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6 第二図書館にて人形すごくがんばる

 第二図書館は鍵がかかっていて中には入れなかった。割れた窓ガラスはサッシが外されシートが張られていて、明日には張替えが行われるらしい。

 シートには立ち入り禁止の張り紙がされている。ほかは曇りガラスのため、割れていない無事な窓から中を覗くことはできない。


「……破るか」


 俺はつぶやくと、シートに手をかける。


「ええっ、そんな」


 俺の後ろで小さく声を上げる者がいる。振り向いて、姫鶴を睨みつけた。


「なんでここまでついてきているんだ」

「あ、はい」

「はいじゃないんだよ。さっさとどこかへ行けよ」


 睨みつけられて、姫鶴は頬をかきながら目を逸らして苦笑する。おびえながらも、彼女は俺のそばを離れようとしない。

 俺は彼女に対してかなりきつく、それこそ傷つくようなことを言っているはずだが、なつかれる筋合いはないはずだ。

 なのに、


「私も、第二図書館を確認したいと思っていたので」


 などといけしゃあしゃあと言う。


「ふん、よく言うわ」


 俺はシートに貼られていたテープを丁寧にはがしていく。そうして手のひらが通れる隙間まで開けると、俺はそこから片手だけ中へ入れた。

 能力を使う。

 丸い粘土の塊は見る間に人形へと姿を変え、手のひらから内側の窓のへりに着地する。


「?」


 姫鶴が首を傾げた。


「まさかお前俺がシートをビリビリに破って中に入るとでも?」

「えっ、違うんですか?」


 人形は窓のへりを伝って歩いていき、窓ガラスの前まで来ると、跳躍して鍵のつまみに手をかける。

 簡単には鍵は開かない。固い。

 踏ん張る。が、鍵はびくともしない。


「ぐっ、くぅ、だめか……? いや、まだだ」


 俺は意識を集中させて、土人形を操る。土人形は「てこの原理」をするようにつまみに両手をかけて、足で踏ん張りながらがんばっている。


「がんばれっ、がんばれっ」


 背後から手に汗握る声援を受けるが余計なお世話だ。

 ここでわずかにつまみが動いた。

 一気にいく。


「うおおおおおおおっ! ひらけえええええっ!」


 カチャ。汗が滝のように流れるほどの奮闘ののちに、土人形は窓のつまみを下げることに成功した。同時に、土人形はぼろりと崩れて消えていく。


「はぁ……はぁ……無闇に破ったりしたら……すぐに、外を通る人間に、ばれてしまうだろ……昨日の今日なんだから……はぁ……見回りの巡回が来る、可能性もある。だから、できるだけ証拠を残さずだな……入る。そういうわけだよ……」


 つまみを動かすだけでこの息切れと疲労感である。やけにリターンが見合っていない。入れた気合いに反してこのショボさ。実用性がなさすぎる。開いた時の軽い音からして錆びついていたわけでもないみたいだし。


 息を整えながら、俺はシートのテープを違和感ないように貼り直し、鍵の開いた窓ガラスを開けて中へ入る。

 そしてすぐに閉める。


「あっ」


 姫鶴が入る前に、である。

 鍵もしっかり閉める。


「あああ開けてくださいよう。私も中に入れてくださいぃぃ」


 パントマイムよろしくぺたぺたと曇りガラスに手をついて抗議する姫鶴。ふはは、なんと無様な。


「すまんな。俺もわけあって『本』を探している。で、もしここに『本』があるならお互い取り合いになるだろう。俺とお前は敵同士になるわけだ。俺はお前を傷つけたくないんだわかってくれプックク」

「わ、笑ってるじゃないですかぁっ。いやです、開けてくださいっ」

「だめだ。どうしてもっていうならシートびりびりに破ったら?」

「そんなことできませんっ」

「だろうな。くくっ、いや、すまんな」

「ううーううー」


 なんか聞こえ始めたうなり声を小耳にはさみながら、俺は息をついた。窓に顔を近づけてどうにか中を見ようとしている姫鶴を尻目に、本棚の捜索に入る。

 俺と猫の化け物がやり合った場所には、目立たないがひっかき傷のようなものもついていた。猫がつけたものか俺がつけたものかは判別しがたかった。


 ここから『本』が消えてどこかへ行ったのは確認済みである。どうせなにもないとは思う。しかし現れる条件に図書のたくさんある場所という限定がある以上、巡り巡ってまたここに戻ってきたという可能性も捨てきれない。

 用心して耳をそばだてながら静かに捜索したが、室内はあまり広くはないため、捜索自体もすぐに終わった。


 果たして『本』はどこにもなかった。俺は嘆息する。


「やはり徒労だったか。まあいい」


 俺は窓を開けて、廊下に出て素早く窓を閉める。おそらく俺の土の力では鍵を閉めるまではできないだろうから、このまま放置する。

 外の廊下では、頬をふくらまして抗議したげな顔をした姫鶴が出迎えた。


「まだいたのか。なんだそのふくれっ面は。ぶりっこか」

「違います。ちょっとだけ怒ってるんです」

「ちょっとか」


 なら問題ないな。


「ああ、鍵なら開いているから調べたいなら好きに調べていいぞ」

「……いじわる」

「無駄な労力を消費しないでよかったと考えろ。お前の代わりに働いてやったんだ、俺ってやさしいだろ?」


 皮肉混じりに言うが、姫鶴は構わずに俺を見上げて言った。


「あの、『本』を見つけても、鍵がないとだめなんです」

「俺が開けたときは普通に開いたぞ」

「それは鍵がかかっていないページだったからです。開けるページを見ると、適性者なら『参照者』としての能力を手に入れられます。でもそうじゃなくて、本当に知りたい情報は、『鍵』がないと引き出せません」

