私、大丈夫です、千尋様。
「千尋様」
顔をしっかりとあげて、千尋様の目を見る。
せっかくだから、目に焼き付けておこう。こんなに間近で見る事なんてきっともう無い事だから。
ゲームではあんなに何度も正面からの千尋様を見たものだけど、この世界に来てからは本当に全然見れなかったね。
目はしっかりと千尋様をガン見しながら、それでも私の口はちゃんと言うべき言葉を紡いでいた。
「そんなに心配していただかなくても私、大丈夫です」
「真白?」
「学園や一族と離れた事は寂しいけれど、この一月でちゃんと暮らせるようになりました」
そう、よろず仕事請負人としてはまだまだヒヨっ子だけど、でも暮らせるようにはなって来たし。
「だから千尋様、責任感じる事もないですし、心配しなくても大丈夫なんですよ」
千尋様の前では私、いつもブルブル震えて泣いてばっかりだったから、千尋様が心配するのも無理はない。
でも千尋様が思っているよりも私、結構しっかりしてるんですよ?
そう言ったつもりだったのになぜか千尋様は目を見開いて、ぶたれたみたいに痛そうな顔をした。
「……迷惑、なのか?」
「えっ?」
すっかり項垂れてしまった千尋様。
耳もすっかりションボリと垂れて、尻尾なんかシオシオと可哀想なくらい元気が無くなっている。
いつもの堂々とした口調や御言葉とはあまりにもかけはなれたその姿に、私は一瞬言葉を失った。
「俺が心配したり、こうして訪ねたりしたのは迷惑だっただろうか」
「そんな!そんなことないです、ありがたいって言うか申し訳ないっていうか」
あわあわと答えたら、悲しそうな瞳のままチラリこっちを盗み見る千尋様と目が合った。
ズルいよ、その目は。
だって、ゲームの頃から私、千尋様のこの悲しそうな切なそうな目が可哀想で仕方なかったんだもの。
なんでも言う事聞いてあげたくなっちゃう、ホントこの目には弱いんだってば。
「嫌では、ないのか?」
「嫌だなんて! むしろこうしてお話できたのは嬉しかったって言うか」
ぶっちゃけ一生の思い出ってくらい嬉しいです。ただ絢香さんの調査に関しては放っておいて欲しいだけで。
「嬉しい……? そ、そうか!」
とたんにピョコンと復活する千尋様の立派なお耳。いや、可愛いですけども。
「ただですね、絢香さんからの依頼は私にしか出来ませんし、千尋様だってお忙しいので協力は必要ないと言う事でして」
なんだか千尋様の思いがけない感情表現の豊かさにうっかり要らない事まで喋ってしまいそうで、私は慌てて言うべき事を羅列していく。
「第一千尋様、そろそろ帰らないお屋形様に叱られるのでは……妖気抑えたの、どう考えてもバレてますよね」
「む」
急に千尋様の顔が強張った。
「だが」とか「もう少し」とかボソボソ聞こえるけど、ホント帰った方がいいと思いますよ? 私のせいで千尋様があのお屋形様に酷く叱られるのなんて、そっちの方が嫌だもの。
「仕方ない、今日は帰るが……真白、また来てもいいだろうか」
そんな顔されたら、嫌なんてとてもじゃないけど言えないよ。
そもそも絢香さんと強大な妖気の事さえなければ、千尋様が来てくれるのって嬉しい以外の何物でもないもの。
「妖気を抑えてくださるなら」
小さな声で答えたけれど、抑えきれない嬉しさが滲んでしまったかも知れない。




