妖狐の許嫁改め、街のよろず仕事請負人になりました!
「おう、真白ちゃん! なんだいスキップとはご機嫌だねえ」
「うん! あのね、あたしに指名依頼が来たんだって。今から依頼人さんに会いに行くの!」
「へえ、初めての指名依頼か、そりゃあ良かったな。頑張りな!」
「ありがとう!」
声をかけてくれた八百屋の兄ちゃんにとびきりの笑顔で答えた。
ああもう、駆け抜ける人力車も、笑いさざめく袴姿のハイカラな女の子も、路傍のガス灯すらも。
全てがキラキラと輝いて見える。
だって嬉しくてたまらない。
これでやっと拾ってくれた淡雪さんに恩返しが出来る。まとまった報酬が貰えたら、欲しがってた簪を買ってあげちゃおうかな。
酒場で優雅にキセルをふかす、艶やかな着物美女を思い浮かべる。あの珊瑚の簪を挿したらきっととても雅だろう。
***
一ヶ月前、妖狐一族の次代の長になるであろう千尋様から婚約破棄された上、一族からまでも叩きだされたものの行くあてもなく途方にくれていたあたしを拾ってくれたのが、これから向かう居酒屋を営む美貌のオネエ、淡雪さんだった。
親身になって事情を聴き、住まいを口利きし、この居酒屋が窓口の『よろず仕事請負人』の一人としてあたしを雇ってくれた、大恩ある人なのだ。
まだまだひよっこで力も強くないあたしがこなした依頼なんてこの一月でまだ20件程度、お使いみたいなのも多いし、実際酒場で給仕のアルバイトをしてる時間の方が長いくらいだ。
だからこの依頼はあたしにとって大チャンス。
この依頼、絶対に成功させて淡雪さんに恩返しするんだ!
「こんにちはー!」
元気よく居酒屋ののれんを跳ね上げて店内を見回したあたしは、思わずその場で固まった。
「あら真白さん、お久しぶり」
雪のような白い肌、真っ直ぐな艶めく黒髪、紅を挿したかのような唇。この絵に描いたような輝ける美少女は。
間違える筈もない、あたしの代わりに千尋様に嫁ぐはずのお方。
「あ、あ、あ、絢香さん!?」
和風ファンタジーとでも言えばいいのか、大正浪漫を彷彿とさせる舞台と儚さの混じる耽美な登場人物、人と妖が入り混じる学び舎で種族を越えた愛を育むというストーリーで一部の層に熱狂的な支持を受けた乙女ゲームのヒロインである。
中でもあたしの元許嫁、妖狐の千尋様のストーリーは秀逸だった。
その強大な力ゆえに許嫁からも恐れられ、その孤独を絢香の優しさとおおらかさが癒していく……あたしも大好きだったストーリー。
そこで語られる絢香は儚げでたおやか、繊細な容姿に相応しい優しさと、恋に落ちた相手が妖と分かってもしっかりと受け止める静かな強さを持つ、そんな魅力的なヒロインだった。
そう、その筈だった。
「探したわよお? 」
ヒロイン『絢香』さんから、ヤクザさん並みの低音ボイスが放たれた。
えええ!???
せっかく、何とか、やっと、あの乙女ゲームの舞台から退場出来たっていうのに、いったい今さら何の御用でしょうか……?