「……『本』というのは、知りたい情報を引き出すためのものなのか?」

「ええ、なんかそうらしいです」

「あいまいだな」

「すいません、人づてに聞いただけなんです。『本』には、どんな情報も載っているって」

「ふうむ」


 鍵に情報……俺は眉根にしわを寄せて考えた。

 『参照者』と呼ばれる能力者を生み出す力と、どんな情報でも記載されているという力――『本』には二つの能力があるらしい。俺の知らない力もまだあるかもしれないが……。


 どんな情報でも記載されているというのが本当ならそれはもう最強なんて次元ではなく世界を容易に掌握できるほどの非常にとんでもない力だが……実際『本』を持った奴らに俺の城落とされてるからな。大仰に吹聴している輩がいるとも限らないが、真実がわからない以上信憑性のあるものとして今は受け取っておくことにする。


 しかしだとしたら『本』にも利用価値はありそうだ。見つけたら即燃やすつもりだったが、最大限利用したほうが俺にとって利益になるかもしれない。

 姫鶴は付け足すように言う。


「情報の得られるページを開くためには、鍵が必要みたいです。特定のページだけに鍵がしてあるって、どういうことかよくわかりませんけど」

「……その鍵ってのは、変な模様かなにかが彫られていなかったか?」

「いえ、見たことないのでそこまでは」


 普段は開けない特定のページ、鍵、能力者を量産する『本』という特異な書物……思い当たる単語から、俺は一つの結論にたどり着く。


「鍵がいると言ったな。おそらくそれは『護封プロテクション』という魔法だ」


 ウェイミリカにおいて、魔導書というのは便利なものから危険なものまで多種多様にある。

 中には危険すぎると判断される魔導書もあり、そういったものは『禁書』と呼ばれ一般の使用が規制される。魔導書以外にもある種の教本や娯楽本、啓発書や石碑なんかも規制の対象になったりする。

 禁書扱いになった魔導書は、その危険性に応じて段階的に封印が施される。中でも最も危険と判断されたものは、金具と錠を使って物理的に固定し、さらに錠そのものを壊されないように魔法で強化する。そうして鎖につなげどこにも持ち出されないようにされるのだ。それでよく錠の防護強化に使われるのが、『護封プロテクション』と呼ばれる魔法である。秘密を守るため特に見られたくないページにもその魔法は使われる。その魔法とたいていセットになっているのが、解呪のための鍵なのである。


「?」

「障壁魔法の一種だ。おもに家の防犯を強化したりするときに使うんだがな。小さめの無機物に限られるが、解呪しない限りは対象を保護し続ける。もっぱらドアや窓や錠がその対象になるんだが、禁書となると特定のページや記事にもその魔法が使われる場合がある。特定のページを閲覧するには、魔法で施された封印を解かなきゃいけないってことだ」

「ま、魔法?」

「すべて理解しなくていい。とにかくその魔法を解くには直接決められた種類の魔力を注ぎ込むか、解錠の術式を記憶した鍵が必要になる。鍵の場合は、普通の鉄の表面とかに魔法術式で組まれた刻印が暗号じみた方式で刻まれていることが多い」


 もしくは膨大な『力の魔力因子』を使って無理やりこじ開ける方法もあるが、この世界でそれは難しそうだ。


 あごひげを撫でるしぐさをしながら思案し、俺はほくそ笑んだ。

 さしずめあの『本』――俺が死んだあと禁書にでも指定されたらしい。しかも危険性の極めて高い第一級封印指定だ。ざまあない。


「魔法の鍵だ。文字通りな。……やはりこの世界にも多少は魔法が存在しているらしいな。でなければ封印などとっくに解けてしまっているはずだし、本の多い場所を自動的に移動するなんて摩訶不思議な結界の説明がつかん。あの『本』は魔法によって守られている」

「はあ」

「で、鍵ってのもどこにあるかわからないんだな?」

「あ、えっと、それは噂だと――」


 姫鶴の言葉が途切れる。俺も気づいた。

 正面に、おかしな恰好をした男子生徒が立っていた。

 高等部の男子生徒である。中肉中背で、長めの髪の少年だった。なぜか黒いマフラーを巻いて顔半分を隠している。しかもこの黒いマフラー、ところどころ穴が開いたり繊維が切れてばらついたりしていた。

 男子生徒は、やや三白眼気味の目つきで俺たちをじっと見て、


「堂々とそういう話をするもんじゃねえぜ。素人かよ」


 馬鹿にするように笑った。

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