それでは依頼にとりかかります。
名残惜しそうに千尋様が帰られて、私はようやく息をついた。
これまでみたいに怖くはなかったけど、その分麗しいお顔が近くで見れ過ぎて心臓に悪過ぎた。
はー……カッコ良かったなあ、千尋様……。
「あれ、嫌だねえこの子ったら、だらしない顔しちゃって」
「あ、淡雪さん」
そんなにだらしない顔してたかな、恥ずかしいところを見られてしまった……!
「その様子だとちゃんと話が出来たみたいだねえ」
「はいっ淡雪さんのおかげです!」
本当に淡雪さんが千尋様を説得してくれなかったら、あんな貴重な時間は手に入らなかったと思う。
千尋様を軽く凌駕する程の妖気を放った事とか、謎が多い淡雪さんだけど……踏み込んで聞いてもいいものなんだかが分からない。
どうしたものかと思っていたら、淡雪さんが柔らかに笑ってゆっくりと頭を撫でてくれた。
「そりゃあ良かった、じゃあ早速依頼の方もこなしておくれでないかい? せっかくの指名依頼だ、名を上げるにはチャンスだからねえ」
「は、はいっ! 行ってきます!」
そうだった、千尋様の余韻に浸ってる場合じゃなかったよ。
淡雪さんの事は気にはなるけど、これまでだって詳しい話はさり気無く避けられてたみたいにも思えるから……いつか淡雪さんから話してくれる時までは黙っていよう。
だって淡雪さん、千尋様にも「ただの居酒屋の主人、それでいい」って言ってたものね。
そう自分の中で結論付けて、私は店の出口に向かって駆け出す。
そして、大切な事を言い忘れていたのに気がついて、くるりと踵を返した。
「淡雪さん、本当にありがとうございました!」
ピョコンと頭を下げてから、のれんを掻き分けて店の外に飛び出した。
絢香さんの依頼をバシッとこなしたら、絢香さんも自由になれてハッピー、あたしも初指名依頼を成功出来てさらに淡雪さんに簪をプレゼント出来てハッピーなんだから、頑張らないとね!
街を歩きながら、何から始めようか考える。
絢香さんから得られた情報は少なかった。絢香さん達の住む街と引っ越してくる前に住んでいた街の名前、そして妹さんの性格、たったそれだけ。
友人に聞いても「さあ、知らね」と返されるし、自宅の場所さえ「複雑な事情があって言えねえんだよ」ときたもんだ。本気で探す気があるのかと軽く問い詰めたい。
まあそれでも、行動を起こさないわけにもいかないわけで、私は数少ない妖術を実践してみる事にした。
手近なお店のトイレを借りて、私は精神を集中する。
絢香さんの清楚で愛らしい顔。華奢な腕、スラリと伸びた脚、漆黒の髪。
出来るだけ細部まで忠実に忠実に再現すれば、鏡の前にはパッと見では本人と思ってもらえそうなくらいには、絢香さんにそっくりに化けた私がいた。