14 弱いままでも:強くあっても
「遼さん!」
俺が目を開くと、瞳に涙をためた姫鶴が視界に飛び込んできた。
制服の胸に位置するあたりに大穴が開いていた。
背中も痛い。どうやら魔槍の攻撃を胸に受けて、フェンスにぶつかったようだ。
赤い巨人が、俺たちを追い詰めつつある。
「せっかく身を挺したというのになんで逃げないんだお前はぁ……!」
俺の肩をゆすっていた姫鶴の肩を逆にがくがくとゆする。
「そ、そこ怒るんですか?」
「俺の行動の意味をなくしおって。万死に値するわ」
「でも、お礼言ってなかったので……」
「……むう」
俺には持っていない素直さで、なんのてらいも不自然さもなく、姫鶴は言う。
「助けてくれてありがとうございます」
「ふん」
「あと逃げる暇なかったんですけど」
「……そのようだな。どうやらそれほど長く気を失っていたわけではないようだ」
どうも長いこと夢を見ていた気がするが。
それはそうと、俺は自分の身に起こっている変化に戸惑っていた。
――なつかしい感覚が胸を満たしている。
これは魔力を練り上げたときの感覚に相違なかった。
なぜこんな感覚が、いまさら?
「というか、槍が胸に直撃していましたが大丈夫だったんですか?」
「当たり前だ。槍の当たりそうな場所にあらかじめ粘土を固くして仕込んでいたからな」
罵倒がギリギリ間に合ってよかった。それで防げるとは思っていなかったが、槍の威力が思ったより弱くなっていたため助かった。
単純な魔力不足によって槍の威力が低下したせいだろう。こればかりはここが魔力因子の極端に薄い世界でよかったと思える。
俺は自分のカバンに鎖でつながれている『本』を手に取った。
「! これって……」
姫鶴は今更気づいたらしい。
「ああ、偶然か意図的かは知らないが、俺のところに来たらしい」
しかしアバウトすぎるだろ、『本』の移動先の条件が。
カバンの中の教科書とかノート類くらいの量がそろっていればワープの対象とかどういうことだクソが。本棚にたくさん本が詰まっているくらいの場所を転々としていると思っていたぞ。
「さすが俺! 運も向いてきたぜ。ここでお前を倒せれば『本』も『鍵』も手に入るってことじゃねえか!」
狂喜乱舞する勇。
そういえばこいつもいたな。思っていると、赤い巨人が襲ってくる。
――が、俺と姫鶴を囲った見えない壁に阻まれて、巨人の腕はここまで届かない。
俺が魔力障壁を展開したからだ。
この世界に来てはじめて魔法を使えた。
「やはり、魔力が戻っているだと?」
俺は混乱する頭で状況を整理した。
あれは本当に夢だっただろうか。
俺自身の感覚が夢だという可能性を否定していた。
あれは夢ではなかった。
だとしたら、小葉菜先輩は最後に何をした?
最後のキスは、『魔力付与』の魔法だったのではないか?
魔力付与は触れた相手に自分の魔力を与える魔法だ。それによって俺が魔力を取り戻しても不思議ではない。
「俺の知っている小葉菜先輩はいきなり男にキスするなんてビッチみたいなことはしない。あれは何かしらの目的があってそういう結果になったと考えるのが普通」
「……遼さん? 大丈夫ですか?」
しかも補充されたのはとびきり上等な魔力だ。力の魔力因子を丁寧に練り上げてある。
あとついに頭がおかしくなっちゃったのね、みたいな顔でいる姫鶴はいつも通り無視する。
「おかげで昔の感覚を取り戻してしまったじゃないか」
ただし与えられた魔力がなくなるまでの期限付きだが。
問題は小葉菜先輩のいた場所であるが――心当たりはひとつしかない。
「やはり『本』の中にいたと考えるのが妥当か。千子の言った通り魂だけがそこに留まって……魔法の使える千子とは『念話』か何かでやりとりしていたのか」
魔法による通信手段なら思念だけでやり取りすることもできる。だからこそ橋渡し役が魔法を使える千子しかいなかったのだろう。
俺は『鍵』の力で『本』の中に入れたのだろうか。だとしたらなんでも載っている情報というのは、あの無数にある本棚に配架されていた本のことか?
