14 敵は魔法使い(らしい)
一緒の中学だった左文字小葉菜は、俺の一つ上の先輩だった。
本が好きで、口の悪い俺なんかに気を遣ってくれるくらいやさしい人だった。
彼女はいつも天真爛漫な笑顔で俺に本を薦めてきた。べつに俺は本なんて好きではなかったが、彼女と話をしたいがために薦められるまま本を読んで、感想を言い合った。帰り道が途中まで同じで、朝学校に行くときもよく会って、顔を合わせているうちに俺は彼女の屈託ない笑顔に惹かれるようになった。
それは中学時代の淡い思い出。
しかし小葉菜先輩に対して恋愛感情を抱くようになると心の余裕もなくなり、俺の性格もしだいに目立ち始めてしまった。それでも彼女は最後まで笑っていたが、なんていうか、嫌なことをたくさん言ったこともあって彼女には申し訳ないことをしてしまった。
……ちょっとした回想を終えて、現実を直視する。
氷上笹露、三日月勇、永橋行平。
三人が三人ともリーダーという感じはなく、ただ『鍵』を管理しているだけという印象だったのは、少し引っかかっていたところだ。
「……どんな漢字を書くかは知らない。わかるのは『さもんじこはな』が学園の参照者をまとめている魔法使いであることだけ」
誰かが裏にいて指示しているのではという予想はあったが、憶測の範囲だった。
笹露の言葉を聞いて、予想が確信に変わった反面、現実を少し受け止められずにいる。
『さもんじこはな』……まさか彼女が裏にいたなんて。
魔法使いというのは何かの比喩か? それとも本当にそうなのだろうか?
「そんなことありえません!」
真っ先に声を上げたのは、意外にも姫鶴だった。
「……なにがありえないんだ」
俺の声が震えていた。驚いた。動じているのか、俺が、ここまで。
「小葉菜ちゃんは、今そんなことできる状態じゃありません」
「おい――」
俺は苛々しながら、姫鶴に詰め寄った。
「なんでお前が小葉菜先輩を知っている風なんだ? そんなことできる状態じゃないってのはどういうことだ」
「えっと、それは……」
「答えろ!」
言いよどむ姫鶴に、俺は怒鳴る。
身をすくめた姫鶴を須藤がかばった。
「そんな言い方ないだろ。よくわからんが、何か事情があるんじゃないのか?」
「ごめんなさい……黙っているつもりはなかったんですけど……」
涙目になって頭を下げる姫鶴から、俺は顔をそらした。どうもやりにくい。
「……お前が救いたいと言っていた友達が小葉菜先輩で、現在動ける状態ではない。そうだな?」
「その通りです」
「なら黒幕は同姓同名の誰かか……? それとも小葉菜先輩を騙る誰かか」
たぶん後者だろう。正体を知られないように匿名で動いている誰かがいるのだ。
「ここから逃げたら先輩のことやお前の事情を聞かせてもらうぞ姫鶴。命令だからな」
「はい……」
「……また『さもんじさん』から連絡がきたけど……なにこれ」
笹露はスマホの画面を俺に見せてくる。
メールの受信画面で、『さもんじこはな』という送り主からの文面だった。
『遼君、姫鶴のことあんまりいじめないであげてねー。あと、あたしね、覇王を討伐しなきゃいけないんだって。カストールさんみたいに。そのときになったらよろしくね!』
「覇王を討伐ってなんじゃそりゃ。電波さんか?」
「いつもの『さもんじさん』の口調じゃない……」
疑問符を浮かべる須藤と笹露をよそに、
「……くくっ、ははははっ!」
俺は笑わずにはいられなかった。
俺がもともと覇王ディアボロスであることを知っている人物なんて、誰もいない。
わかってくれる奴なんて、誰もいなかった。
「がぜん興味がわいてきたぞ、『さもんじこはな』とやら!」
ただし俺が仲門遼になってから初めて恋した人物に成りすますのは万死に値する。口調も似せてきやがって、完全に俺に喧嘩を売っているとしか思えない。
しかし――面白い。
敵というのは、こうでなくては。
「笹露、『彼女』にメールは返せるのか?」
「……メールは一方通行で、返信はできてもそこから答えは返って来ずに終わってしまう」
「それでもいいから送っておけ。『今度はカストールの時のようにはいかんぞ』とな」
「? ……いいけど」
――敵の正体についてだが、ありえそうな二通りの人物像が浮かぶ。
ひとつは『本』に載っている情報を掌握していて、俺についての情報を読んで挑発してきている馬鹿者。なんでも情報が手に入るなら俺の過去くらい記載されていても不思議ではないからだ。
もうひとつは、俺のように魔法世界ウェイミリカからやってきた、俺とカストールのことを知っている誰かである。
個人的には後者の方がもとの世界に戻れる方法がわかるかもしれないので望ましいが……どちらにしろ追い詰めるので同じことだ。
「うーん……うおっ、なんだこれ。どうしたんだ」
思案していると、行平がうめき声をあげて起き上がった。
「まずい。もう起きやがった」
縄はほどいたあとである。たとえ能力は失っても恨みつらみで反撃されても面倒だ。
俺は身構えたが――行平はなんだか憑き物が落ちたようなよどみのない表情で目を丸くした。
「お前ら、誰だ? 俺は確か図書室で勇とテストの勉強してて……あれ?」
「…………?」
今の行平は、気を失う前とうって変わって、完全に毒が抜けていた。
「もしかしてもう放課後? 陸上部の練習いかなきゃ――いや、でもなんでこんな教室荒れてんの?」
こいつの話だと、今は陸上部ではなく元陸上部のはずだ。時系列や認識がズレている。
「知らない。私たちはあなたがここで倒れていたから駆け付けただけ」
笹露が出まかせを言うと、行平は苦笑した。
「そっか。よくわかんねーけど、ありがとなわざわざ」
「笹露」
俺は傍らにいた少女に助け舟を求める。笹露は頷いたが、
「今はとりあえず逃げる方が先」
もっともな提案をした。
目撃者に注意しながら教室を出て、
「――これが参照者の命を奪うということ」
逃げている途上に笹露は説明した。
「参照者の能力は、参照者であっときの記憶とともに『本』に取り込まれる。……記録の一部として『本』に還元されるの」
説明はわかりやすかった。
疑似的に命が二つになっているなんて甘い認識でいたが、違った。
本当に二つに分かれているのだ。命も記憶も。
参照者になってからは、参照者としての命の方に記憶が蓄積されていく。参照者としての命を失うと、そこに蓄積された記憶も能力とともに失うことになる。
そして参照者の命のほうは、能力を使えば簡単に奪えるほどもろい。
「厄介だな、それは」
間違いなく参照者たちの最大の弱点である。
失うものが大きすぎる。
――特に、俺にとっては。
校門を出ると、俺たちは別々に分かれて帰宅することにした。
もっとも、俺と姫鶴が目指すところは自宅ではなかったのだが。




