どうしたんですか、千尋様?
「あいつに変な事はされなかったか!? 馴れ馴れしく触れられたりはしていないだろうな!?」
千尋様があたしの両手をとって、噛み付くみたいに矢継ぎ早に詰問してくるけれど、正直それどころじゃない。
脚はガクガク。
目からは勝手に大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。
鼻の奥がツーンとするけれど、乙女として鼻水だけは出さないように必死で啜りあげている。
ああもう、今にも腰が抜けそう。
尻尾なんか完全に両脚の間に挟まっちゃってるし。耳だってぺたんこになって頭に張り付いてしまった。
そう、今、あたしの本能が全力で千尋様を恐怖している。
ああ、千尋様、千尋様、どうか手を離してください。そして願わくば三メートルくらいの距離をいただけると僥倖でございます。
言いたいけれど、歯の根もあわないあたしには普通に会話することすら出来なくて、ただひたすらに涙を流して目線だけで懇願する。
ようやくあたしののボロボロの泣き顔とブルブル震える腕に気づいた千尋様が、とっても気まずそうにゆっくりと手を解放してくれた。
「……すまん、お前は俺の方が怖いんだったな」
傷ついたみたいな、寂しげな笑み。ゲームをしてる時から大好きだった。
千尋様は何にも悪くないのに妖力を感じ取れる者からすべからく恐れられる。特に許嫁の真白からはそれはそれは恐れられていて、それが可哀想で可哀想で、あたしはいつもテレビの前で涙した。
その孤独をしっているというのに、真白になってしまった今、千尋様を前にするとやっぱり震えが治まらないこの体が憎い。
どうやら真白は、妖狐としてはとても脆弱な個体で、それ故か妖力を感じ取る能力だけはずば抜けているらしい。そして、それが悲しい事にこの極端な反応を生んでしまうわけだ。
真白から見たらあまりにも力の差が大きい、千尋様の巨大な妖力に無条件に体が反応してしまう。
それはもう、前世の記憶があろうが、中身は特に健気でも純情でも可憐でもないごく普通の性格であろうが関係ない、体の奥底から湧き上がってくる恐怖だった。
ヨロヨロと、二、三歩後ろに下がりながら、何とか声を絞り出す。
「どうし……て、ここに」
しゃくりあげながらもそれだけ言えば、千尋様はなぜか少しだけ頬を赤く染めた。
「真白の傍に、絢香の気配があるのに気づいて……急に心配になった」
ひどいよ、千尋様。あたし別に絢香さんに危害なんか加えないのに。むしろモフモフさせてあげた上に依頼まで受けてやったくらいなんだし。
「で? あいつに触られたりしなかっただろうな」
「?」
尻尾は相当モフモフされたけど、なんだか正直に言うのが怖いくらい、千尋様は真剣な面持ちで聞いてくる。
ていうか、あれ? あたしの心配? 絢香さんでなく?
混乱していたら、いきなり千尋様の眉が吊り上がった。
「しっぽからあいつの匂いがする! 真白! また触られたのか!」
は? え? どういう事?