悪人はいつか報いを受ける1
「感謝しろよ、俺の方から話を着けにきてやったぞ!」
したり顔で、俺は身構えるカグラを見据えた。
浮かんできた汗をこれ以上出さないように、がんばって涼しい顔をする。
よりによってこいつが黒幕かよぉ……真っ向から俺を殺した超やばい奴じゃないか。小葉菜先輩をここに呼び込んだのもこいつだろう。
小葉菜先輩はというと、なぜか真っ赤になった顔を両手でかくしてそっぽを向いていた。
この人はこの人でなんなんだ。深刻な空気の中することか?
「おい、いつまで隠れている?」
俺は俺のすぐ背後で小さく身をすくませている姫鶴に声をかけた。
「あ……その」
姫鶴は弱気に胸の前で手をもじもじさせながら、すがるように俺を見上げた。
「私がしゃしゃり出てきていいところですか? これって」
「お前な……なんのために連れてきたと思っている?」
「えっと、盾にするため?」
「馬鹿。さっさと行け」
首をかしげる姫鶴の手をつかんで、無理やり小葉菜先輩の目の前に持っていく。
「あ……」
「あ、姫鶴。おひさっ」
こちらを向いた小葉菜先輩は、ぱっと表情を明るくする。
「小葉菜ちゃん……!」
感極まったのか、姫鶴は涙を流しながら、小葉菜先輩に抱き着いた。
「もう、帰ってきてくださいよぉ……なんなんですか、いきなりいなくなってぇ……」
「姫鶴をこんなところに閉じ込めてもなぁって思って黙ってたけど、逆に寂しい思いをさせちゃったね。ごめん。一人でずっとがんばってきて、えらかったね姫鶴」
号泣する姫鶴の頭を小葉菜先輩は優しくなでる。
――さて。俺としても小葉菜先輩と話したいことがたくさんあったが、ひとまずは別の問題に取り組むことにする。
俺はカグラのほうを向く。
「『鍵』は壊れたのにどうやって『本』の中に入って来られたのか、説明はいるか?」
「いらん」
カグラは俺と一定の距離をとりつつ答える。
「壊す直前、須藤薫の『銀の楔』で『鍵』から開錠の術式のみを抜いていたのだろう?」
ご名答だ。そして俺の粘土の能力で鍵の形を作って硬くし、そこに術式を移した。
ダミーの刻印は魔力を持たないただの彫刻だ。須藤の『銀の楔』で消し去れる対象にはならない。楔の光で呑み込むと、開錠の術式のみがきれいに取れるという寸法だ。
敵の戦意を喪失させることが狙いで、あらかじめ須藤と相談して合図を決めていた作戦だった。
「それも、この本棚の山から引き出せる情報か?」
「そうだ。記録された結果だから、ここで閲覧することができる」
「ふん」
地球上で起こった出来事の情報をすべてここで見られるのなら、これ以上の兵器はないな。
「そしてその情報の検索を可能にするのが『参照者』という存在か……」
「そうだ。この部屋に入れるようにするために、『本』を扱えるようにするために、魂の在り方を変える。能力を得られるのは魂を改造される際の副作用に過ぎない」
景色が飛んだ。
本棚だらけの薄暗い室内から一変し、懐かしい風景に変わる。
アルテア帝国の、俺の居城だった。
「ずいぶん悪趣味じゃないか」
俺が以前カストールどもに殺された場所と同じ、謁見の間に俺とカグラはいた。
「ごたくはいい。私を殺しに来たのだろう? 私も同じ気持ちだ」
「ほう」
もう一度あの時のことを再現しようというのか。
「そんなに俺のことを殺したいのか?」
「当たり前だ。何度でも殺す」
カグラを中心にして風が吹き荒れると、手元に細身の剣が出現する。刀身に何やら刻印が刻んであるだけの、なんの変哲もない少しおしゃれなロングソードだが、それが俺の息の根を止めた風の剣であることはいまだに覚えていた。
「しかし安心しろ。楽には殺さない」
カグラから聞こえる、風がひゅうひゅうと空気を震わせる音。暴風を孕んだ剣。あれをもう、二度とくらうわけにはいかない。
「殺すだと? いつまで経ってもガキのようなことを言――ぬおおっ!」
がいん、と剣戟が響くと、目の前にカグラの刃があった。
どうにか受け止めることができたが、攻撃は一瞬だった。
瞬く間に間合いを詰めてきての一閃。
「ふざっ、ふざっけるなよ! 馬鹿かお前馬鹿か! 人がしゃべっているのにいきなり攻撃してきやがって、頭に血が上りすぎだろ! 馬鹿か!」
罵倒を追加して、短剣の硬さを強める。
「私の頭は、思いのほか冷めている。お前が復活しなければ、こんな面倒なことにはならなかったのだ」
「くそが、全部俺が悪いみたいに言いやがって!」
まあだいたいその通りなのだが。
「俺の立場も考えろよ!」
「お前がどうなろうと知ったことではない」
つばぜり合いの間合いを維持するために俺は攻める。密着しながら剣を交えつつ、反撃の隙を伺う。
