10 覇王と女王:その2
勇の攻撃は後先を考えていない。
こういうとき触るだけで糸を無効化できる須藤がいれば便利なんだがな。
「笹露!」
グレイトフォールは体育館の壁に落下の力を働かせた。
赤いモンスターは四体まとめて壁のほうに落ちていく。
「ぐっ」
壁に衝突し、赤い糸がぎしぎしとひしめき合っているさなかに聞こえるうめき声。
聞き覚えのある声だった。
「……まさか」
俺は迷わずグレイトフォールの落下の有効範囲の中へと入る。
壁に落下し、粘土を短剣の形に作り上げた。
「勇の野郎――そこまで『鍵』がほしいのか、それともそこまで俺たちが憎くなったのか? ああ、ただのホモで行平が倒されたのがよほど悔しかったとかいうパターンもあるな。気持ち悪い……そういう逆恨みが一番気持ち悪いんだよ」
言いながら、赤いモンスターの一体に指でちょいと触り、すぐに離れる。
落下の力が俺にも働いているので、体育館の壁を走っているという、第三者が見たら仰天するような光景だ。
猛スピードで追ってくる大量の赤い糸。
「援護しろ笹露!」
「はい」
笹露がグレイトフォールで糸周辺の温度を落とし、空間ごと凍結させる。
糸の動きは若干鈍くなったが、それでも俺を追うのをやめない。
「畜生! こんな手しか思いつかん! このクソ糸クズがぁ!」
俺は追ってくるそれを粘土の短剣で切り裂きながら逃げていく。
だが間に合わない!
赤い糸は俺の体中に巻き付いてきて、
「姫鶴、ナイフ!」
「は、はいっ」
手遅れになる前に同じように飛び込んできた姫鶴のリトルペンナイフが、すんでのところでバラバラに切断していった。
俺は落下の範囲の外で膝をつく。肌に食い込むようにまきついてきた糸のおかげで、全身に鈍い痛みが走っていた。
痺れるような感覚とともに、軽い倦怠感とめまいがした。
これが体力を奪われる効果か。
俺は糸から解放された人物を確認する。
「……やはりか」
赤い糸の呪縛から解かれたのは、俺の友人の加納だった。
体力を奪われていたのか、気を失って倒れている。
「くそっ、加納まで巻き込みやがって」
赤いモンスターは隣で倒れている加納には手を出さない。
俺は千子の目隠しと猿ぐつわを外してやった。手はまだ縛って木に括り付けたままだ。
「おい! あれはお前の差し金か!?」
赤いモンスターを指して言うと、千子は眉を吊り上げて反論した。
「そんなわけないでしょう! 三日月勇は確かに私が助けたけれど、それから一度も姿を見せてはいないわ!」
「本当だな?」
「嘘を言って何になるの?」
「お前と勇が関連している可能性のほうが、俺の中ではまだ高いからな」
返答代わりに、千子は『魔弾』を複数発動させ――赤いモンスターの糸の部分だけを器用に削り取っていった。
解放された他の生徒たちは見覚えがあるが、俺の知り合いではない。
「私の取り巻きどもよ。参照者じゃない、普通の生徒なのに……!」
「お前も攻撃の対象になってるってことか?」
千子は下唇を噛んで怒りを隠さない。
もし嘘ならばとっくに俺たちは千子の魔法で攻撃されているが――油断を誘っているだけかもしれない。
……いや、ここは千子を信じるしかない。
俺は持っていた短剣で、千子の手首を縛っていた縄を切ってほどいた。
「……なぜ私を開放したの?」
自由になった千子は俺のことをねめつけた。自力で何とかしたかったのか、これはこれでプライドが許せないようだ。
赤いモンスターがさらに二体、さっき来たのと同じ方向からやってくる。
「なぜって? 決まっている」
俺は新しく増えた二体に目を向けながら、千子に言った。
「お前との決着よりも、こっちを解決するほうが先だ。そうは思わんか」
「――ふん、あなたにしてはまともな意見ね」
笹露と姫鶴が俺を守るようにして身構える。
俺も千子も、赤いモンスターを見据えたまま。
「だが勘違いするなよ」「でも勘違いしないで」
同時に言葉が被った。
笹露の落下の能力が再び発動し、体育館の壁に赤いモンスターがまとめて激突する。
飛び込んで壁に触れた千子は、吸着の能力でその場にモンスターを固定する。ただちに俺と姫鶴が二体分の赤い糸を切断した。
「俺は俺の周りの人間を勝手に利用されるのが癪に障るのだ」「私は他人を危険に巻き込むような手段を許さないだけ」
「「だから一時的に協力関係を結ぶ!」」
睨み合う俺と千子。「……ふん」「……ふんっ」そしてほぼ同時に顔をそらした。
「それだけだ」「それだけよ」
イラッとするくらい意見が一致した。
本当に可愛げのない女だ。気に入らん。




