どうして、いまさら
少しだけ、胸に鈍い痛みが走るけど、あたしは気づかないふりをした。
「真白! 二階の龍の間に金箔抹茶と幻華桃蜜を2セット運んでおくれ。それで今日の仕事はあがりだよ」
「はーい!」
淡雪さんに返事をして、あたしは急いで龍の間へ向かう。しかしいつの間に龍の間にお客さんが入ったんだろう。気がつかなかった。
龍の間の前で、少しだけ呼吸を整える。なんせ龍の間は滅多に使わないVIP席だ。ご注文の品だって、うちでご提供できる中では一番高いお品だったりする。きっとお金持ちか身分が高い方なんだろう。
「失礼します」
襖を開ける前にお声をかけ、あたしは少しだけ間を置く。うっかり粗相でもしたらえらいことになりそうだもんね。ゆっくりと襖を開け、一段高い畳の上に盆を置いて顔を上げたあたしの目に、艶やかな銀の髪が映る。
「真白!」
「千尋……様……?」
驚き過ぎて、それ以上声がでなかった。
「真白……会いたかった……!」
「千尋様、どうして……」
どうして、今更。
頭が真っ白になった。胸がきゅーっと締め付けられるような、体中の血が沸いたような、どうしようもない感覚が一気に襲ってきて、目からは勝手に涙が零れる。
この感情がなんなのか、複雑すぎてわからない。
嬉しいのか、悔しいのか、高揚しているのか、怒りを感じているのか。どれも当てはまるようで、どれもそのものの感情と言えない。
だって三ヶ月も、顔すら見せなかった。
寂しいけど。切ないけど。それも自分の決めたことだって言い聞かせて、やっと気持ちの波が少なくなってきたって思えてた時だった。
なのに、今更どうして現れるの。
混乱して一歩あとずさった瞬間、千尋様が一瞬で近寄ってきてあたしの手をとる。
「真白! 逃げないでくれ!」
「だって……どうして。三ヶ月も、顔も見せなかったじゃないですか……! だからあたし……!」
「何度も訪ねようと思ったのだ。だが監禁されて」
「監禁!?」
いきなりの穏やかじゃない話に、思わず聞き返す。
「学園に通う以外は、行き帰りから監視付きで即屋敷の自室に軟禁されるという徹底ぶりで、なかなか目を盗めなかった」
「ひえ……な、なんでそんなことに……」
「親父や意見衆と真っ向から意見を戦わせているからだろうな。ついに先週からは仕置きとして学園にも出して貰えず、本気の監禁になってな、見張りを欺く術を開発するのに少々手間取ってしまった」
そこでいったん言葉を切った千尋様は、あたしの両手をとる指にキュッと力を入れた。
「……会いに来るのが遅くなって、すまない」




