7 敵の女を縛り上げたら:迷いなんて何もない
閉じていた笹露の瞼がぴくりと反応した。
「……うぅん」
どうやら気が付いたようである。
「先輩、氷上先輩」
うさぎの面をとって素顔を見せていた俺は笹露の肩をゆすって起こす。
「……? あなたは、昨日の……?」
「無事ですか? よかった――」
爽やかな安堵顔から一転、
「――なんて言うと思ったか?」
俺はさっきまでつけていたうさぎの面で口元を隠し、薄笑いした。
「!? こ、これは……!?」
次第に意識がはっきりとしてきたのだろう。笹露は自分の置かれている状況に瞠目した。
笹露は椅子に座って、後ろ手に縛られていた。
いや、縛られているという表現は正しくないか。俺の粘土の能力で両手を拘束され、背もたれのパイプ部分に固定されていたのだ。
ちなみに両足は普通に縛ってある。身動きを取ろうと黒いタイツを穿いた足が動くが、その場でむなしくもがくだけだ。
「おっと、能力は使うなよ。白い球が出てきたら即座に破壊する用意がこちらにはあるからな。中は俺が見張り、外は須藤が見張っている。隙はないぞ。大声を上げようものなら即座に右胸の核を破壊させてもらう」
まあ頼みごとをしているから須藤は外にいないがな。
誰かに目撃されないように、ベランダ側と出入り口側にはカーテンをしてある。出入り口側のカーテンは人のいなかった特別教室から無断で拝借したものを使った。その際鍵を開けるため再びドアをほめたたえたのは言うまでもない。
教室内はそのせいで少し薄暗い。
カーテンのおかげで中が見えないよう遮られてはいるのだが、さらに教卓を壁のように使って廊下側から一見しただけでは笹露を発見できないような位置取りにしている。
「ずっとだましていたのね」
「人聞きが悪いな。怪しい場面、気づくべき場面はいくらでもあったはずだが?」
「何が目的?」
「くははっ、何が目的だって? 笑わせてくれる」
笹露は鋭い視線を俺に向けている。
俺は可笑しくなった。やはりこれくらい反抗的でなければ、従順にさせる甲斐がない。
「もちろんお前の価値観を破壊するために、こうしている」
俺はよほど醜悪に笑っていたのだろう。顔をこわばらせて、
「……な、何をする気?」
それでも強気な姿勢で笹露は問う。
「質問は許可していないんだよ、わかるな?」
「…………」
笹露は口惜しそうに歯ぎしりする。その瞳にはやや怯えの色が見え始めていた。
「おーい、頼まれたもの家から持ってきたぞ」
須藤はそう言って教室内に入ってくる。手に抱えているのは、ワンドアしかない小型の冷凍庫だった。
うん、こいつの家が学校の近くでよかった。
「……馬鹿の須藤。何よそれ」
「ああ、これはな――」
「例のものは買ってきたか?」
快く説明しようとしていた馬鹿の須藤を止めるように尋ねる。
「ありったけ買ってきた。この中に入れてきたぞ、遼」
須藤は冷凍庫を床に置いてコンセントをつなげる。
「遅い。もっと早く来ないか馬鹿者。帰れ」
俺が吐き捨てると、須藤の顔が引きつった。
「い、一応ほめてくれてるんだよな? 今能力使ってるからそれでねぎらえないだけだよな?」
そうです。
言えない。
「……たとえ何をされようと、私は屈しないわ」
「ふん、その威勢、いつまでもつかな? 今日は創韻倶楽部の活動日ではない。助けは来ないぞ」
とはいっても、拷問も脅迫もする気はない。そんなもので縛ってもすぐ別の者に寝返るだけだ。
ではどうするのかというと、そこは俺の腕の見せ所になるわけだ。
幸い、今日は週四日活動する創韻倶楽部の休みの日である(まあそれに合わせて襲撃したわけだが)。イレギュラーがなければ、余った時間をたっぷりと使える。
「須藤、邪魔だからさっさと授業にでも出ていろ。放課後になったらいつもの場所で姫鶴が来るまでいつまでも待っているがいい」
「それはいいんだが、いいのか?」
「何か問題でもあるのか?」
「……いや、いいや。お前がいいって言ってるなら、お前に任せる。俺の能力が必要なら言うだろうしな」
須藤は自嘲気味に笑いながら諸手を挙げる。笹露が反撃に打って出ることを懸念しているらしい。
そして敵意丸出しの笹露のほうを向いて言った。
「氷上さん、なんかこいつ、あんたに教えたいことがあるんだってよ。詳しくは俺も知らないけど。拷問して情報を聞き出したり暴力に訴えるわけじゃないから安心してくれ」
「須藤、余計なことを言うんじゃない」
俺は舌打ちして須藤をたしなめた。
まあ須藤の言っていることは、ある意味間違っていないのだが。
「じゃあ俺は行くぜ」
言って、須藤は機嫌よさそうに教室から出ていった。
「……私に何を教えてくれるっていうの?」
須藤が見えなくなると、若干心に余裕が出てきたのか笹露は俺に問いかける。
ここは質問に答えないのがよくない礼儀というものだろう。
俺は鼻で笑いながら笹露を見下ろした。
「そんなことより少し口元が寂しいだろう?」
「?」
「いつもやっていることができなくてつらかろう。そんな情けない恰好じゃあなにもできないものなぁ」
「なんのこと」
そう、寝返らせるなら、教え、調えなければいけない。
俺流でな。
「とぼけるんじゃない。どうせわかっているんだろう、いやしい女だ」
俺は冷凍庫のドアを開け、その中に入っていたものの一本を取り出した。冷凍庫に入っている冷たくて甘いものといえば……もはや説明は不要だろう。
封を開ける。
「あなた、まさか――」
笹露の表情がにわかに険しくなった。
それは彼女がいつも食べている値段の高いアイス――ではない。
十本入って三百円くらいの、ファミリー用の安い棒アイスだった。
バニラである。
それを笹露の口の中に容赦なく突っ込んだ。
「ありがたく思えよ。この俺が食わせてやると言っているんだ。まあ拒否権はないがな」
「んっ!? んぐっ!」
檜山の話では、笹露は値段の高いチョコレートのアイス以外はかたくなに口にしないという。
ならば――俺が彼女を調えるために存分に教えてやろう。
自分の持っている価値観がどれだけ必要のないものかを。
そして俺の与える価値観がどれだけ素晴らしいものかをな。




