12 屋上:赤い巨人
刃渡り一メートルちょっとのショートソードを自在に操り、千子は進路上の赤いモンスターどもを切り伏せていく。
剣に宿る『火界の炎』は、生物以外の一切を燃焼させていく。威力は十分。一撃で勇の『紅花輪』の赤い糸を断ち切り、燃やし尽くす。
千子がフォワードになり俺と姫鶴がそれを援護しながら背後を守る布陣で、目的地へとまっすぐに向かう。
俺は持っていた黒歴史ノートを肩に下げていた鞄の中にしまった。
鞄は置いてくればよかった。動くのにかなり邪魔である。
「私、足手まといになりませんか?」
俺と並んで進みながら、姫鶴は不満を漏らした。
「お前が切り札なんだ。いてもらわねば困る」
俺は千子に聞こえないように答えた。
千子に対する抑止力という意味でも姫鶴は役に立つ。
それに、姫鶴は能力として出てきただけから、ダメージを受けて死んでも、小葉菜先輩の意思で復活することができる。先輩の意識が無事に回復できたら、という条件付きだが。
もしもの時は迷わず盾に使ってやろう。ほとんどそのために連れてきたようなものだからな。ただしそれは千子がいる手前、本当に最後の手段になる。
「こちらです千子様!」
屋上近くにいた男子生徒人は、千子が来たのを見て取ってその場に跪き頭を下げた。
「連絡が遅いわ。もっと早く発見できなかったの?」
千子はそのうちの一人の頭を踏みつけて体重を乗せる。
「申し訳ありません!」
どうやらこいつが勇の居場所を千子に連絡したようだ。
男子生徒は嬉しそうに謝って、されるがままにされていた。
あ、こいつもか。
須藤といい物好きが多いな。
「まだ逃げていないでしょうね?」
「今さっき佐久間が三日月勇の後を追いました。少しの間その場にとどまらせられているかと思います」
「ならいいわ。あなたは一般生徒の救出に向かいなさい」
「はい!」
「……聞いたでしょう?」
言いながら、千子は俺のことをにらんだ。
「罠でも何でもなくちゃんと追いつめているわ。これから佐久間の援護をするために一気に仕掛けるわよ」
「勇はその佐久間とやらを糸で操って、罠を張っている可能性もあるな」
俺が勇だったら、自分の場所が相手に特定されたことを前提にして策を練るだろう。
屋上に逃げたのなら、すぐにでもそこに罠を張り巡らせているはずだ。
「姫鶴はどう思う?」
「えっ? わ、私ですか?」
姫鶴は驚いて目を丸くする。自分に振られるとは思っていなかったらしい。
「えっと、私は慎重に行ったほうがいいかなぁと」
「じゃ、じゃあそうしましょう」
千子は赤くなる顔をそらしながら即答した。
やはり姫鶴を連れてきてよかった。
階段を上がっていくと、屋上へと続くドアが見える。ドアには曇りガラスが一つついているだけで屋上の様子はうかがえない。
ここまでは罠の類はなかった。だがこれからはおそらく順調にはいくまい。
「やはり罠を張っているな。静かすぎる」
戦闘をしている気配もない。佐久間とやらが勇を倒したか、あるいは勇に倒されたか。
「千子、ドアを破壊するぞ」
「言われなくても!」
すでに手に出現させていた『魔弾』の魔法で、千子はドアを粉砕する。
少し離れたところで屋上を確認すると、フェンスの近くに三日月勇が腕を組んで立っていた。
俺たちが来たことを認めると、にやりと不敵に笑う。
「わざわざ相手の土俵に上がる必要はない」
「……わかってる」
千子は掌に浮かべた『魔弾』を勇に向けて放ったが――勇は猛スピードで横にスライドするように移動してそれを回避する。
「妙な動きをするな」
手すりを利用して糸で自分の身体を引っ張っている、といったところか。
「まだるっこしい。私のやりかたで行くわ」
千子は堂々と屋上へ上がった。
入口の見えないところで待っていた赤いモンスターがとびかかってきたが、すぐさま一刀両断される。
おそらく佐久間とやらだろう。制服を焦がしながら、気を失った男子生徒の姿があらわれた。
千子はそれに見向きもせずに、矢継ぎ早に勇が放つ『紅花輪』を切断する。
「あなた自分のやっていることがわかっているの?」
「――わかっててやってるよ。あの時は助けてくれてどうも」
勇はやはり手すりに寄りかかるようにして、入り口に立っている千子と対峙していた。
「助けなければよかったわ」
「そんなつれないこと言うなよ」
以前よりも少し痩せていた勇は、瞳に狂気のような恐ろしげな色をはらませて笑った。
