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1 十六年後~仲門遼(なかかどりょう):俺の記憶が行方不明

「城攻めの首尾はどうだ?」


 物々しい鎧を着込んでいた俺は、本陣のような場所にて初老の参謀らしい男に問う。


「あまり芳しくはないかと。さすが南方の魔王と名高いネメシス王、堅固な守りに歩兵は苦戦を強いられ、いまだ開城はなりません」


 あごに長い髭を蓄えた初老の参謀は、難しい表情で首を振った。


「我がアルテア帝国軍にそのような泣き言は許されん。そのまま力でねじ伏せよ」


 はるか先を見据えると、いくつもの城壁に囲まれてそびえる城の一部分が見えた。

 俺は巨大な槍を握って、丈夫そうな城壁を見晴るかし鼻で笑うと、側近に告げる。


「あのような城など、一日もあれば落とせよう。――俺が前線に出る。本陣は任せた」

「はっ、御武運を」


 俺は傍らにいた馬に似ているが馬よりずっと巨大な、装甲板をつけた四足の屈強そうな生物にまたがると、「俺の国に反発したネメシスの王族は皆殺しだ。血が騒ぐわ!」本陣を勢いよく飛び出した。


----------


 ……という夢を見て、俺は国語の授業中に目が覚めた。

 だめだ。全く授業聞いてなかった。


 俺は中世風魔法ファンタジー的な夢をたまに見るのだが、内容や世界観がいまいちよく掴めない。毎回世界観は同じっぽいが、話も飛び飛びで、共通しているのは俺が偉そうな王様になって戦争しているということだけだ。夢見てもすぐ内容のほとんど忘れるし。


 なんだろう、権力握ってふんぞり返りたいのかな、俺。ぜんぜんそんなことないんだけど。どうせなら小葉菜こはな先輩の夢の方が……いや、それはもういいか。


 ボーっとしていると、チャイムが鳴って放課後になる。

 しょうがない。帰る準備をしよう。

 中高一貫のこの学園に高等部から入学して二か月になるが、特に部活に入ることなく、なんとなく毎日を過ごしてしまっていた。


 俺にはやらないといけないことがあるのに。


「ようりょう、帰ろうぜー」


 と学園に入ってからできた友人の加納かのうが、俺を誘ってくる。加納は髪が長めの童顔の男だ。中肉中背でなで肩、見た目はかなり中性的だ。アニメマンガ好きのゲーマーでインドア歴が長いが、持ち前の明るい性格で友達も多い。俺のような奇特な人間にも気楽に話しかけてくる。


「おう、ちょっと待って」


 帰る支度をしながら、俺は周囲を見渡す。

 教室の入り口から入ってきて、まっすぐに俺たちの方へ向ってくる眼鏡をかけた男子生徒があった。檜山ひやまだ。


 檜山は小学校のころからの友達だ。小学校卒業のおり、同じ中学に入らず別れてしまったが、こうしてこの学園で再会できた。

 部活などで縦のつながりを持つ彼には、少し頼みごとをしていた。


「おーい遼、頼まれてた例の件だけどよ」


 近づいてきた檜山は、加納に「よっ」手を上げて挨拶したあと、俺に話しかけてきた。


「うちの部の人に聞いたけど誰も知らねーってよ」

「そっか、わざわざありがとう檜山」

「まあ男ばっかの部だからなあ。この学園生徒数も多いし。ていうか二年の教室全部まわってその探してる人のこと聞いて回った方がいいんじゃねーの?」

「いや、そこまでの度胸はないよ。そんな必死なわけじゃないし」


 ただ、心残りなだけだ。


「嘘つけ。その左文字小葉菜さもんじこはなさんに会って話したいって目的だけでこの学園入ったんだろ?」

「い、いや、行く高校なんてどうでもよかったんだよ。この学園が偶然俺の学力に合ってただけだ」


 半分は嘘だ。高校なんてどこでもよかったのは本当だが、俺は小葉菜先輩に会ってもう一度話したいからこの学園を選んだんだ。

 俺には小葉菜先輩に会って言いたいことがあるのだ。

 それが俺の、当面のやりたいことだ。


「なんだ? 彼女?」


 俺と檜山の話に加納が目を輝かせて割って入る。


「かっ、彼女じゃねえよ!」


 俺は怒鳴ると、どんっと机をこぶしで叩いた。


「なんなんだ、ちょっと会って二人で話したいだけなのに彼女とかふざけるなよ。まったく会ってないっつってんだろ話聞いてたか? 結論が安易なんだよ。俺がやりたいのはそんな浮ついたことだと思っているなら筋違いもはなはだしいぞ青二才が。その腐った恋愛脳から改める努力を今からするのがお前のためになる――」


