9 お仕置き
千子の動きを封じる。
そのままその木の低い位置に伸びている枝の根元、幹との接する部分に両手を縛り付けた。
顔は木と向かい合っている状態で、俺たちに向けているのは後ろ姿だ。
さらに目隠しをして、タオルを口に噛ませて猿ぐつわとして使う。
しゃべれなくさせたのは魔法の詠唱対策だ。詠唱の必要ない『魔弾』が怖いが、手のひらを明後日の方向に向かせているうえ、目隠しをしていればとりあえず発動しても狙いは定まらないだろう。
「さて、これから何をされるかわかるな?」
「…………!」
体を硬直させた千子を見て取って、俺はあくどい笑いを浮かべた。
「この高くない位置で手を縛り背中を向かせている体勢で、俺がどうお前をねじ伏せるか……お前なら考えればわかるだろう」
「ん、ぅー……!」
威嚇みたいな千子の声。尻を突き出したその格好だと、威圧も何もあったものではないな。
「だが安心しろ。今回は俺は関わらん」
「……?」
「適任の者にやらせてやる」
まあ俺がやってもこいつは悦ばないだろう。
「ということで頼んだぞ姫鶴」
「えっ? 私ですか?」
自分が指名されるとは思っていなかったらしい。
まあ事前に打ち合わせはしてなかったからな。
俺は千子には聞こえないような位置に姫鶴を誘導する。
「千子の尻を叩け」
一言告げる。
「できませんよ!」
拒否られると思った。だがこれはやり方がわからないのもあるのだろう。たぶん、きっと。
俺は教室から持ってきた自分のカバンから、プリントアウトした用紙を何枚か取り出して姫鶴に渡した。
「なんですこれ」
「今日のために作っておいたこの『ディアボロス式おしおきマニュアル』に従っていけば大丈夫だ。漫画のような図を挿入し初心者にもわかりやすい次第の進め方になっているうえ、罵り方は台詞別反応対応式の表に加えて言葉選びをフローチャート式にしているのも記載してある」
「むだにディティールが細かいのはなんなんですか」
「ちなみにそこに書いてあるが、一番大事なのは自分の感性だからな。すべてマニュアル通りに進めないでいい」
「それ逆に困るんですけども!」
「概要は読み飛ばしていい。俺は笹露とトランプでもしてるから、あとは頼んだぞ」
「ええっ、本当に私だけに任せるんですか?」
「子どもをお尻ぺんぺんして躾けるだけだ。簡単だろ」
「簡単の定義がずれてませんか!」
俺はカバンからトランプを取り出す。
最後に姫鶴に言ってやる。
「うまくできたら明日二人で出かけてやろう。服脱ぐのは無しで普通にな」
「う……そ、そんな条件ずるい」
「では責め方はじめ」
「うええー……」
俺は地面にシートを広げると、そこに座ってトランプの山札をシャッフルしだした。傍らには笹露もいる。
プリント用紙を熟読しながら、まだ顔に迷いのある姫鶴はそれでもおぼつかない動作で千子の耳元まで顔を近づける。
「な、なさけないわね。こんなひどいかっこうでおしりをつきだして」
たどたどしい棒読みだった。
まあそのうち慣れてくるだろう。
「でもね、わるいのはあなたなのよ。わるいこには、おしおきしないとね」
千子のスカートを恐る恐るたくし上げる姫鶴。
黒いレースの下着があらわになり――
「…………」
しかし姫鶴はためらう。
俺に目を向けてきたので、こくんと頷いてみせると、もっと困った顔をした。
「……は、はんせいしなさいっ」
やぶれかぶれといった感じで姫鶴は言う。
パチン、と少々控えめな音が響いた。
マニュアルにはこういう場合もっと強めに叩くように書いてある。
まあ任せよう。
…………。
「革命」
――パァーン。
「革命返し」
「革命返し」
――パァーン。
「革命返し」
「……うむ、二人で大富豪は失敗だったな」
「ジョーカーを使って五枚で革命ということにすればあるいは……」
「それはいい案だ」
「あと今度私も叱ってください」
――パァーン。
「たたかれるたびにおしりをふって、じぶんからさそっているの?」
「んぅー……」
「わたしみたいなちいさいおんなのこをすきになるようなドへんたいに、ふさわしいはんのうね!」
――ッパァーン!
お、いい感じの強さになってきたな。音でわかるぞ。
「まだじぶんのたちばがわかっていないようね」
「んぅー……!」
「そっそんないけないおしりには、もっとおしおきがひつようかしらぁ」
姫鶴もノッてきたような気がしないでもないが、俺には物足りなかった。
やはりムチを使わないとだめだな。今度買って来よう。
思っていると、体育館の方からころころとソフトボールが転がってきた。
「む、ソフトボール部の活動で使ってるものが紛れてきたのか?」
立ち上がろうとする笹露を制して、俺は転がってきたソフトボールを拾う。
瞬間、内側から跳ねるように飛び出した赤い糸が、俺を襲った。
「!」
腕に走る激痛。赤い糸が手の甲に縫い付けられるように食い込んでいた。
とっさに手を引くと、その手から伸びた赤い糸が首に巻き付いてくる。
手首を巻き込みながら首を絞めてくる、ワイヤーのように細い赤い糸。
「……なっ!」
息が詰まった。呼吸が、できない。
「遼さん!」
駆け寄った姫鶴が、俺の首に『リトルペンナイフ』を発動させる。
のど元から出てきたナイフの刃が糸を切断した。
「かはっ、くそっ、これは――勇の『紅花輪』か!?」
軽くせき込みながら、消えていく赤い糸を見た。
三日月勇……逃げたと聞いたが、反撃の機会をうかがっていたのか?
間を置かずに、出てくる人影。
それは赤い色をした、人間の形をしたのっぺらぼうのモンスター。
「…………!」
人だ。
おそらくこの学園の生徒。
それの全身に『紅花輪』の赤い糸が巻き付いていて、力で無理やり動かされている。
赤いミイラのような印象。
触ったり近づいたりすればおそらく、ソフトボールを拾った時の二の舞だ。規模はボールの比ではないが。
これは他人の犠牲を顧みないトラップ。
「やつめ……こんなものまで用意してやがったのか」
赤いモンスターの後ろから、さらに三体、同じようなモンスターがゾンビのようなふらついた足取りで追ってくる。
俺は舌打ちをした。