「で、なんで『鍵』を奪ったそいつと手を組んでるんだ? ……氷上が裏切って行平が倒れたんだ。『鍵』も『本』も、俺がどんな手を使ってでも手に入れないといけない。違うか?」
「計画のことを少しもわかっていないあなたが、それをする必要はない。あなたはもういらないわ」
「俺だって計画のことは少しは聞いている。俺が『本』とほかの参照者を連れて覇王を倒してやるよ」
「――ふん、つまりお前らは何年も前から虎視眈々と俺を倒す準備をしていたわけだろう」
俺は屋上に踏み込みながら、二人の会話に横やりを入れた。
「この学校に『本』を潜伏させて参照者を増やして、俺の記憶が戻った時にいつでも俺に対抗できるように組織を作っていたわけだ。『さもんじこはな』と呼ばれている人物と、その一派が。くっくくくっ!」
俺はここぞとばかりに笑い出す。
「残念だったな! 無駄な仲間割れで組織は崩壊寸前だ!」
「お前はいったいなんなんだよ。覇王と何か関係があるのか?」
勇は的外れなことを言って俺を一蹴する。
ううむ、勇もすべてを教えてもらっていたわけではないらしい。
「俺がその倒すべき覇王だ。喜べ、俺のほうから来てやったんだぞ」
「じゃあここでお前を倒したら、あとは『鍵』も『本』もお役御免になるわけだ。だったら俺が自由に使ってもいいよな?」
それが本音だろう。むしろ俺を倒してからが本番といえる。
「どうでもいいわ。二人とも私が倒すから」
千子が何もないところで剣を振るうと、剣に触れた空気が燃焼して消える。
まずい。
みつどもえの様相を呈してきた。
どうにかして俺が漁夫の利を得る構図にしなければ。
「やれるもんならやってみろよ! 俺の生活はお前らのせいで壊された! 俺はなりふりなんてかまわないからな!」
コンクリートの砕かれる音が背後からする。
見ると、赤い糸を編み物のようにして巨大な人の形が作られていた。三、四メートルはあるだろう。廊下に続くドアをふさぐようにして立ちはだかっている。
床の中に仕込んでいたらしい。
屋上の外周にも赤い糸の巨人が数体出現した。
「やはり罠を用意してやがったか」
千子には三体、こちらにも三体、巨人が向かっていく。
勇にこれほどまでの力があったとは予想外だった。
「千子、俺と姫鶴を援護しろ!」
数では不利で、パワーもあちらが上だろう。
巨人相手では、俺と姫鶴の能力ではリーチ差でどうにもできない。
逃げたいところだがドアを守るように巨人がいるせいで逃げられない。
頼りになる戦力は千子だけだが――それでもこちらの有利は覆らない。
なにせ勇を無力化すれば赤い巨人もいなくなる。
「まっすぐ勇へ向けて突貫するぞ!」
ドアの前に立ちはだかっていた赤い巨人が俺と姫鶴に向かってこぶしを振り下ろす。
それをどうにか前進して躱し、そのままの勢いで合流した千子とともに勇に接近する。
千子が前方に向けて『魔弾』を発射する。
が、巨人に阻まれて勇までは届かない。どころか、『魔弾』は巨人の体の一部をえぐっただけで、ほとんどダメージはない。
俺は鞄から再び黒歴史ノートを取り出すと、ページを開いてそれをそのまま千子に渡す。
『風刃』のページが光ると、暴風とともに前方にいた巨人二体が無数に切り刻まれて倒れた。
構わずに、三体目と四体目の巨人が千子に攻撃を仕掛ける。
「くっ」
疲労の色がみられる千子は、それでも二体を火界の炎で焼き切った。
だがそれと同時、千子の足も止まった。
「やってくれたわね……!」
膝をついた千子には憔悴の色が浮かんでいる。
「知恵が回ることだな」
余裕そうにその場に立っている勇に対して、俺は舌打ちをした。
千子は剣で床を切りつけたが、それで力が尽きたらしくその場に突っ伏して動かなくなる。
「ど、どういうことです?」
「クソ目立つ巨人でこちらの目を引いて、本命は足元――わかりにくく床に伸ばしていた細い糸の方だった。それが千子の足に絡みついてきていたというわけだ」
千子もすぐに気づいて糸を断ち切ったようだったが……絡まれた分体力は減っているはずだ。
「しかしあれだけの巨人を操れるというのは……」
体力だけじゃない、気力や精神力も根こそぎ奪っていっているようだ。
消耗した精神は今まで赤い糸で縛っていた一般の生徒から回復している。
しかし、だとしたら――
「なんだ、これ? そいつの持っていた剣もさっきの風も、これが関係しているのか?」
赤い糸で回収したらしく、勇の手には千子に渡していた黒歴史ノートが握られていた。
