出会いは翻る袴だった。
そう、絢香さんとの出会いは衝撃的だった。
まだあたし達が、乙女ゲームの舞台だった『白雅北洋学園』に通っていた頃に話は遡る。
あの日、中庭でのお昼ご飯を終えて教室に戻ろうと階段を登っていた時、上から怒鳴り声が聞こえたのだ。しかも愛らしい声で。
「気安く触るんじゃねー!」
思わず見上げたその先には、翻る紫紺の袴。高らかに上げられた真っ白い編上げブーツ。
回し蹴りのポーズを華麗に決めた彼女がいた。
まさかあれって……ヒロイン、絢香じゃない?
瞬間そう思ったけれど、その時は深く考えられなかった。なんせ「おっと」と軽い調子で回し蹴りを回避した男がうっかり足を踏みはずしたらしく。
「うわっ!?」
小さな驚愕の叫びと共に、上から降って来たからだ。
あたしの真横を緩やかな放物線を描いて落ちていく彼は、器用に階下を見下ろして叫ぶ。
「なんのこれしき!」
おおっ!素晴らしい。
なんと空中でくるりと回転し、音も立てずにふわりと踊り場に着地した。
すごい! なんという身体能力!
思わず感激したけれど、それもその筈、落ちて来たのは攻略対象の一人、犬神の堀田君だった。
元気なヤンチャわんこ枠、そして猛烈にスキンシップの多い彼は、確かにともするとセクハラっぽい事もちょいちょいしてくる、油断ならないキャラだ。
ちなみにこの世界、真白の視点で見るとひとつだけ元のゲームと大きく違うところがある。
ゲームでは攻略対象とかなり仲良くなった後半じゃないと、彼らの本性である妖の姿って見ることができなかったんだけど、真白には妖力があるせいか、最初っから妖は妖の姿で見えるんだよね。
だから今、堀田君も犬神姿で見えている。
堀田君ときたら満面の笑みだし、回し蹴りされかけたっていうのにめっちゃシッポぶんぶん振ってるし、耳もピーンと立っててめっちゃ嬉しそう。遊んで貰ってるって感覚なんだろうか。
「何回言やあ分かるんだ、この駄犬! 痴漢!」
「いーじゃん、減るもんでなし」
「ふざけんな、心が減るわ! ……あら」
堀田君のなんとも勝手な言い様に威勢良く言い返した彼女は、私が目を丸くしているのに気づいたらしく、急ににっこりと微笑んだ。
「……と言われても仕方がない愚行でしてよ?」
いやいやいや!
急におしとやかぶっても無理があるから!
ていうか、なんでヒロイン、あんなに口悪いの!?
どうしちゃったの、絢香さん。
さすがに私がドン引いてしまったのに気づいたのか、絢香さんは階段の上でそそくさと身を翻す。そんな絢香さんに、堀田君は機嫌良く手を振った。