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7 『七つの大罪』:須藤薫(すどうかおる)

 俺は身構えた。参照者だ、おそらく。


「……昨日襲ってきたのはお前か?」


 問い詰めてから気づいた。

 違う。

 猫を使って襲ってきたのは彼ではない。


 もし昨日の襲撃者だったら、わざわざ姿を現さず猫の化け物を使って俺たちを襲わせればいいのだ。昨日のように。

 姿を現す目的なら、猫で奇襲して圧倒的に有利な状況になってから出てくればいい。


 俺の胸中に応えるように、男子生徒は首を傾げる。


「なんのことだ?」

「いや、いい。で、お前は何者だ?」


 男子生徒は鎖付きの巨大な針のような金属を出現させ、左手に持って構える。右手はポケットに入れたままだ。


「『七つの大罪』が一人、須藤薫すどうかおる


 痛い奴だった。よりにもよって『七つの大罪』ってなんだ。俺は笑いをこらえて、


「あ、ああ、あの『七つの大罪』か。あの噂の。そっかー」


 適当に話を合わせておいた。

 でもなんだろう、思いっきり馬鹿にしたいのにウェイミリカではそれほど不自然ではないのでやや親近感は湧くというこのジレンマ。


「昨日『参照者』同士の戦闘があったみたいだからどんな現場か来てみれば……よくそんなうかつな行動ができたな。『本』があんな状態である以上、今は『鍵』の争奪戦が行われてるんだよ」

「ほう?」

「ライバルは少ない方がいい。俺が見つけたからにはお前たちには退場してもらう……わかるだろ?」


 俺は手に土の塊を出して微笑した。


「ああ、よくわかる」


 そしてすぐさま土の塊を短剣のように変化させた。といってもガワだけ似せただけだ。柔らかくて殺傷能力などない。しかしハッタリにはなる。相手は俺の能力など知らないのだから。

 しかし、さて、どうするか。


「あわ、あわわわ」


 おろおろして泡を吹きそうな姫鶴を横目に考える。現状武器といえる武器は、彼女の『リトルペンナイフ』だけだ。


「ふん、だっさいファッションしやがって、それがお気に入りなのか? 俺だったらそんな恰好でそのへん歩けないな、恥ずかしすぎて。とくにそのボロッボロのマフラー、かっこいいとでも思ってるのか?」


 時間稼ぎに相手を挑発していると、薄氷を踏んだときのようなピシピシとした音がかすかに聞こえた。音の出どころを探って目を落とすと、手に持っている粘土の感触が違うことに気付く。


 土は、今は猫から俺を守った時のように硬質化していた。今さっきまであった柔らかさなどどこにもない。


 これは……この性質は、まさか。

 いや、とにかくちょうどいい。これなら使える。


 俺は柄を親指と手のひらで包むように持ち、ほかの指を短剣の刃の部分に添えた。

 相手は巨大な針を使う。ということは近接戦闘に長けている可能性が高い。

 ならば、そのままこれを投げつける。


 同時に、須藤が動いた。

 俺たちとの距離を詰めるために駆け出したのだ。

 しかし遅い。俺は腕を振りかぶって、投げナイフの要領で土の短剣を投げつけた。


「――『ぎんくさび』」


 須藤はつぶやいて、ポケットから右手を出し腕の袖をまくって短剣の前に差し出すように防御した。


「!?」


 右腕は、異様な様相だった。

 持っているのと同じ鎖付きの巨大な針が、四本ほど須藤自らの腕に刺さっていた。だというのに、血の一滴も流れていない。アルミが光を反射しているみたいに薄く鈍く銀色に光るそれは、投擲された短剣を呑み込んで一瞬のうちに消し去った。