 などと加納を責めたてて、俺は我に返った。


「ご、ごめん、つい……」


 俺は加納に素直に謝る。またやってしまった。


「あー気にすんなよ、加納」


 檜山が苦笑しながら、俺の言葉を代弁する。


「こいつテンパると極端に口が悪くなるんだよ。昔からそうなんだ」


 俺の悪い癖だった。檜山の言う通り、どうも俺は緊張したりせっぱ詰ったりすると、今のように人をこけおろしたり責め立てたりしてしまうのだ。

 いや、もともとそういう性格で、普通にしているときは抑制ができているのだが、心にゆとりがなくなったりすると、抑えていた感情が決壊して嫌な性格が表層化してしまう。


 そんな嫌な性格になったきっかけも、全然ないはずなのだ。まるで俺の中に生まれる前からそういった凶悪性が備わっているみたいに、自然とそういう性格になってしまった。


 直したいのだが、余裕がなくなったりするとどうしても自分で自分をコントロールできない。


「知ってる。俺も面白いから構ってるんだしな」


 加納も加納でいたずらっぽく笑いながら肩をすくめた。


「というかむきになるあたり怪しいなぁ遼くんや」

「うっさいわハゲ」

「ハゲてねーよ。もうさっさと帰って俺んちでゲームしようぜ」


 なんていいやつ。この性格のせいで何人もの知り合いが顔をしかめ俺の前から去って行ったというのに、たいして動じなかったのは加納で三人目だ。


 檜山は部活に赴くため教室で別れた。

 黄昏時の校内を加納と一緒に歩く。


 少し落ち着いて、それからなんだかむなしい気持ちになる。


 そして疑問になる。俺は、こんなに漠然と学園生活をしていていいんだろうかって。

 べつに小葉菜先輩に会えないことを焦っているわけではない。


 なんかこう、なんとなくだけど、このままでいいのかって思うのだ。

 とても大切なことを忘れているような……忘れてないような。忘れててもいいような、よくないような。


 大変曖昧な焦燥感と虚無感が入り混じったような形容しがたい気持ちが、心の片隅にわだかまる。むなしさはふと思い出したように脳裏をよぎることもあるが、とくに夜空を見上げるときや魔法とかいう単語を聞いたときに頻繁にそういう気持ちになったりする。自分でも謎だ。


 まだ覚えていたファンタジーな夢の一部の映像が頭の中でちらつく。なんでこんな時にこんなしょうもない夢を思い出すのか。


 まあ、べつにいいか。

 早く加納の家でゲームしよう。

 靴を履きかえて学校を出る。


 校門を出ようとしたところで――ふと。

 背後に不穏な気配を感じて、振り向く。

 不穏な気配、というよりは何か、直感のようなもの。

 空いていた空虚な気持ちがわずかばかり埋まるような、そんな予感めいた胸騒ぎだ。


「どうした?」


 加納が俺の様子をうかがう。


「いや、なんでもないんだけど……」


 すぐ背後には何もない。帰る人はまばらで、校内に残っている生徒はまだ少しいる。


 しかし、何かおかしい。

 いつもと違う何かがある。


 どこかはわからない。けれど、どこかおかしい箇所がある。

 心臓が早鐘を打つ。

 べつにそのままスルーして帰ってもいい。気のせいかもしれない。

 けれど無視できない何かがある。


 目を凝らす。――異変は、学園の校舎内……二階の特別教室棟にあった。


 白い猫だ。

 普通の猫じゃない。普通の猫が学校にいてもおかしなことだが、俺が見ているのはもっとおかしな光景。学校のどこを探してもいないような、それどころか世界中探しても存在しないような獣。窓から背中が見えるくらい巨大で凶暴そうな白猫がいた。


 それが中等部の生徒らしき少女を襲っている。機敏にとびかかりながら、その鋭い爪で体中を切り裂かんとしている。


 見間違いでは断じてなかった。学校で、猫の化け物が、女の子を襲っているのだ。

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