「俺にも使い方教えてくれよ、なあ?」
俺と姫鶴の背後にも前方にも赤い巨人が立ちはだかる。
勇の挑発は続く。
「気付いたんだ。俺のこの糸は、縛ると体力以外の何かも奪っているってな。その答えがこれか!?」
やはりこいつも気づいていたのか。
体力以外のものも奪うならば、もしかしたら魔力も奪えるのではないか。
須藤の能力が魔法に有効なのと同じように。
勇は指の先から赤い糸を出して、ページに描かれた魔法陣をなぞるように縫っていく。
たった今千子から奪ったそれを糸に乗せているらしい。
ページが魔力を与えられた時のように、ほのかに光りだした。
「聞け、勇!」
俺は黒歴史ノートを使おうとする勇に語りかける。
「お前は俺が『鍵』を持っていると思っているのだろうが、それは違う。『鍵』はここにはない」
「はあ? じゃあどこにあるんだ? 教えてくれよ」
こいつは子どもだ。
変に力を持ったせいで、自分は何でもできるんじゃないかと勘違いしている子ども。
なら口車は有効だと思いたい。
「『鍵』は俺の家にある。ペットの猫が首輪につけているんだ。懐いている俺なら楽に回収できる。どうだ? いったん俺の家に一緒にいかないか?」
「はあ?」
「人質なら用意する。その転がっている千子と――こいつだ」
俺は俺の腕にくっつくようにしてそばにいた姫鶴の首根っこを捕まえて前に差し出した。
「へ?」
不満そうな顔から一転、目を丸くする姫鶴。
「わっ、ちょっ、なんで私なんですか! ひどいです! 鬼! 悪魔!」
「うっさいわ! むしろお前はこうするために連れてきたと言っても過言ではない!」
「さっき言ってた切り札ってそういう意味だったんですか!? 過言です! 過言だと言ってください!」
姫鶴は瞳に涙をためながら訴える。
俺はまだ首根っこを掴んで離さない。
「自分が今助かるためだけに仲間を売るのか?」
勇は俺に質問した。
いまだ光っている黒歴史ノートのページ。しかし赤い糸の動きは止まった。
「無論だ。何なら笹露もつけたっていい。こんな戦力差じゃ、どの道お前にはかなわん」
ちなみに『鍵』は俺が今持っているわけだが……ハッタリがばれたら『鍵』を破壊するか、屋上の外へ投げてしまえばいい。
誰かの手に渡るくらいなら、どんな情報でも手に入るという『本』の真価など、永遠に葬り去ったほうがましだ。
「わかった」
勇はにやりと微笑すると、赤い糸の動きを再開した。
「お前を倒してから、ゆっくりお前の家に行くことにするよ。その話が本当ならな!」
さすがにここにきて説得など虫が良すぎるか……!
床に魔法陣が出現し、そこから黒く巨大な槍が出現する。
「へえ、いいじゃないか」
と勇は感心する。
それは、俺が以前使っていた魔槍のレプリカだった。威力は本物に比べれば劣っているし魔力がなくなれば消え失せるが、人を殺傷するには十分な威力だ。
力の魔力因子が表層化し、黒いオーラのようになって槍全体にまとわりついていた。攻撃範囲は人二、三人ならまとめて攻撃できるほど広い。
空中に静止していた魔槍はゆっくりと俺と姫鶴に矛先を向け、自動的に投擲された。
「くそっ!」
猛スピードで迫る魔力を孕んだ巨大な槍。
俺はとっさに前に出していた姫鶴を自分の手元に引き寄せ――
「!」
横に思いっきり突き飛ばした。
「遼さん!?」
理解できないといった姫鶴の表情。
「このノロマが! 俺の手を煩わせやがって!」
悪態をついてみるも、俺もどうしてこんなことをしたのか自分でもわからなかった。こいつは能力なんだから、生きてはいないのだから、死んでも別に構わないはずだ。
なのにどうして、こいつを助けるような真似をした。
自分を犠牲にするようなことをしてまで。
飛んでくる槍を視界に捉えながら、俺は後悔した。
だがそれ以上に、俺は俺自身の行動に納得していたのだった。
それが納得できなかった。
魔槍が俺の体を刺し貫く直前、自分に起きていた複雑な思いを認識しながら――俺はここにはありえないはずの音を聞いた。
じゃらり、とすぐ近くで鎖の音がしたのだ。
それは今まさにそこに出現して、なぜか俺の鞄と繋がっていたのだった。鎖はそのまま俺の目の前まで伸びていて、金具で何かを固定していた。
タイトルの書かれていないブラウンの表紙。
見間違えるはずがなかった。俺の前に、ずっと探し求めていた『本』が出現したのだ。
何が起こっているかも完全に理解できないまま、間もなく俺の視界は暗転した。