 従来のナイフのように刺さることはあまり期待していなかったが――短剣は残骸さえ残らずほのかな光の中に吸い込まれていった。


「くそっ!」


 もう一度土の短剣を出す。すんでのところで、須藤の持っている針――振り下ろされた『銀の楔』の防御に成功した。剣戟が響く。


「調子に乗るなよクソガキが」


 右腕の光、あれは危険だ。俺の中のディアボロスとしての経験が警告している。

 今、土の短剣で受け止めている楔のほうは問題なく防御できる。だが腕に刺さって、肌の表面を薄く覆うようにほのかに光っているほうは違う。光に触れた瞬間、土の短剣が跡形もなくなった――ということは能力が無効化されたのだ。あの光、『魔法無力化結界イリミネイト』に酷似した特徴を持っているようだ。何かに刺すことで能力を発揮するらしい。


 須藤も自分の能力を知っていて、強気に前へ出ている。

 『銀の楔』を受け止めながら考えていると、須藤の右手から、今さっき消し去った俺の短剣が出現する。


「なっ?」


 違う。能力の無効化ではない。彼の力はもっとたちが悪い……相手の能力を吸収して自分のものにする、そういう能力だ。『銀の楔』は、従来の魔法技術をはるかに凌駕している。


 ぞわりと背筋が寒くなる。

 無尽蔵に近い魔力に誰にも使えない強力な魔法も有していた俺をあっさり殺した『本』の力。規格外の能力。それが目の前で鎌首をもたげている。


「俺が『鍵』を手に入れるまでおとなしくしていてもらう。殺しはしないから、安心してくブーッ」

「能力が使えないなら物理で殴るだけだ!」


 俺の拳がカウンターで男の顎をとらえていた。

 殴られた須藤は前のめりに倒れて、起きあがれないほどのダメージを受ける。立とうとしてバランスを崩し、また廊下に倒れる。

 拳が顎に直撃して脳を揺らしたのだ。しばらく立つこともままならないだろう。


「俺が今まで魔法が使えない条件で戦ってこなかったと思うなよ。殺されなかっただけありがたいと思え」


 痛む拳を手でさすった。

 正直、能力が使えなくてもいくらでもやりようはあるのだ。そもそも能力が奪われたところで俺にとっては痛くもかゆくもない。だって粘土だもの。奪われて困るのは図画工作とかするときだけだ。


「ひ、ひどいです! せっかく何か言ってたのに言い終わる前に!」


 姫鶴から抗議の声が上がった。なんでお前がそっちに味方してんの? 無視。


「しかしそちらもやるな、須藤薫とやら。この俺に一撃見舞うとは、ほめてつかわすぞ」


 そこはかとなく嫌な感触が胸の表面に走っている。それはまさしく粘土を押し付けられているような微妙な感触だ。

 須藤の出した短剣は俺の胸に当たって柔らかくつぶれていた。


 実はあえて避けなかったのだが、うーむ、やはりか。


 疑念が確信に変わる。

 俺の能力のことだ。この土は、相手に厳しい言葉をかけるほど硬くなる。そしてやさしそうな言葉をかけると、逆に柔らかくなる。俺の言葉と須藤の言葉で粘土の柔らかさが違っていたのはそのせいだ。

 つまり相手に対してどんな態度で話すかで土の硬度が変わるのだ。それがこの土の性質だった。なるほど。


 ってあほかあああ!

 超面倒くさいな! いちいち悪口言わなきゃ硬くならんのかこれ!

 びたーん! と胸に張り付いていた粘土を床にたたきつけた。粘土は重力に合わせてつぶれると崩れるように消えてなくなる。


「くそがぁぁー……」

「なんで悔しがってるんですか?」

「うっさいわ! というか能力者が能力者を襲う理由思いっきりあるじゃねーか! なんだよ『鍵』の争奪戦って! ふざけているのか!」

「そ、そんなこといわれても、私知らなかったし……」


 俺は土で作った短剣を持ち、いまだ立てない須藤に近づいていく。


「土の剣の能力だとでも思ったか? 残念だったなぁ。お前みたいな無能じゃ扱いきれないみたいで」


 そして倒れている身体にまたがってマウントを取り、頭を片手で固定して首筋に硬くなった短剣を突きつけた。脅しに切っ先で首の皮一枚分ほど突き刺す。――が、普通にやっても弾力に負けて肌には刺さらなかった。切れ味悪っ! がんばってかなり深くまで刺すつもりで強めに押すようにすると、やっと少しだけ刺さった。


