13 粘土の力の使い道
魔法は参照者の能力と違う。
もし致命傷になるような攻撃を魔法で与えられたなら、一般人だろうと参照者だろうと等しく命にかかわる事態になるだろう。勇はそのへん自覚してなさすぎだ。
いや、俺の書いた魔法陣のノートが奪われたせいだから、これは自業自得というのだろうか。
俺はすでに死と対峙している――はずだ。槍の一撃を食らう前に意識が飛んでしまったが、あのままいけば確実に直撃だった、と思われる。
――暗い視界から突如世界が明るくなると、俺は思い出の中にいた。
夢見心地のような気持ちよさで、もしかしたら走馬燈を見ているのかもしれない。
それは中学の頃の思い出だった。
小葉菜先輩と俺は、中学の帰り道を歩いていた。
黄昏に染まる世界を眺めながら、帰路を別れるまでのわずかな時間を共有していた。
「へへー、進路決まったー」
なんて俺に向かって笑顔でダブルピースしながら、彼女は隣町にある私立の学園へ入学することを告げた。
「と、隣の町の学校なんですか? なんでまた?」
「それなりの進学校だからねー」
「こっちの、公立の高校にすればよかったんだ。お金かかるでしょ、無駄に」
「まーそうかもね」
満足そうにうなずく小葉菜先輩を見下ろして、俺は顔をそらした。
彼女にとってそれが後悔のないことならば、俺からは何も言うことはない。
「遼君、気に入らないって顔してる」
「しとらんわ。俺のことをなんでも知ってるとでも思っているのか?」
「わかりやすいなぁ」
小葉菜先輩は笑いながら、そっぽを向いている俺の頭をポンポンと撫でた。
中学の頃は、自分の感情をできるだけ抑えて生きていた。ディアボロスとしての性格をなるべく出さないように努めていたのだ。
だが心に余裕がなくなると、俺は自分で自分のコントロールができなくなっていた。
それはもう当時の俺にとって、考えなしで天変地異に挑むくらいにどうしようもないことだった。
「て、手を離せこのビッチが」
照れ隠しに、俺はうつむきながら文句を言った。
景色が飛ぶ。
時間も場所も飛んだらしい。
屋外を歩いていたはずが、教室内に小葉菜先輩と向かい合って立っていた。
状況と記憶を照らし合わせて、俺ははっとなった。
これは、卒業式が終わったあとだ。
下校時間はとっくに過ぎていたけど、俺は小葉菜先輩と話したくて先輩に教室に残ってもらっていたのだった。
そして、これが俺と小葉菜先輩との最後の会話になった。
「どうしたの? 改まって」
「いや、その、もうこうやって先輩と話せなくなるだろうなって」
俺は頭をかきながら目をそらした。
もうこの時点で、俺の心の余裕はなくなりつつあった。
「遠くに引っ越すわけじゃないんだから、会って話すなら卒業してからもできると思うけど」
小葉菜先輩は不思議そうな顔をした。
「その、まあそうなんですが」
「寂しい? 一緒に帰れなくなるの」
図星を突かれて、俺は一気に自分を抑えられなくなった。
「そ、そんなわけないだろ!」
抑えられなくなるだけならまだいい。
その時は、頭に血が上って、自分でなぜそんなことを口走っているのかわからなくなりながらしゃべっていた。
「だいたいいつも俺にまとわりついてきて迷惑だったんだよ!」
「そっか……」
小葉菜先輩は苦笑しながら、気まずそうに自分の髪を触った。
「ごめんね、ずっと遼君の気持ちを無視してて……」
「本当だ。そもそも、そんなに俺がかわいそうな奴に見えたか? 上から目線で自分がその孤独を救ってあげようとか思ってたんだろう? よかったなあ、俺を見て優越感に浸れて満足して」
やめろ。
俺はそんなことを言いたいんじゃなかった。
自分で自分に言い聞かせるけれど、だめだった。あの時の思い出を再生するだけの機械になってしまったかのように、口が止まらない。
「……俺はお前と離れるのなんて、どうとも思っていないんだよ!」
感情がコントロールできない。
本当に、記憶が戻る前の俺はただの出来の悪い少年だったと改めて実感できる。
「むしろこれから一人の時を有意義に過ごせるわ! 前々から邪魔だと思っていたんだ!」
心臓が締め付けられるような思いとともに、心の中で自分の言葉を否定する。
違うんだ。
そうじゃない。
俺が言いたかったのは、そんなことじゃ。
「じゃあ何が言いたかったの? 教えて」
目の前の小葉菜先輩は、現在の俺の胸中に返答するようにつぶやいた。
「!?」
違う。
あの時の小葉菜先輩は、そんなこと言っていなかった。
こんな言葉、記憶にない。
これは俺の思い出の再現ではない。
わかった瞬間、また景色が飛ぶ。
見たことがない空間だった。
薄暗い室内に埋め尽くされている本棚。閲覧用のテーブルが一つに、椅子が二つ置いてある。
