現れたのは
「ずっと言おうと思っていたのだが……真白、一族に戻ってこないか?」
「へ!?」
「許嫁を解いたことも、そのせいで真白が一族から追われてしまったことも……本当に後悔しているのだ。一族の皆は俺が説得する、だから……!」
「ちょっと待って、待ってください」
そんなこと、今更言われても。思い詰めたような表情の千尋様の様子に、少しだけ心が揺れるけれど、でも。
「でも、あたし……」
「若、勝手なことを言われては困ります」
突如目の前に、立派な銀の尾を持った妖狐が舞い降りた。瞬時に雅やかな装束を纏った公達へと姿を変えたその人は、氷のような冷たい目であたしを見る。
「御屋形様がお呼びです。そこな真白も共に、今すぐに戻れとの仰せですよ」
苦り切った表情の千尋様の横で、あたしは耳の先から尻尾の先まで震え上がった。あたし、今日が命日なのかも知れない。
***
「儂に隠れてコソコソなにをしているかと思えば……なんだ、そのザマは。妖気も纏わず、蛇神の家で何をしていた」
「級友と親交を深めていただけです」
さっきから、千尋様と御屋形様は互いに妖気ビンビンで、牽制しあいながら言葉を交わしている。
しかもそれを囲んでいる古参の妖狐たちからまで、凄まじい妖気が出ているものだから、あたしはもうさっきから震えっぱなしの泣きっぱなしだ。二人の声も聞こえてはくるけど、全然頭に入ってこない。
「しかも、なぜ真白とともにいる。もう許嫁でもなければ、我が妖狐一族の一員でもない筈だが? そもそもこの娘の処分はお前が言い出したことであろうに」
「! 確かに許嫁を解いてやって欲しいとは願い出ました。しかしそれは俺の妖気に怯えずにすむようにであって、一族から追放することなど望んではおりません!」
「そうよなぁ、真白は妖狐というには弱すぎる。ここでは住みにくかろうと思うてのことよ。のう真白、おぬしはこの村へ戻りたいと思うておるのか?」
「真白……」
心配そうな千尋様の後ろで、古参の妖狐達がヒソヒソと噂する。
「嘆かわしい」
「子もなさぬのに」
「妖気に怯えるとは恥さらしな」
「なんだこの醜態は」
冷たい声が、冷たい目が、冷たい妖気が、容赦なくあたしの心をえぐっていく。
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい……!
足も立たないほど震えて、シッポなんて縮こまってしまっている。のどが締まって苦しいくらいボロッボロに泣きながら、それでもあたしは叫んだ。
「あたしは……この里には戻らない!」