「何をごちゃごちゃ言っているんだ!」
展開していた魔力障壁がいきなり燃え上がった。
赤い巨人が、千子の手放した炎の魔法剣を手に切りかかったのだ。
魔力障壁の燃焼が終わると、障壁はきれいに跡形もなくなる。
「しまっ――」
俺に向かって振り下ろされる魔法剣。
しかしその炎は、俺をかばうように躍り出た男子生徒の光る腕に刃ごと無効化される。
杭のようなものが数本刺さっている、銀色に光る腕を持つ男だった。
「遼、すまねえ!」
「……いいタイミングで来るじゃないか、須藤」
俺は誰にもばれないように安堵の息を短くついた。
須藤はばつが悪そうに俺を見ると、ためらいながら口を開いた。
「言い訳がましいかもしれないけど、俺は遼たちを裏切ったわけではなくてだな……」
「ならなんなんだ?」
「欲望に負けた――それだけだ」
須藤はふっと目を伏せて静かに言葉を紡いだ。
「きも……」
「きもい」
俺と姫鶴は同時に言った。あまりそういうこと口にしない姫鶴でさえドン引きしていたらしい。
俺は追い打ちをかける。
「なんだそれは格好つけているつもりか? 結局お前は自分の性癖に逆らえなかった理性のない豚野郎だったということだろうが。恥を知れ。ああ恥なんて概念なかったんだったな。いや、恥でさえご褒美か? なんなら公衆の面前で最終的には死に至らしめるような拷問にかけてやろうか、この変態が!」
「す、すまん」
「まあいい。なら黙って俺に従ってもらうぞ」
「わかってるさ」
正直須藤にはあまり期待していなかったが、俺の側につくのなら勝利への確率がぐっとはね上がる。
つまり、である。
俺はこれから、勇を心の底からコケにできるということだ。
「これですぐに終わらせてもいいが、それじゃ面白くない。そうだよな?」
「!」
俺がかかとで床を二回たたき、勇に見えないように手で須藤にサインを送ると、すぐに須藤は合図に気付いた。
こんな時に本気かって顔。
こんな時だからこそ、だ。
「勇、お前『鍵』と『本』がほしいんだったな。『鍵』が俺の家にあるというのは嘘だ。ここにある」
俺は後ろ手に隠していた真鍮製の鍵を掲げた。
「お前に『鍵』も『本』もくれてやるから手を引いてくれないか」
「――その『鍵』、本物だろうな?」
「俺が粘土で作った偽物だと思っているんだろう?」
自分の能力である土の能力を手のひらに出現させる。
右手には『鍵』、左手には粘土の塊。
「俺の能力は、一度にふたつの粘土の塊を作り出すことはできない」
それに土は『鍵』と同じ形状にはできるが、色が違う。こればかりはどうしようもできない。
「これが本物かどうかはお前がよく知っているんじゃないか? 何せ少し前まで管理をしていたのはお前たちなんだからな」
「たしかに本物に見えるけど……もっと近くで見ないとわからないだろ」
「だったらよく見るといい!」
俺は勇に向かって『鍵』を放り投げた。
そして須藤に命じる。
「やれ須藤! 一思いにな!」
「あーもう知らないからな!」
勇の方に放り投げられた『鍵』に向けて、須藤は銀色に光る腕を向けた。
それから、はじめて強襲されたときに千子から奪った『魔弾』を放ち――
「!」
『鍵』を粉々に破壊した。
ちなみに、投げたのは本物の『鍵』である。
勇のこわばった顔を見て、俺は高らかに笑った。
「残念だったな! 『鍵』は完膚なきまでに破壊させてもらった! 『本』? ほしいならやるぞ。もう封じられたページは開けないけどな!」
「ななななんてことするんですか!」
例によってすぐ隣りで抗議の声が上がったが無視。
「お前……自分のやっていることがわかっているんだろうな!」
勇がひときわ大きな巨人を作って襲い掛かる。十メートルはあるだろう、あんな巨体に踏まれでもしたらひとたまりもない。
やはり逆上して突っかかってきたな。
俺は手の粘土を短剣の形に成形した。
「ちゃんと援護しろよ須藤」
「わかってる」
俺は魔法の詠唱に集中する。魔力はすでに練られているのであとは結びの文句だけ唱えれば魔法の発動は可能だ。すぐに済む。
「重圧をはらんだ力の激流は、その速度と衝撃をもって彼の敵を打たん」
敵意の言葉を受けて粘土が硬くなる。
魔法の詠唱は、どのような手段でどのように敵を傷つけるかを具体的に言ったような文句が多い。
俺の能力にとって、それは粘土を硬質化させるのにちょうどいい言葉だ。
持っている魔力をすべて土の短剣に込めた。
千子のように力を温存したような魔法とはわけが違う、一度限りの強大な魔力がつまった魔法である。
『魔弾』が上質な触媒を得て、威力と攻撃範囲の規模を上げた上位魔法『触媒式魔砲』。
魔力を帯びた土の短剣が、さながら砲弾のように撃ち出された。
ドンッと体を叩く重い音は、短剣が秒速千二百メートルにまで達した際の衝撃波だ。
土の短剣が発する風圧で砂埃が巻き上がり、風音が耳をつんざき、俺たちの体を押す。
風がやまぬうちに着弾は完了。赤い糸の巨人をまるで紙切れを破るように撃ち抜き、蒸発させていた。
「そんな……たった一撃で!?」
ぼろぼろと崩れていく糸きれに勇は呆然とした。
うむ、やはり魔法はいいものだ。
「くそ……まだだ、まだ、俺は……」
勇が憔悴しきった表情で膝をつく。青くなった顔には、汗がとめどなく流れていた。視線もおぼつかない。
ようやく底がついたらしい。力の使い過ぎである。
「もうやめておけ。『鍵』が壊れた今、『本』のページを開けるすべはなくなった。戦う理由はもうないはずだ」
『鍵』を破壊するのは千子に対して使う切り札だったが、この際しょうがない。
もっとも、今の勇の状態ならば襲い掛かってきたところで負けはしないが。
「ふん、やってくれたわね」
平然としながら、千子は起き上がった。
「お前……この状況で気絶したふりして反撃の機会をうかがっていたのか」
「あたりまえでしょう」
あきれた。やはり食えない女だ。
千子は乱れた髪を手櫛で直すと、
「状況を確認してくるわ。まあ私の下僕どもがうまくやっているだろうけれど」
俺を――正確には、俺のもとへとやってきた『本』を一瞥してから、俺の横を素通りして屋上を後にした。
「…………」
姫鶴は、浮かない表情で空を見た。
「納得いかないだろうが理解しろ。こんな力は、いっそ封印してしまったほうがいい」
「はい……」
「俺たちも笹露のもとへ戻るぞ。勇はもう戦えん。しばらく放っておいても大丈夫だ」
回復しきれていない勇に背を向けて、俺も屋上のドアへと歩いていく。
さて、次の一手を練らなければならない。
学校のことは千子に任せておいて、まずは安全の確保か。
できる限り迅速に動かなくては。
――黒幕とは決着をつけなければならないからな。




