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4 馬鹿とハサミは使いようだけど土は?

 次の日。


 俺は、授業中自分の能力の検証にふけっていた。すでに昨日の猫の爪による傷は塞がっていた。


 放課後になるまで、まだ少し時間がある。

 俺は手のひらから丸い土の塊を出現させる。ソフトボールほどの大きさだ。能力を出すのに詠唱は必要ない。


 間違いなく、あの『本』によって引き出された力だ。正直あの『本』の力に頼るのは不本意極まりないが、今は使えるものはなんでも使った方がいいだろう。せいぜいさんざん能力を利用して、『本』を見つけ出して焚書にしてやる。


 そして手のひらの中で、俺の思うまま土の塊はぐにゃぐにゃ形を変える。触らなくても形は変えられるが、触ると粘土のように柔らかく、殺傷能力はほぼゼロに近い。


「ぷにぷにしてるが、それだけか」


 あの猫の化け物に襲われた時はなぜか固くなったりしたが、いまは全然そんなことはなかった。そもそも気合いとかで固くできたところで所詮は土を固めただけのもの。陶器のようなものだ。防御には多少使えてもぶつかり合う力にはもろく、すぐに割れたり砕けたりしてしまうだろう。


 球状にして、机の上を転がしてみる。手で動かさなくとも、俺の意思で自在に動きを操れる。机から落ちて、床をころころと転がしていく。しかし黒板の前あたり――十メートルほどの距離を行ったところで、乾燥して消えてなくなってしまった。有効射程があるのだ。

 消えてなくなってから、すぐに手のひらに同じような球状の土を出現させる。連続した使用も可能だ。


 手のひらサイズの土を操る能力。殺傷能力はなし。破壊されても使いつぶしがきく。半径十メートル以内なら遠隔操作も可能。


 だいたいのことを分析してみて理解すると、俺は少々困惑した。

 ……これ攻撃系の能力じゃなくない? こんなのもあるの?


 俺を殺したカストールの部隊はどれもとんでもない力を持っていたが、あの『本』はそういうとんでもない力を与える類のものではないのだろうか。そういう特殊能力で人を殺す軍隊を作る兵器だと思っていたが、違うのか。


 それとも俺だけなの? こんな微妙な能力身についたの。どうすりゃいいんだ。


 戯れで人の形を作って、机の上を歩かせてみる。ピクトグラムとかいう非常口とかに描かれている奴に似た土の人形が歩いている姿は、じつに和むべき光景だ。

 そう、ただ和むだけなのだ。


「ううむ……何に使えるんだこれ。マジでわからん」


 俺は頭を抱える。机の上で土のピクトも同じようなしぐさをした。もはや授業そっちのけである。

 しかもこの土の塊、普通の人間には見えないようなのだ。しかし俺が能力に目覚める前に、俺には猫の化け物は普通に見えていた。この違いはなんだ。

 謎だ。


 自分の能力をもっと知らなければいけない。

 とりあえず土人形にシャーペンを持たせてノートに板書をさせてみる。

 土人形はすらすらと丁寧に黒板の文字を書き写していく。文字は俺が操れば正確に書けるようだ。

 しかしペンを持たせただけでいっぱいいっぱい感がすごい。精神的にすごく疲れてくる。これなら自分で書いたほうがまだ疲れない。


 五分ほど文字を書いたら、土人形がペンを投げ出して大の字に倒れた。もう書けんのか。なさけない。俺は全身を襲う疲労感に耐えながら、土人形に渾身のデコピンをくれてやる。

 土人形の頭は指の形にへこむと、そのまま消えていった。


 えぇー……本当にどうするのこれ。


 復活損じゃないか。マジで。


 ……魔法の術式は昨夜いろいろ試したが、ひとつも成功しなかった。

 魔眼を使おうとしたが、気合いが少し入るだけで特に黒目のままだった。

 ノートに魔法陣も描いてみたが、何も反応しない。


 俺は魔法陣の描かれたノートのページを開きながら腕を組んでうなった。

 この世界で魔法は迷信であることはいままで生きてきて知っていたが……本当に魔力とか全然存在していないらしい。

 魔法を使うのに必要な体内に宿っている『魔力』、その魔力の元になる空気中の『魔力因子』……どちらも存在していないようなのだ。もしくはごくわずかしかない――たとえば場所によって違ったり、感知できないほど微弱なものだったりするのかもしれない。