「だいたいお前らのせいで俺の制服は毎回ボロボロになってんだぞ! 今回も制服に穴あけられた! 弁償しろ! 俺はどんだけ母さんに怒られれば気が済むんだ!?」
「知らん! なんなんだその理由は! もっとましな怒りの矛先はないのか!」
「マシってなんだよ! 制服ダメにしたのは一度じゃないんだ、それだけで十分やばいだろ! それともあれか? 制服なんていくらでも買えばいいじゃないとか言っちゃうあれか!? 世間知らずなお嬢様的思想の持ち主か!?」
密着するために踏み込んで切り付ける――が、横殴りに風が吹いたと思ったら、気が付けばカグラとの距離は離れていた。
「くそっ、捕まえられん……!」
「お前の考えは的外れだが、お嬢様という点だけはある意味正解だ」
カグラはその場に立ち止まってこちらを睨んだ。
「?」
「私は、お前に殺されたネメシス国王の娘だ」
「――そうか」
そうきたか。
俺もここで動きを止めた。
「お前、俺が滅ぼした国の奴だったのか」
よりにもよって土地全部奪って一族皆殺しにした王族の生き残りか。
「だったら俺に恨みを抱いていても不思議ではないな」
「それはお前だって同じことだろう。私はかつてお前を殺している」
「復讐くらい考えたさ。でもないんだろう?」
信じたくはなかったが、可能性のひとつとしては考えていた。
だが、考えれば考えるほど、そうだという実感がわいていた。
「なにがだ?」
「魔法世界――ウェイミリカだ」
「ない。もうどこにも存在していない」
間髪入れずに、カグラは即答した。
「……今となっては、もう滅んだ文明の名だ」
「やはりウェイミリカは、この星の過去に存在していた世界だったのか」
魔法を使える者が皆無のこの世界で、なぜ千子が魔法を使えるのか疑問だった。
しかし魔法世界がこの世界の歴史に存在するのなら、説明はある程度つけられる。
先祖返りである。
たとえば今の流通している食用のバナナは、食べられるように何代にもわたって品種改良されたものだ。だがその種にも、品種改良される前の硬くてとても食べられたものではないような個体がごくまれに混ざることがある。何世代も前の遺伝子が、突然変異でその個体だけに表れることがあるのだ。
それと同じで、千子にも何世代も前の遺伝子――魔法を使える者の遺伝子が、突然変異的に発生した。宝くじに当たるより何倍も低い確率で。
「魔力因子も魔法も魔法世界も、大昔に生まれ現代までほとんどその痕跡を残さずに潰えた。私たちの世界は、もうない」
「どうりで夜空に違和感があったんだ。並行世界みたいなものかもしれないとも考えていたのだがな……」
ここの星空、ウェイミリカの星空と全く同じだったからなぁ。月どころか星座まで一緒だった。
それを踏まえて、俺はどれだけ寝過ごしていたんだって話だが。笑えない話だ。魔力因子が存在している時に蓄えた魔力も、膨大な時間の中で失われていったのなら説明はつく。
千子は知っていたな……この世界がかつて魔法世界だったことを。
「で、相当昔に滅びたのになぜお前も『本』も存在しているんだ、カグラよ」
「万が一覇王が復活したときのために、私は『本』の中に入れられ、カストールによって『本』は厳重な封印を施されて保存された。何者かの肉体から覇王の魔力を感知したら直ちに『本』と私も活動を開始するように仕組まれていた。まさか世界が滅んだあとに復活するとはな」
「……そういえば俺がこの身体に入った時は、まだわずかだが魔力があったんだったな」
すべて滅んでいるのなら、復讐など無意味だろう。
いや、そうではないか。
カストールもその仲間も、すでに死んでいる。ならば俺の復讐は、すでに成就したといえる。
「復讐は、すでに終わっていた」
「だがまだ私がいる」
「いやお前だって肉体ないだろ。話聞いてたぞ、先輩の体を借りるとかどうとか」
俺は土の短剣を投げ捨てた。
「俺は話の決着をつけにきただけだ。今の俺なら、どうあがいたところでお前にはかなわん。そして、もう話はついた」
「……武器を手放してなんのつもりだ」
「やりたいなら一思いにやるがいい」
「ふざけるな。放棄するというのか、私との闘争を!」
「そうだ。殺せ。今の俺ではどうあってもお前にかなわん」
「それも作戦か? そんな態度で殺すのをためらうとでも思ったか?」
カグラは風をまとった剣を構える。
「私は相手が無抵抗だろうといくらでも殺せるぞ」
「……どんな情報でも載っている『本』だが――それは情報が存在しているだけだ。いくら情報を知ろうが、人の行動や考えまで思い通りに縛れないのは今までの出来事で実証済みだろう」
「だからどうした」