「装備を解いて降伏するかこの場で死ぬか選べ。俺は本気だ。なにせまだ能力を分析しきれていない。……能力でつけた傷の治りは早いかもしれないが、失われた血液は戻ってくるのか? すぐに決めなければこの場で実験させてもらう」

「…………!」


 須藤の顔がこわばって、わずかな間ののちに『銀の楔』が消え失せた。腕に刺さっていた楔も消える。


「よし、そうだ。俺だって本当はこんなことはしたくない。参照者とかいうのもなりたてだからいまいち事情がよくわかっていないんだ。できればここは休戦して情報交換を提案したいんだがどうだ?」


 やんわりと言っておいて、首に添えた短剣に込める力は一切抜かない。


 だが相手に気を遣う発言をしたことで、短剣がやや柔らかくふやけていっているのがわかった。うおっ、まずい!


「さっさと決めろ! でないとすぐにでも首の頸動脈を掻き切るぞ!」


 ドスをきかせて脅すと、みるみる硬さが戻っていく。

 あぶねえ! 硬さを保つのにも言葉を選ばなきゃならないとは。


「わ、わかった、知っていることを話す……!」


 須藤は震える声で答える。俺はまだ手にかけている力を緩めない。


 というか、例え情報を話しても許す気はない。しぼれるだけの情報をしぼり取って、どこか人のいない場所で始末する。『七つの大罪』とかいうほかの仲間も全員だ。

 ガキだろうが大人だろうが関係ない。俺に敵対することは、それだけで大罪だ。見せしめにそれをわからせる必要がある。


「お前が言っていた『七つの大罪』――残りの六人はどんな奴らだ。すでに近くにいるのか?」


 この光景をどこかで観察している者がいれば、俺の能力もばれている可能性がある。次の手を早急に打たねばなるまい。


「いや、いないぞ」


 警戒していると、須藤はこともなげに告げた。


「へ?」

「『七つの大罪』は俺一人だ」

「あっ……なんか、うん、ごめん。え? それ本当?」

「ほかに誰かいるなら一人で仕掛けるリスクなんて冒さないしとっくに助けに来てるだろ」

「そ、そうだな」


 そりゃそうだ。

 俺は短剣を首から離すと、立ち上がって須藤の拘束を解いた。


 ぼっちだった。

 ただのぼっちで痛い奴だったんだ!


「ふっ、降参だよ。まさか殴ってくるなんてな」


 須藤は、なんか格好つけて肩をすくめだしている。


「俺は須藤薫――『七つの大罪』の一人だ」

「お、おう」


 それさっき聞いたよ。

 一人だ、じゃねーよ。ただの独りだろ。一人で七つも罪背負うなよ。欲張りか。

 いいよもう、無罪で。かわいそうすぎるよ。


「いまは『鍵』を所有している『創韻倶楽部そういんくらぶ』に戦いを挑もうとしていたところだ」

「ほう」


 『本』の力を解き放てる『鍵』は『創韻倶楽部』という団体が所有している。姫鶴がさっき言いかけたのもこれだろう。

 名前からして何かの部活動だろうか。


「お前まだそんな場所にいるのか。もう終わったぞ」


 俺は廊下の角で小さくなって頭だけ出している姫鶴に向かって言った。どんだけ臆病なの、こいつは。


「いえ、でも、能力奪う能力とか正直怖いですよね……」

「お前の能力奪われても大したことねーじゃねーか! 俺と同じで!」

「だってだって、悪用されたら人刺しちゃったりできるんですよ。危ないです!」

「人刺すだけならぶっちゃけ普通の刃物でいいだろ」


 お前のナイフちょっとなまくらなんだから。

 言うと、姫鶴はおずおずと姿を現して俺の元へ駆け寄ってくる。そして俺の背中に回り込み俺を盾にして須藤に控えめな顔を向けた。


「どうも……」


 しまった、むしろ追い払えばよかった。こいつ全然無関係だった。邪魔だ。

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