5 覇王と女王
次の日、放課後前のHRで、俺は席に着きながら一人静かに千子のことを考えていた。
もはやお互い戦いらしい戦いをする気にはなっていない。
俺自身、千子はこちら側に引き込んだほうがメリットが多いと考えている。
千子を倒したところで、現れるのは千子の傘下にいる参照者どもだろう。
だったら千子をこちらに取り込んで、傘下の者どもをまとめてもらうのが一番楽な方法だ。
相手の参照者としての命を奪うより、自分の手足として活用したほうがいい。
ただし、それはあちらも考えていることだ。
だからこそ、彼女は直々に俺たちと敵対し、どう挑んでもかなわないことを理解させる作戦に出た。
しかも、もし自分に従うなら敵対はしない、と初めから門戸を開けている。敵に対してあえて逃げ道を作ってやっているのだ。
楽な逃げ道を提示したうえで、俺たちに苦しみを与え続けるのが目的だ。
苦しみの果て安易に楽な方法へ逃げたとき、もはや意志もプライドも忘却の彼方と化す。それが狙いだろう。
俺としては、その狙いにあえて乗っかる方法をとる。
ああいうお高く留まった女は完膚なきまでにプライドをへし折ったほうがいい。
ならば彼女の「もう一度挑めばいい」という誘いに従うのもまた一興ということだ。
逆に敗北を味わわせ、昨日の俺たちのように床に這いつくばったうえで同じようなセリフを吐かれるのが一番彼女としては堪えるだろう。
考えていたら放課後を告げるチャイムが鳴る。
「よし、やっと終わった」
俺はさっそく立ち上がった。友人の加納が一緒に帰ろうと俺の肩に腕を回す。
「よっし、ゲーセンでガンダームでもやってくか」
「いや、すまんな加納。今日は用事があるのでな」
「おー、そっか。それはいいけど、最近なんか付き合い悪くない?」
加納が眉間にしわを寄せていた。
「すまんな」
「あれか? 氷上先輩と一緒に帰るのか?」
「似たようなもんだが、なんでそこで氷上先輩の名前が出てくるんだ?」
「……迎えに来てるけど」
「は?」
言われて、入口を見ると、笹露が教室前の廊下に立っていた。目が合う。
「……行ってくる」
「おう」
廊下は帰ったり部活動をしに行こうとする生徒たちであふれていた。
そんな中で置物のようにじっと待っていた笹露のもとにまっすぐ向かっていく。
「昨日はよく俺たちを見つけてくれたな。で、どうした? 迎えに来るなど珍しいな」
今度は全員でかかろうと思っていたからちょうどよかったのだが。
思っていると、一拍置いて笹露は俺の腕に抱き着いた。
「!?」
公衆の面前で、しかも彼女らしくない行動だった。
腕全体に広がる柔らかな感触。完全なる不意打ちに俺は思わず、
「――気安く触るな!」
笹露を乱暴に振り払う。
「そんな行動を許した覚えは――」
あっ。
やべっ。
やっちまった。
口をつぐんだが遅かった。
力なくその場にへたり込んだ笹露。
周囲にいるほとんどがこちらに注目し、ざわめいていた。
「……ありがとうございます」
ぼそりとつぶやくその顔は、これを待っていたとばかりに恍惚とした表情をしていた。
そ、それが狙いか!
場所を考えろよ……いや、場所を考えてこれか。なぜそこまでダメな部分を覚醒させるのか。
「遼、いちおう友達として忠告しておいてやるけど……」
加納が後ろから俺の肩に手を置いて、諭すように言う。
「いくら関係がうまくいってるからって調子に乗って扱いをぞんざいにしてると長続きしないぞ」
「一瞬にして俺の背後を……!」
待て、こいつの嬉しそうな顔見ろ! この反応を待ってたんだよ!
言えない。
俺と笹露は姫鶴と合流するために『創韻倶楽部』の部室へとやってきた。
特別教室棟の中でも人通りが少なく、三日月勇も永橋行平も来なくなったこの教室は、こそこそと待ち合わせをするには適当な場所だ。
「俺も悪かったんだが、俺の立場を考えろ」
「……申し訳ありませんでした」
二人きりなので、謝る笹露は膝をついて従僕モードだ。ただ、複雑そうに表情を曇らせている。
「でも最近の遼様はなんだかすごく優しくなられた気がして、不安で……」
「いやべつに優しくてよくない!? それで困るのごくわずかだろ!」
しかし、そんな印象を持たれていたのか。
自分では全く自覚がないのだが……それこそ笹露の気のせいだろう。
「まあいい。立て。今度は総力戦で行くぞ。四対一で一気に畳みかける」
勝算はある。
が、チームワークが重要な鍵だ。
「相手は魔法と吸着の能力だ。――が、『銀の楔』を刺した須藤と落下の応用で常に空中を浮遊できるお前には能力は効かない。須藤とお前でフォワードを務めろ。魔法が来れば須藤や俺の土の能力が盾になるし、姫鶴にも援護させる。一撃見舞うのはお前の役割だ。事前にどう攻めるか算段を練っていれば、撃破できない敵ではない。ただし右胸の核は破壊するなよ。あくまで生け捕りだ」
「遼様、それが、馬鹿の須藤が……」
立ち上がった笹露は言いにくそうに目をそらした。
「須藤がどうした?」
「今日ちらっと見てしまったんですが、千子と接触していた様子で……」
「あいつまた勝手な行動をとっていたのか」
そういえばいつも真っ先に集合場所へ来るくせに今日はやけに遅かった。
「勝手な行動? それは違うわ」
突然声がして、教室に入ってくる一人の人物がある。幸村千子であった。
その後ろから、付き従うようにして須藤が入ってくる。
なぜ千子が須藤を連れているのだ。
一瞬疑問に思ったが、もはや答えなどわかりきっていた。
「私の命令に従うことは、気持ちのいいことだと気づいただけよ」
見下すように俺たちを睥睨する千子。
「椅子」
吐き捨てるように言うと、後ろにいた須藤が千子の前に出てきて、四つん這いになった。
「さっさとしなさい、愚図」
「すいません……」
「椅子はしゃべらないで」
千子は四つん這いになった須藤の背中に腰を下ろした。
「すっかり調教されてんじゃねえか! うれしそうだなおい! 節操はないのか、この豚野郎! 引くわーマジ引くわー」
「……最低」
俺たちが言葉を投げかけるも、須藤は無言だ。
ああ――と俺は妙に納得していた。
やはりそうなるか、と。
千子の策は単純明快だ。
こちらが誘いに乗ることを読んで、先に戦力を潰しておこうと須藤を懐柔しにかかったのだ。
まさか須藤を狙ってくるなんて……いや、俺が千子でも同じことをしただろう。
須藤の能力はやっかいだが、使う人間が人間だから、丸め込むなどわけない。
……丸め込む方法おかしいけどな!
「しかしこうもあっさり戦力を奪われるとはな」
否応なく、俺と笹露は戦闘態勢に入る。
今改めて実感できる。
俺と千子はよく似ている。まるっきり行動パターンが一緒だ。
ただ一つ違うのは、俺は自分のことをクズだとある程度自覚しているが、あちらは自分のことをこの上もなく崇高な存在であると信じ切っていることだ。
今ここに実現してしまった覇王VS女王という最悪のカード。
相手側を虐げきった方が勝ちという、あまりにあまりな構図がここに確立した。