「『本』では、俺を支配できない。お前は俺を殺した後、すべて思い通りにならなかったことにわだかまりを感じながら、『本』という身に余る力を抱えて生きていくことになる。ざまあないな。さあ、さっさと俺の言うとおりに俺を殺すといい。そのまま斬れば俺の魂も消滅するだろう」
俺はもろ手を軽く広げて微笑した。
「…………」
剣から強風が吹き荒れて、俺を包もうとする。
「待ってください!」
いきなり俺の前に小さい背中が飛び込んできた。そいつはカグラからかばうようにして立ちはだかる。
「姫鶴、お前……」
まさかここでこいつが来るとは思わなかった。
本棚のところと、空間的にはつながっていたのか。
「邪魔をするな」
カグラはいったん風をひっこめたものの、殺気で姫鶴を威圧する。
「い、いやです」
「なぜこの男のためにそこまでする。今までだってただいいように使われていただけではないか」
重い声色と殺気にあてられて、姫鶴はそれでも泣きそうになりながら反論する。
「そんなことないです! 確かに遼さんは口は悪いし意地悪だし悪だくみしか考えてないひどい人ですが……」
「おいなんだその言いぐさは」
「ちゃんと肝心なところでは私のことを助けてくれるし、こうして小葉菜ちゃんにも会わせてくれました! 周りだって気遣ってくれます。小葉菜ちゃんと離れてずっと一人だった私を救ってくれたのは、遼さんだけです。遼さんは、とても優しい人です。私はずっと、遼さんに助けられてきました。だから、今度は……」
「姫鶴……」
「私は、遼さんがやれというならなんでもします。そういう約束です。大丈夫です。ちょっと怖いけど……なんでも命令してください。作戦があるなら、私がんばります」
涙目の姫鶴に笑いかけられて、俺は嘆息した。
「二人でカグラを倒す策を考えろというのか、俺に、今すぐ」
「はい。がんばって言うとおりに動きますから……」
「いいんだな?」
「はい。二人で倒しましょう!」
「そうか、よく言ってくれたぞ姫鶴」
俺は笑うと、姫鶴の首根っこを乱暴に捕まえた。
「ならば、敵に突っ込んでいくか、このまま俺の盾になって敵の攻撃を全身で受け止めるか選べ」
「……え?」
俺が笑いをこらえながら命じると、姫鶴はひきつった顔でこちらを見た。
「どちらにしろ、確実にあの獲物を体で止めて捕まえておけよ。死んでもな。やっかいなのはあの剣なんだ。あれを止められれば俺たちは勝てる」
「そ、それ本気で言ってるんですか!? いくらなんでもそんな命令!? ひ、人でなし!」
「お前人じゃないだろ。それに、なんでもするといったのはお前の方じゃないか。惜しげもなく盾に使ってやるんだから、そこは『ありがとうございます』だろう? いつまで経っても言葉遣いがなってないな、このできそこないが」
「ひっひどい! ひどいです! たしかに言いましたけど、そこまであからさまに盾として使うなんて!」
「安心しろ。今度はちゃんと盾として使ってやる。さあ覚悟を決めろ。いくぞ!」
俺は姫鶴の首根っこを捕まえたまま、呆れ顔のカグラに接近していく。
「ひっひぃぃぃ!」
悲鳴を上げながら、ひきずられるようにして姫鶴も前に出る。
カグラが、ため息交じりに自分の足元に向けて剣を振るった。
「こんな小細工を弄してくるとは……変わったなディアボロス」
真っ二つに切られていたのは、姫鶴と話しているときに足元を転がらせておいた俺の土の能力だった。
粘土の塊はカグラの足を拘束することなくボロボロと崩れ、無為にその生涯を閉じた。
「だああっ、くそっ、まずい! ばれてた!」
俺は足を止めて、慌てて手に土の短剣を形作った。
瞬間、横殴りに暴風が吹き荒れる。
すぐに風がやむと、目の前にいたカグラはその場から消え失せていた。
「!?」
何が起こったのか身構えたが、いきなり背後から首筋に衝撃が加えられる。
前にいたはずのカグラが、いつの間にか俺の後ろをとって、剣の柄で殴ってきたのだ。
「遼さん!」
俺は痛みを感じる暇もなく、前のめりに倒れる。
「たしかに殺そうと思えばいつでも殺せるか。しかしなんだこの殺しにくさは」
薄れゆく意識の中、カグラの馬鹿にするような声が聞こえ――景色が飛んで元の本棚だらけの空間に戻った。
「そうでしょ?」
とごきげんそうな小葉菜先輩の声も聞こえた。
「というか、今のままでは殺す価値もないな。本当に世界に仇なす存在になりえないのか、これから見定めさせてもらうことにする」
好き勝手言いやがって……思っていると、視界は完全に暗くなり、俺の意識は途絶えた。
お読みいただきありがとうございました。
あと一話(ほど)で完結となります。
明日には更新できるかと思いますので、ぜひぜひ最後までお付き合いください。