 うーん。

 悩んでいると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。よし。

 俺は筆箱にシャーペンをしまって、不敵に笑った。


「待ちわびていたぞ、この時を」

「黒歴史ノート広げてなにしてんだ?」


 ライトなオタクの加納が面白そうな顔をしてやってくる。しまった。変なのが釣れてしまった。

 俺は何食わぬ顔で魔法陣の描かれたノートを閉じて机の中に突っ込む。


「いや、じつは俺……前世は覇王ディアボロスだったんだよ!」


 試しに真面目な顔をして言うと、加納は、


「ディアボロス?」


 不思議そうに聞き返したが、すぐに納得すると相好を崩した。


「あーあれな。モンスターの。ボロスじゃなくてブロスだろ?」

「違うわ」


 やはり信じられないだろうな。俺だってそんなこと言われても「こいつ頭おかしい」くらいしか思わない程度のものだ。


「あれソロだとけっこうきついよな」

「違うっつってんだろ。言っとくが逆鱗のドロップ率七十五パーくらいあるやつだからな」

「えーそれは知らん。亜種?」


 冗談を交えながらごまかす。昔の俺は怒ると……つまり逆鱗に触れると敵皆殺しにしたり結構かなり怖かったから完全な嘘ではない。


「あ、そういや遼は知ってるか? 昨日さ、誰かに窓ガラス壊されたじゃん」


 加納に言われて、どきりとする。昨日俺が割った奴だ。

 目撃者はいなかったはずだが、こいつが俺の後を追って戻っていても不思議はないのだ。見られたか?


「それがどうかしたか? どこかの不良によるものだろ。まあこの学園にそんな不良いるのか知らないが、はた迷惑なやつもいるものだな」

「幽霊の仕業とか言われてるんだってよ」

「はあ?」

「この校舎、けっこう出るらしいんだ。ポルターガイストはたまに本当に起こるらしい。それでかな、こんな噂立ってるの」

「それ、そのへんの不良が人知れず暴れるために流したデマとかじゃないのか?」

「さぁね。俺はそういう噂を耳にしたってだけだよ」


 能力は普通の人間には見えない。だからこんな噂が立っているのだろう。

 だとしたら、ほかにも俺と同じように参照者になった奴がいるのかもしれない。見えないからって人前で能力を試すのは自重した方がいいな。

 などと思っていると、加納に続いて檜山も俺のところにやってくる。


「よー俺今日部活休みだからさ、放課後なったらよーコンビニで買い食いして帰ろーぜー」

「檜山ー、こいつさ、ディアボロスなんだってよ前世」


 加納はまたおもしろがってネタにする。檜山は一瞬きょとんしたあと、真剣に頷いて言った。


「ハンターに狩られたのか? 何剥ぎ取られた?」

「逆鱗らしい」

「剥ぎ取れたっけ?」

「いや、たぶん無理」

「だからブロスだろそれ」


 俺は二人にツッコミを入れると、立ち上がった。


「俺行くところあるから遠慮しとくよ。先帰っていい」

「なんか用事?」と加納が訊く。

「ちょっとな」


 そう、まずは現状を把握しなければどうしようもない。

 あの忌まわしい『本』を破壊し、再び覇王として世界を掌握して、支配するためには。

 かつて自在に使えていた魔法は今は全く使えない。愛用の魔槍もない。昨日まざまざと体感したが、身体能力は昔の比ではないほど衰えた。魔法代わりの能力は使えても弱い。権力も兵もない。

 昔あった万能さが、きれいさっぱりどこかにいってしまっている。


 だからなんだというのか。


 力は物理的なものだけではない。ましてや個人の力など、たいした影響ではない。世界は今もいろいろな力であふれている。皆使わなかったり見ないふりをしているだけで、『武器』はいろいろなところに落ちている。そのありったけをかき集めて、世界と戦う力にする。チートがなくても無双できる。俺ならね。


 ウェイミリカへの帰還もできることならしたいが、二度と戻ることはかなわないかもしれない。

 ならば、とりあえずは今あるこの現実のほうが大事だ。

 まったく勝手の違うこの世界で戦うには、屈強な兵を集め、力になりそうな情報を収集することからはじめなければ。

 そのためには、まずあの少女の持つ情報を足掛かりに。


 そして王としての再臨をはじめてゆかねばならない。

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