そう言われましても
「今日は、貴女にお願いがあって来たの。指名依頼ですもの、まさか断ったりはしないでしょう?」
「は、は、はい……でもとりあえず、あの、内容を聞いてから……」
びっくりのあまり何故か敬語になってしまった。
ていうか、指名依頼って絢香さんだったのか……。まあ、そうだよね、ろくに活躍もしてないのに指名依頼が来るなんて、虫が良すぎるもんね。
トホホ……と、地味に落ち込んでいたら、目の前からビシビシと視線が飛んでくる。
うわ、こわ。
「そうねえ、私もじーーーーっくり、お話ししたいわぁ」
口元は愛らしく笑んでいても、目は全く笑っていない絢香さん。さすがにあたしも覚悟を決めた、こうなったら腰を据えて話そうじゃないか。
しかしさすがにここで話をするのは止めた方がいいかも知れない。なんせ絢香さんは性格は別として見た目は超美少女だ。しかも男好きするタイプの。
さっきからオジサマ、お兄サマ方の興味津々の視線が痛い。
「すみません淡雪さん、部屋をひとつ貸してください、ちょっと込み入った事情がありまして」
「おや、珍しい。そうだねぇ、奥の角部屋を使いなさいな」
キセルをトントンと火鉢に打ちながら、淡雪さんは目線で部屋を指示してくれる。奥まったその部屋はいつもは淡雪さんが商談に使う場所。防音効果も高いそこを貸してくれたのは、淡雪さんにも何か感じるところがあったのかも知れない。
部屋に入って扉を閉めるなり、絢香さんから壁ドンされた。
「お前、ふざけんなよ!」
「ぎゃふっ」
いたた……掴みかかられた勢いで、ちょっと可愛くない声出ちゃった。ちなみにカツアゲされてるっぽい方の壁ドンだから、もちろん甘い空気は一切ない。
もう、絢香さんたら相変わらず乱暴なんだから。
内心で愚痴りながらふと目を上げると、絢香さんの大きな目からは涙がハラハラと伝い、頬を濡らしている。さすが見た目は可愛い、本当に妖精のようだ。
「何一人でトンズラぶっこいてるんだよ!本気でお前んとこのボンボンの嫁にされたらどーしてくれるんだよ!」
「え、合意じゃないの?」
千尋様は絢香さんをあたしの代わりに嫁にするってハッキリと仰ったんだけど。
「合意なわけあるか! 俺が男だって、お前だって知ってるじゃねーかよ!」
そう言って絢香さんは泣き崩れてしまった。
確かにあたしだって知っている。絢香さんはパッと見華奢で儚げで美しい、お人形のような愛らしさだけど、これでもれっきとした男の子。今は『止むに止まれぬ事情があって』『俺の意思ではなく』『期間限定で』女装男子しているらしい。
「最悪だ、もう嫌だ」
小さく呟きながら泣き伏す彼女を見ながら、あたしは出会った時の事をぼんやりと思い出していた。