めっちゃ空気が甘い!
誰も言葉を継げなくて、モダンな応接室には数秒の静寂が落ちる。その静寂を破ったのは、意外にも真奈美さんだった。
「雅様、私……学園に行っても良いでしょうか」
「真奈美!?」
雅様が、信じられない、とでも言いたげな声をあげる。一気に膨れ上がった剣呑な空気に、一瞬『そういえば雅様、監禁ばっちこいのヤンデレキャラだったな……』と嫌な記憶が蘇って、あたしは一人恐怖した。
真奈美さん、どうか雅様を刺激しない方向でお願いします。
「私が逃げ出したせいで、ワタル君にそんなに迷惑かけてたなんて知らなかったから、私……」
「ですが真奈美、連れ戻されたら死ぬとあんなに」
「だから、あの……できればここから、雅様と一緒に通学したくて」
もじもじと恥ずかしそうに、真奈美さんは雅様におねだりしている。すごい、女のあたしから見ても、めちゃくちゃ可愛いんだけど。
「雅様が学園に行っている間、やっぱり少し寂しくて。その時間も一緒にいられたら、もっと幸せだろうなって、このところ少し思っていたんです」
「真奈美……」
おお、完全に雅様が愛しさのカタマリ的な目で真奈美さんを見てる。もうこれ、好感度MAXを軽く超えてるんじゃないだろうか。
なんなの真奈美さん、ヤンデレの攻略方法極めてるの?
あ、極めてるのか。そういえば真奈美さん、雅様推しなんだもんね。ヤンデレフラグが立たなかったことに安堵するあたしの前で、雅様は真奈美さんの美しい黒髪を撫でながら、うっとりと目を細めて囁いた。
「そんな思いをさせていたとは知りませんでした。真奈美、許してくださいね」
めっちゃ空気が甘い!
……と思っていたら、隣で絢香さんが「ケッ」とか呟いてる。
確かにあたしもちょっと背中がむずがゆいような気持ちがするけど、ここは我慢して欲しい。今まさに、絢香さんの望む方向に話が進んでいるところなんだから。
我慢できなくなったのか横で貧乏揺すりを始めた絢香さんの足を思いっきり踏みつけたところで、雅様はあたしたちの存在を思い出したらしい。コホン、とひとつ咳払いをした。
「いいでしょう、真奈美が望むのならば私に異論はありません。この屋敷からにはなりますが、真奈美をあの学園に通わせることを許可しましょう」
***
こうして、長々と続けてきたあたしの初指名案件『絢香さんの妹さんを探す』仕事は終わりを告げた。
絢香さんは「サンキューな!」ってスキップで帰って行ったし、ひとまずは時間はかかったけど成功だと思っていいのだろう。
あたしもスキップしたいくらいの気持ちではあるんだけど、いかんせん空気が重い。
「真白……、話があるのだが」
あたしの横では、神妙な顔で千尋様がうつむいていた。




