様が息をのむ。
あんなに好きだった千尋様が、逢う毎にどんどん怖い存在になっていったあの絶望感。
今思えばそれは、千尋様が成長し妖力が高まったせいだと分かるけれど、子供の時はそんな事わからなくて、ただ悲しくて怖かった。
そのうち怖くて顔を見る事さえ出来なくなって、今じゃ遠くから近付いてくるのを察知してだけで逃げてしまう程だったから。
「顔、見たの、久しぶりで」
「真白……」
すごい、傍に寄っても脂汗も出ないだなんて。あまりの嬉しさについ千尋様にフラフラと近付き、頬にそっと手を伸ばした時だった。
「真白……!」
いきなり、ぎゅっと抱き締められた。
「俺を嫌っていたんじゃないのか……!」
「嫌っていたわけでは……ただ、あまりにも強い妖力が、怖くて。いつもこうならあんなに怖がらなくて済んだのに」
さすがに恥ずかしくなって、腕の中でモジモジと身をよじった。
いや本当、恥ずかしいんですけど。
「すまなかった……! 常に妖気を全力で放つよう、父上から厳命されていたのだ」
「えっ!? じゃあ……大丈夫なんですか!? 今、だって、妖気」
「うむ、帰ったらえらい事になりそうだが、もういい。今この時の方が大事だ」
いやいやいやいや、それはヤバい、それはヤバいよ。
お屋形様は千尋様より妖力が強い、私からしたら既に化け物の域に入るお方だよ!? そんな人怒らせるなんて絶対無理、私の命に関わるって。
「は、離してください」
「いやだ、もっと早くこうしていれば……! 怯える真白が可哀想で、自由にしてやりたかっただけだというのに、一族からも学園からも追放されてしまって……俺が愚かだった、すまない真白」
「許します、許します! だからちょっと離れて」
「いやだ、俺も怯えていない真白など初めて見た。可愛い、こっちを向いてくれ真白」
「え、あの、婚約解消しましたよね!? お屋形様にも絢香さんにも悪いですから!」
そう言った途端、周りの空気が急に冷えた。
「なぜそこで、絢香の名がでる。真白、まさかやはり」