*彼と彼女の音楽*
ソフィアはクラブでの演奏が終わるといつも楽屋でバイオリンの手入れを行う。決して高価なバイオリンではないけど、これは武器であり、盾であり、友であり、また、大切な家族でもあった。
彼女は手入れの終わったバイオリンをそっとケースにしまった。
ケースにしまわれたバイオリンは奏でていた曲を忘れ眠りにつくかのようにその仕事を終えた。
彼女は自分のいる楽屋、物置に近いかもしれないけれどそれゆえに様々な楽器達があった。
バンド演奏で使われる定番の楽器がメインで置いてあるが、そこには珍しくチェロが置いてあった。
ここではチェロを弾く人はまずいない。
ほこりをかぶり調律もされずその身を晒していた。
「・・・君はいい音を出すんだよね。」
ソフィアは自分の金髪の髪から額を右手で触りその手でチェロの弦を触った。
ボロン。ボロン。
低く綺麗な音が響く。
「・・・いつか君を弾くことが出来たらいいね。」
彼女はそう呟くとさっと触っていた出を引っ込め前髪のゴムを外した。
コンコン。
楽屋のドアをノックする音が聞こえた。
ノックした人はソフィアの返信を待たずに男が部屋に入ってきた。
「ソフィー。今日もいい演奏だったよ。」
そう言ってスーツ姿の音はソフィーに封筒を渡した。
「今日もすくないけどご苦労様。」
「いえ。いつもありがとうございます。助かってますよ。」
彼女は封筒をそのまま内ポケットに入れた。
「そういえば・・・」
男は話す。
「今日は珍しく僕がバーテンダーをやったんだよ。なんか珍しくそんな事をやるもんだからさ、一人の客に君の名前を聞かれたよ。」
男はバーテンダー。この店の店長。
「何か胡散臭そうな男だったけど、ちょっと楽しそうだったから名前を教えちゃったよ。事後報告だけど。」
男は違うところを見ながら言う。
「・・・帝国新聞社の記者だそうです。」
彼女はもらった名刺を男に見せた。
「へー。帝国新聞社ね。・・・名刺なんかもらうなって君にもファンが出来たのかな。」
男はふふんと笑いながら答える。
「どうですかね。そんなものには興味はないですけどね。」
彼女は名刺を再びしまうと、今度はチェロの方に目をやった。
「そういえば、あのチェロ。調律とか手入れをしてやらないんですか?」
「あぁ・・・あのチェロね。」
男はチェロ方まで歩いて行くと立てかけてあるチェロを起こしながら言う。
「こいつはなかなか曲者だからな。」
続ける。
「なんでも、もともとはオーケストラのチェロだったらしいけど、その奏者が事故かなんか亡くなって、それ以来そいつは他の楽器とハーモニーを奏でられなくなったらしい・・・そんな訳でこんなクラブのしかもこんな所にあるって訳さ。」
男はコトっとチェロ再び立てかけた。
「ちょろっと聞いたことがあるんだけど、ソフィー確かチェロも弾けるんだっけか?」
「えぇ。まぁ・・・」
チェロ。
「ソフィーは一人で弾くことが多いだろうからもしよかったらこいつの面倒見てやってくれよ。弦と弓ぐらいなら在庫があるからさ。」
「いいんですか?!こんなにいい楽器を。」
ソフィアはチェロの方に近づきながら話す。
「・・・というはもともとは決めていたんだよ。ソフィーがたまにチェロを触ったり眺めてたりしていたのを知ってたんだ。仲良くやってくれ。」
「ありがとうございます。今度、弾ける機会があったらチェロを引かせていただきます。」
「楽しみにしてるよ。それじゃまたよろしく頼むよ。」
男はそう言うと部屋を出て行った。
「・・・」
チェロ。
チェロを演奏するものをチェリストという。