10 なんかもういっぱいいっぱいのようです
時間はすでに放課後になっていた。
「んっ、んぐっ」
「改めて訊くぞ。いつもと違う安っぽいアイスを味わってる気分はどうだ?」
「は、はひっ、しゅごい、おいひい、れふ」
「そんなに安いバニラ味のアイスが好きか?」
「しゅきぃ、らいしゅきぃ」
「俺がいなきゃこんな素晴らしい味には出会えなかったんだ、感謝しろ」
「んあぁ……ありがとう、ございましゅう」
「さあ今度は自分から咥えるんだ。いつまでも食べさせてもらえると思うなよ」
「ふぁい……」
「お前は誰だ? 言ってみろ」
「遼様のいやしい雌奴隷――」
「言葉気を付けて! 下僕でいいの! 下僕で!」
「遼様の下僕……氷上笹露れす、んぢゅるっ」
「ああ、またこぼれているじゃないか、はしたない奴だ。ちゃんとこぼさずに舐めろと言ったじゃないか」
「も、もうしわけ、ありませ――」
「これはお仕置きが必要だな」
「はい……ありがとうございます!」
「まだ何もしてないうちからお礼を言うとか、何を想像していたんだ? いやしくてはしたないだけでなくいやらしい変態だったな! この、変態め!」
俺はもう能力の使い過ぎで精神がボロボロだった。
ちゃんと考えて返す気力も正直なく、途中ほとんど脊髄反射で受け応えしていたのだが、どうしてこうなった。でも言葉に気を付けないでいいからすごく楽だった。
つーか食いすぎだ! どんだけアイス好きなんだよ! 腹壊すぞ! 引くわ! トイレ大丈夫!?
笹露はというとすでに苦しいを通り過ぎて、気分がハイになっていた。
瞳はとろんとしていて俺とアイスしか目に入っておらず、テンションの昂ぶりで顔は赤く染まっていた。舌や口から溶けたアイスがだらだらこぼれて制服やタイツを濡らしていてもお構いなしだ。もはや俺の言われるがままになっている。
冷凍庫内からはアイスが着実に駆逐されている。もうあと一本で終わりだ。
「はははっ……」
大きな星が点いたり消えたりしている。あはは、大きい……彗星かな。いや、違う、違うな。彗星はもっとバァーって動くもんな……。
……俺……なにやってんだろ……必要なことなんだよな、これ……。
いや、必要なことだった。意識がもうろうとしてた。
思い直して肩で息をしているところに、
「悪い、少し遅れた」
須藤がコンビニ袋を携えてようやくやってくる。目にするのは、この異様な光景だ。
「メールで頼まれた追加のアイス買って来――何をやってんだー!」
「何って、アイスを食べさせているだけだ!(ドン!)」
すまん、追加いらなかった。言えずに、俺は気迫でごまかした。
「とても丁寧にな!(ドン!)」
「な、なんだってー!(ドン!)」
気が付けば、教室内はすごい状態だ。蛍光灯の破片はそのへんに散らばったままだし、かつて整然としていた机や椅子はバラバラで乱れきり、バニラの甘い匂いが充満している。そしてその中心にいるのがなぜか意気投合してるかつて敵同士だった二人だ。
わけがわからずフリーズした須藤の後ろから、姫鶴も顔をだした。
「どうも……あれ? 氷上さん説得してるって聞いてたのに、二人でアイス食べてたんですか? いいなー」
こいつは須藤以上に状況が呑めていなかった。のんきか。
「あのツンツンしてた氷上が何で……まさかとは思うけど、拷問にでもかけたのか?」
意識を取り戻した須藤が驚きを隠せずに言うと、姫鶴はびくりとなった。
「ごっ、ごごごごうもん……!」
「何ドキドキしてるんだ。やってないぞ。いたって健全なアイスの品評会だった。とても平和だ」
たぶん。
疑わしそうにする須藤だったが、ひとまず納得してうなずいた。
「……数時間もアホなことしていたのはわかった」
「む」
アホとは何だ。アホとは。激闘だったんだぞ。
「馬鹿の須藤……その手に持っているものを寄越しなさい」
ようやく通常モードに戻った笹露がぎらついた眼でアイスを買ってきた須藤に圧力をかける。
「えっ」
須藤がコンビニ袋を揺らしながらひるんだ。
うん、俺も怖い。
「須藤、それはお前にやる。お前が食べろ」
言うと、笹露は悲しそうに俺を見た。
「遼様……どうして」
「「『遼様』!?」」
須藤と姫鶴が声をそろえた。説明するのも面倒だな。
俺はようやく笹露にかけていた土の能力を解いた。足を縛っていた縄もほどいてやる。
「食いすぎだ笹露。それに、俺たちは遊んでいるひまなどないのだからな! 見つからないようさっさと撤収だ!」
正直なところとしては、疲れたのでさっさと帰って寝たいのだった。
俺は冷凍庫から残った最後の一本を取り出した。笹露の目が輝きだす。
「最後の一本だ。姫鶴、せっかくだしお前も食べろ」
「えっ、いいんですか? わーい」
「ただし笹露と一緒にな」
そのほうが早く終わるし。
喜んでいた姫鶴は首を傾げた。
「一緒って?」
封を開ける。
椅子に座ったままの笹露にアイスを差し出してから、
「うむ。こうしろ」
俺は姫鶴に指示した。
膝立ちで、座っている笹露にもたれかかるように密着し、お互いの顔がくっつきそうな距離を保ちつつ一緒のアイスを食べるという体勢である。
「髪がアイスにかからないようにしろよ」
「こうですか?」
垂れてくる髪をかき上げながら、姫鶴は舌を出してアイスを舐め始めるが、すぐにやめた。
「……なんか、食べにくい」
「だろうな」
「もー、なんなんですかぁ。わざと食べにくい方法でやらせてるでしょう。いじわる、いじわるです!」
姫鶴から抗議の声が上がった。うん、普通そうなるよな。
「し、しかし、どうやらのんきにやってられないみたいだぞ」
須藤は、アイスをどうにかして食べている二人をチラチラせわしく横目で見ながら言った。
「どういうことだ?」
「……見張りに立てておいたストックの化け猫がやられた。三日月勇と永橋行平だ。たぶんこっちに来るぞ」
「何で余計な事してんの!? お前それ見張りに立ててたのを発見したからこそ、不振に思って様子見に来るパターンじゃないか! 何もしなきゃ気づかれなかったのに! 馬鹿なの!?」
やっかいなことになった。
今日は帰って回復して、明日仕切り直したかったのだが――連戦などできるのか?
スピードもあり、触れた相手の体力を奪う赤い糸を自在に使う三日月勇。自分と全く同じ人物を増やし、腕っぷしも強い永橋行平。
こんな奴らに、今激突して勝つことができるのか。
「どうするかは遼に任せるが……?」
「どうするもこうするも迎撃するしかないだろ!」
奴らがここに来るまであとどれくらいだ?
わからないが、全力で迎え撃つしかない。逃げている暇などない。
「笹露、あとで『鍵』の在り処を話してもらうぞ」
「……はい」
笹露も俺と交渉していた内容を思い出していたのか、険しい顔で白い球を出現させる。
「お前らよく聞け! プランを伝える!」
整っていないうちから、こんなことをするはめになるとはな。
「姫鶴はどっか隠れてろ。笹露はこのままだ。須藤、うさぎの面をつけるぞ!」
「またかよぉ!」
一応用意はしていたし、布石は打っておいたつもりだが……所詮やっつけの策だ。
「これより永橋行平と三日月勇を撃退する! 全員俺の指示に従え!」
だが、やるしかない。




