8 彼の力
場所を屋上へ続く階段の踊り場へ移す。残念ながら屋上は鍵がかかっているため中に入れない。
須藤の話によると、『創韻倶楽部』とは昔からこの学校にある伝統ある同好会で、詩や短歌などを主に創作する文芸部のことらしい。
が、それも表向きな話で、『鍵』を所有しいつか『本』の支配を目論む『参照者』の集団ということだった。
彼は少し前からその『創韻倶楽部』に挑戦して『鍵』を奪おうとしていたようだ。
階段の段差に座ってその話を聞きながら、俺は考える。
俺の目的も、しばらくは『創韻倶楽部』になりそうだ。もちろん、化け猫の主を殺すのが先だが。
「私もっ、私もそれ知ってましたよっ」
細くて短い手を上げ必死に主張する姫鶴はいつも通り無視だ。
「『鍵』の争奪戦って言うのは? 須藤みたいに野良の参照者がもっといるってことか?」
「いなくもないのだろうけど、俺が『鍵』奪おうとしてるんだからそれはもう争奪戦だろ?」
須藤は壁にもたれかかりながら得意げに腕を組んでいる。
「争奪戦の規模お前と『創韻倶楽部』だけかよ! 紛らわしいわ!」
とりあえずこいつが馬鹿なことだけはわかった。俺は続けて質問する。
「……じゃあ、巨大な猫を操る能力の参照者を知っているか?」
「なんだそれ?」
須藤は眉をしかめた。知らないようだ。
「俺は知らないけど、でも『創韻倶楽部』にも所属してない奴だろうな。部員の情報はある程度知ってるし。巨大な猫ってことは生体型か……」
「生体型?」
「ああ、参照者の能力にはそれぞれタイプがある。お前や姫鶴さんみたいに参照者自身が能力を駆使するのが通常型。俺みたいに武器に能力が備わっているのが武器型で、能力を持った生き物を召喚するのが生体型。参照者の能力は、だいたいこの三つに分類できるんだ」
「お前の楔は刺すことで光の空間を生じさせ、それに触れた能力を無効化し自分のものにできるんだったな」
「そうだ。俺は何の能力も使えないけど、『銀の楔』のほうが特殊な能力を持っている。武器型の能力は使う人間の技量に左右されるから使い勝手は通常型より悪いけど、一度武器を出してしまえばあとは能力の酷使による疲労もほとんどしない。ただし――武器を壊されると精神に一気にダメージがいく。早い話がショックで気を失う。生体型も同じだ。召喚された生物を倒せば、その精神的ダメージは本体にフィードバックされる。ただ召喚できる数が多ければ、一体一体のダメージは少ないと考えた方がいいだろうな」
あの化け猫は複数存在していた。確認したのは二体だが、もっといる可能性もあるわけだ。
あの時――白猫から逃げる時、手負いの一匹目がそのまま姿を見せなかったのは、精神の消耗を防ぐために参照者が下がらせたということだろう。
「生体型能力の弱点はもう一つある。能力を持った生物が参照者に指示されて動くという形式をとっているから、有効範囲が広い代わりに、能力を持たない参照者本人は常に無防備なんだ。そこを叩くこともできる」
「なるほどな」
まあ、化け猫の主の抹殺はもはや決定事項だが。
「参照者の能力の核――弱点は本体の右胸にある。だから右胸は狙われないようにしておかなきゃいけない」
「心臓の隣か。お前が俺の胸を狙って攻撃してきたのもそれが理由か」
「そういうことだな」
『本』に能力を与えられる時も右胸が熱くなった。そういえば魔力を精製する際意識するのも心臓付近だ。魔法とも無関係ではないのかもしれない。
「まあ核ってのはあくまでイメージだ。体内に変な塊が形作られているわけじゃないから安心しろ」
「核を破壊されればどうなる?」
「能力を失う、らしい。あとのことはわからない。俺もそこまでしたことないからな」
「……能力を失う、か」
参照者をやめたいなら自分の能力で自分の右胸付近を貫けばいいわけか。
「命、なんです。もう一つの。そう考えてください。とても大事なものなんです」
姫鶴が、須藤の説明を補足した。
「人としての命と、特殊能力者としての命。二つの疑似的な命を持つのが参照者か」
なんとなくつかめてきた。
「で」
「?」
俺は隣に座っていた姫鶴をジト目で睨み、両手で頬を掴んでぐにぐに引っ張る。
「なーんでお前はそれを知ってて早く言わないんだ?」
「ええええだってそんな暇なかっいひゃいいひゃい」
「あとは? まだ隠してる事があるんじゃないのか? 吐けっ」
「能力のことで知ってるのはこれで全部ですよう」
途中で頬をつねるのはやめた。ふん、つまらん女だ。
「聞きたいことがないなら俺はもう行くぜ」
須藤は急いている様子で言った。
「小夜の所に行かねばならない。昨日から姿を見せていないんだ」
「小夜?」
「猫だ」
「そ、そうか……」
拍子抜けした。こいつ人間の友達一人もいなさそうだな。
「学校の体育館裏に住み着いてる野良猫なんだがな、俺がいつも餌をやっている。だが、昨日帰るときに寄ってみるとどこにも姿はなかった。あの時間になるといつも餌を待っていてくれていたんだが……すこし心配なんだ」
「お前は思ったよりしょうもない奴だな」
不衛生そうだし保健所へ連れていかれたんじゃないのか、とか言うとまた争いになりそうなので黙っていることにする。
「わっ、私もついていっていいですか?」
姫鶴は目を輝かせて立ち上がった。須藤は頷く。
「まあ構わないけど」
「やったっ」
「勝手にするがいい。俺は帰るぞ」
言うと、姫鶴がたじろぎつつも俺の制服の袖をつかんだ。
「い、一緒に見に行きましょうよう」
「なんで俺が猫なんざ見に行かなきゃならないんだ。時間の無駄だろ」
「あの、私思うんですけど……」
「なんだよ」
「そうやって性格がすさんでるのは心に余裕がないからかなって。猫を見て和めばちょっとはリフレッシュできるんじゃないかと……」
「大きなお世話だ馬鹿者!」
また頭に手刀でも繰り出してやろうかと思ったが、ふとした考えが脳裏をよぎったのでやめた。
だって、こんなんでも俺の配下に加えられれば盾くらいにはなるだろう?
相手は少女だから戦力にならないと高をくくっていたが、それは甘い考えだ。今の俺にはそんな戦力でもほしいくらいなのだから。
もちろん戦いをするには不十分だが、いないよりはましである。それに、ついていって猫を探して見つけたり何かしら恩を売れば、強力な能力を使える須藤を俺に協力させることもできる。メリットを考えたら……。
「ふん、まあいい。どうせいないだろうし少しくらいなら付き合ってやってもいいぞ」
「本当ですかっ?」
猫が目的ではないがな。姫鶴や須藤をどうにか俺の配下にできないか探りを入れるためだ。
「そういえば名前聞いてなかった」
須藤は思い出したように俺に言った。そういえばまだ名乗ってなかった。
「仲門遼だ」
「遼か。……なんなら『七つの大罪』の罪のひとつに加えてやっても――」
「いらん」
すでに階段を降り始めている姫鶴の小さな背中を見ながら、俺は重い腰を上げる。
「俺の罪は七つじゃ全然足りないからな」
「そ、その台詞もらっていいか!?」
変なところで食いつかれた。能力以外は本当に残念だなこいつは。