本棚のせいで奥行きがわかりにくく、広い部屋なのか狭い部屋なのかわからない。
いや、少なくとも狭くはないだろう。問題はどこまでの広さなのかだが――まったく見当がつかない。ずっと本棚が並んでいるように見える。
「ねえ、あの時言いたかったこと、教えてよ」
小葉菜先輩は学園の制服を着ていた。
髪も少し伸びたかもしれない。
……ここがどこだかそんなことはもはや問題ではない。
何が起こっているかも、これが夢だろうと幻だろうと走馬燈の亜種だろうと、この際関係ない。
「俺は……っ!」
口にしてから、今度はちゃんと自分の意思でしゃべれることに気付く。
ならばやることは決まっている。
俺はずっと彼女と話したかったのだから。
「俺は、あんなこと言いたかったんじゃなくて!」
感情的になって言ってから、こんな言い方ではまた同じだと思い立つ。
あの時と違って記憶が戻った今、もちろん言葉は冷静に選ぶことができるだろう。
でもそれだけではだめだ。
俺は俺の心からの言葉を的確に伝えなければならない。後悔しないように、納得いくように。
語調を強めたりとか、悪態をついたりとか、上から目線とか、偉そうにしたりとか、そんなのもってのほかだ。
俺は後ろ手に粘土の能力を出現させた。
小葉菜先輩からは見えない位置だ。
手のひらサイズのそれを俺は強めに握ってみる。
粘土は案の定、硬くなっていた。もう少し柔らかくしなければ。
「感謝、していたんだ、俺は」
丁寧に、穏やかに、相手を傷つけないよう、しかし優しすぎないように、言葉を選んで話し方を工夫する。
「唯一の友達だった檜山は転校していなくなって、中学時代一人で過ごすようになって、俺は所在ない日々を送っていた。こんな性格のせいで友達はできないし……でも小葉菜先輩が話しかけてくれたおかげで、俺の中学時代は見違えたように楽しくなっていった」
しゃべるペースも落としてみると、粘土は押せばつぶれるほどの弾力に戻った。
「放課後一緒に帰ってくれるだけでうれしかった。そのときの思い出をどうとも思っていないわけない。俺は、俺の性格のせいで嫌な思いをさせてしまったことをずっと後悔していたんだ。こんな俺と友達になってくれた先輩に、俺はひどいことを言ってしまった。本当は、先輩がいてくれてよかったと、お礼を言うつもりだったんだ」
硬すぎず、柔らかすぎず。
裏も表もなくて、伝えたいことを伝えている形。
ぎこちなかったしもっと言い方があったのではと思ったが、これが今の俺の精一杯だった。
難しいが、俺がほしかったのは、これくらいのちょうどいい言葉遣いだったんだ。
そしてたぶん、これがきっと、一番正しい粘土の力の使い道だ。
「ありがとうございました、小葉菜先輩。俺にやさしい思い出をくれて。ずっと、それが言いたかった」
「どういたしまして。まーあたしはべつに普通に遼君と接してただけだけどね」
小葉菜先輩は、いつも通りの笑顔でうなずいた。
俺も少し照れ臭かったがつられて笑う。
「あたしにそれを言いたくて、この学園に入学して、思い悩んで……ごめんね、ずっと囚われていたんだね」
「いや、いいんです。ようやく溜飲が下がりましたから」
俺は一息ついてから、ついでのように続けた。
「あと、もうこの際だから言いますけど、中学時代ずっと好きでした」
さりげなくを意識してみたが、手に持つ粘土が一瞬でスライム状になった。
「過去形なんだね」
「まあそこは否定しません」
「私はそんなに意識してなかったよ。ていうか当時はそんな発想がそもそもなかった」
くっそ。
「でも今は少し気になってるかな」
「俺は逆に今は意識してません」
「むー、それは残念」
小葉菜先輩は楽しそうに口をすぼめた。
しかし、あれだな。
この変な夢、いつになったら覚めるんだ?
それとももう二度と覚めないのだろうか。
「大丈夫、ずっとこのままにはならないから。ここから追い出したい人もいるみたいだし」
「生きているならさっさと現実に戻りたいところですがね」
俺が苦笑していると、小葉菜先輩はいきなり俺に抱き着いてきた。
「ちょっ、いきなりなにやってんですか! やめろ馬鹿――あ、いや、すいません」
心臓が飛び上がっていた。夢というにはあまりにリアルなぬくもりが伝わってくる。
小葉菜先輩は戸惑っている俺にかまわず、俺の胸に顔をうずめる。
「遼君、姫鶴を助けてくれてありがとう」
「は? ……なんで先輩がそのことを?」
一瞬疑問になったが、俺が見ている夢なら知っていてもおかしくはなかった。
「今日だけ、少し後押ししてあげる。今日だけだよ」
「それどういう――」
ことですか、と言い終わる前に、俺の口はふさがれた。
すぐ目の前に小葉菜先輩の顔が見える。
俺の唇に、彼女の小さく柔らかい唇が重なっていた。
景色が飛んで、視界は暗転した。




