・彼女と彼の酒・
どれくらいパソコン画面と向き合ったろか。こんな長時間のインターネットサーフィンなんて学生の頃みたいだった。
だけど、そのかいがあってちょっとした情報?情報と呼ぶには信憑性に乏しい物かもしれないが、見つける事が出来た。
女 モデル バイオリン
そんな彼女は駅からかなり離れた閑静な住宅街にある小さなクラブに出演する事が多いのだという。
「クラブ・・・0(ゼロ)」
聡史は薄暗くなった街に光るネオンの看板を見上げながらつぶやいた。
白い息が寒さを象徴する。
今日はクリスマス。クリスマスにクラブなんてなぁ。
そんな事をまだ考えていた。
カランカラン。クラブの扉を開けるとベルが来客を知らせた。
店は薄暗く客と従業員合わせて10人ぐらいしかいなかった。
とは言ってもその広さから20人も入らないそれこそ個人まりとしたクラブのようだった。
聡史は店の奥にある小さなステージを見ながらバーカウンターに座った。
「・・・シェリートニック。」
若い男のバーテンダーは小さく頷くとカクテルを作り始めた。
聡史は、部屋を軽く見渡して行った。
客の人数、服装、雰囲気。
この仕事をしているからか多少なりとも人を見る癖がつき、そこからいろいろな考えを巡らせる事が多かった。
「バーテンダーさん。まだ、演奏は始まらないのかい?」
聡史は寡黙にシェイカーを振るバーテンダーに尋ねた。
「・・・もう始まりますよ。」
バーテンダーは答える。
ステージに目を向けると機材のセッティングが始まっていた。
そこにいるのは演奏するであろう女性。だけど、この前とは違う女性であった。
・・・違う。
聡史は彼女の歌声を背中に聞きながらシェリートニックをゆっくりと飲み始めた。
「・・・。」
まぁ、初日から当たるわけないしな。
クリスマス。
いい選曲だ。なかなかうまいな。
それからどれくらいその店にいただろうか。
店にいる時間、お酒を飲み、後半は彼女の事は忘れていた。
程よいアルコールと店の雰囲気、それに合わせて店に流れる心地よい音楽。
久しぶりに夢でも見ている様な心地よさを感じでいた。
ーーーーー
ーーー
ーー
彼女がクラブに出演するという噂話を得てから聡史の日課にクラブに通うという行動が追加された。
何度目だっけかな?
聡史は、シェリートニックを飲みながら頭の中で回数を数えた。
6・・・いや、7回目?だったかな。
たまには他の物でものむか。
「バーテンダーさん。何かオススメのカクテル一つ。」
バーテンダーは小さく頷き慣れた手つきでアルコールを合わせて言った。
「・・・。」
何か考え事するのもいいし、何も考えなのといい。
そんな贅沢な僅かな時間を聡史は享受していた。
そんな時だった。
聡史の後ろから、タラタラっと弦の楽器のチューニングをする音が聞こえた。
聡史は、もしやと思いながらも何度か間違えた過去があったので焦らずゆっくり振り向いた。
「・・・いた。」
そこにはいつか見たあの彼女がスポットライトを浴びて立っていた。
彼女は一度目を閉じたまま上を向きわ大きく息を吸って吐くと、ゆっくりバイオリンを弾き始めた。
彼女はゆっくりバイオリンを弾き始めた。
「・・・綺麗だな。」
聡史は呟いた。弾いているメロディーなのか彼女なのかどっちに対してなのかはわからなかった。
多分、両方。
聡史は一度前を向いてバーテンダーが作った特製のカクテルを飲み始めた。
「・・・ちょっと聞きたいんだけど、今、バイオリンを弾いている彼女は良く来るのかい?」
バーテンダーは手を止めずに答える。
「ええ。月に2.3回は演奏しますよ。なかなか上手いですよね。」
「そうだね。名前とかは知っている?・・・ちょっといい演奏のお礼がしたくてね。」
聡史は違和感を持たれない様に尋ねた。
「本名かどうかはわからないですけどみんなからは、「ソフィー」って呼ばれてますね。」
ソフィー・・・。
「ありがとう。声かけてみるよ。」
少しすると彼女に注がれていたスポットライトが演奏とともに消えた。
彼女は自分のであろうバイオリンをケースにしまうとすっとステージから降りてきた。
聡史はそのタイミングを見て彼女に話かけた。
「・・・いい演奏だったね。良かったら一杯どうだい?奢るよ。」
聡史は彼女に近づきながら話す。
「・・・・いいわ。でも一杯だけね。」
彼女は少し驚いた様な表情をしながらも聡史の目を見て少し間を置いてから答えた。
聡史は自分が座っていた。カウンターに彼女を誘った。
「・・・ホワイト・レディー」
聡史は彼女がカクテルを注文するのを待ってから話し出した。
「・・・君は・・ソフィーっていうのかい?」
「えぇ。そうよ。」
彼女は聡史の問いにさっと答えた。
「・・・本名は、ソフィア・ローレンス。みんなにはソフィーって呼ばれてるわ。」
ソフィア・ローレンス。
日本名ではないのに日本語がかなり上手かった。
「・・・ソフィア・ローレンス。君はどこか外国にルーツを持つ人なのか?」
聡史は聞きたいことが山ほどあったが、少しずつ話をするように気をつけていた。
「・・・まぁ、そうね。」
彼女は短い髪をかきあげた。そのまま、ホワイト・レディーを一口飲むと話を続ける。
「貴方は確か・・路上ライブで聞いてくれた記者さんね。・・・こんな所に来るなんて暇なのね。」
ソフィアはその前のグラスの縁を指でなぞるように触った。
「まぁね。・・・何も仕事がないからな。」
「・・・」
クラブの演奏が終わり、周囲の人が会話するかすかな声と、バーテンダーが振るシェイカーの音のみが心地よく聞こえていた。
「・・・君がこの前、最後に、演奏していた曲いい曲だったよ。」
聡史は続ける。
「あれはなんて曲名なんだい?また聞きたくてさ。」
「・・・記者さんはいろんな趣味を持っているのね。あれは、自作の曲なので名前はないわ。」
ソフィアはそう答えるとの残ったホワイト・レディーをぐいっと飲み干し席を立った。
「カクテルご馳走さま。また会えたらよろしくお願いしますね。」
「ちょっと待って!」
聡史は立ち去るソフィアを呼び止めた。
「君の名前だけ聞いて名乗らないなんて失礼じゃないか。」
聡史は内ポケットから名刺を取り出した。
「・・・宮本 聡史。一応、帝国新聞社の記者をやってる。今度は受け取ってくれよな。」
「・・・帝国新聞・・・」
ソフィアは名刺をそっと受け取り、名刺を数秒みてからポケットにしまった。
「それじゃ。」
ソフィアはそう言うとクラブの裏にあるであろう控え室の扉に消えていった。