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俺の強さが行方不明 ~昔は最強だったが今は粘土こねてるだけ~  作者: 裏山吹
第二話 調教の通常運用(リアルスキル)
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3 猫かぶり:これも戦い

 一週間が経過した。

 ほとぼりは冷めただろうか、かなり時間をロスしてしまった。


 確実な対策もなしに再び挑むような馬鹿な真似はしない。戦い方を変える。

 幸い、俺と姫鶴はお面をかぶっていたおかげで、顔は割れていない。

 正体がわからないというのは大きなアドバンテージだ。生かさぬ手はないだろう。


 昼休みを告げるチャイムが鳴る。生徒たちの喧騒がかしましくなるこの頃、俺は階段を上って二年生の教室の前へ来ていた。


 待ち人が昼休みになるとすぐにその教室を出ることは、すでに調べで判明している。

 待つこと数分、一人の女子生徒がカップアイスを手に俺の前に現れた。

 『創韻倶楽部』の一員、氷上笹露である。


 小動物のしっぽみたいな短いおさげ髪。中肉中背だが、胸もあってわりとスタイルはいい。顔立ちにはやや幼さが残る。

 ただ飾り気がないから、ちゃんとよく見ないと彼女が相当レベルの高い美少女であることは気づかれなさそうだ。


「こんにちは」


 この俺を待たせるとはいい度胸だという念を込めて、俺は挨拶した。


「…………」


 自分に向けて言われた言葉なのは理解したらしいが、笹露は無言で俺を一瞥し、そのまま横を通り過ぎようとする。


「あのー、俺、氷上先輩に用事があって待ってたんです」


 ぴたりと止まった。銀色のスプーンでアイスを口に運びながら、


「…………なにか用?」


 煩わしそうに顔を向ける。しかしそれでも目線は合わせてくれない。俺がせっかく声をかけているのに、つれないじゃないか。


 氷上笹露――高等部二年。成績はかなりいいが、運動は苦手らしい。中毒ともいえるアイス好きで、自分の気に入ったアイスしか口にしない。


 一週間ただボーっと過ごしていたわけではない。俺は俺で敵のことを調べさせてもらった。 

 が、弱点らしい弱点は見出すことができなかった。


「結構きれいな人だけどよー近づきがたいなぁ」


 というのが俺の友人であり事情通の檜山ひやまのコメント。檜山には情報の収集に関してかなり世話になってしまった。


「去年の学園祭で配布した小冊子に載っていた詩を読んで、一目でファンになったんです。作品のことについて話を聞きたいなと」


 檜山に頼んで、すでに彼女の作風は予習済みである。俺は精一杯の作り笑いで愛想よくした。


「ふうん」


 興味がなさそうな笹露。


 だろうな。そうだろう。

 そう思ってな。


「ぜひ氷上先輩と話がしたな、と。少しの間だけでいいので」


 俺は改めて言って、後ろ手に持っていたコンビニの袋を彼女の前に差し出した。


 笹露の目の色が変わる。


 中には彼女がいつも食べている高い値段のカップアイスが二つ積まれている。味はチョコレート。昼前の授業を少々早引けして買いに行ったものだ。


 笹露の手がぴくりと反応するのを俺は見逃さない。受け取るかどうか躊躇している。


「どうぞ。俺もこのアイス好きなんですよ。おすそわけします」

「…………」


 これを受け取ったら俺と話さなければいけないから面倒くさい。そういう懸念があるのだ。そうそう気安くは受け取れない。


 ていうかそこまで拒否する? 他人嫌いなの?


「あ、お昼先に食べますか?」

「……昼ご飯は食べないの」


 ここで、笹露の頭上に異変が起きる。

 何もない空間から、バレーボールほどの大きさの白い球状の物体が出現したのだ。


「…………!」


 あえて、焦点は合わせない。視界の隅にその物体をとらえたまま、何食わぬ顔で笹露を見たままにした。

 今出現したのは明らかに笹露の参照者としての能力である。一般人を装う俺としては、それに気づくそぶりを見せるわけにはいかない。


 間もなく、コンビニの袋を中心に、そこだけ冷気が充満していく。長話をしてアイスが解けないように守っているらしい。


 ――笹露の能力は武器型だったようだ。あの白い球が、冷気を操るデバイスに相違ないだろう。


 まあ常にアイスの温度を維持し続けているというのは通常型の能力だとかなり苦しくはないかと考えてはいたが。


「あっと、もう時間だ。俺、友達とお昼食べに行きますので。……せっかく持ってきたので、一個は俺が食べますが、もう一個はどうぞ」


 計画通りに妥協して提案すると、笹露はおそるおそるアイスを受け取った。


「じゃ、俺行きますね」


 言って、一旦引き下がるふりをして、振り返り、


「えっと、最終的に何が言いたかったかというと、俺もぜひ創韻倶楽部の創作活動に加えてほしいって話だったんです」


 また心にもないことを報告する。

 笹露は受け取ったアイスにさっそくスプーンをさしながら、表情を濁らせた。


「……あまり、おすすめはしないわ」

「それは、なぜです?」


 予想外の反応だった。難色を示しているのはわかるが、どこか触れられたくないといったような反応。


「…………べつに」


 かなり長い沈黙のあと、笹露は浮かない表情のまま小さく返した。


 『参照者』以外はお断りということなのか? でもだとしたら「おすすめはしない」ではなく「やめておきなさい」にならないか?

 それとも……何か秘密でもあるのだろうか。


「そうですか。入部はやめたほうがよさそうですかね……残念です。でもまた話聞かせてくださいね」


 朗らかに笑いながら、俺は笹露と別れた。


 一人廊下を歩く。浮かべていた作り物の笑みは、やがて邪悪なものをはらんでくる。


「くはははっ」


 思わず笑い声が漏れてしまう。

 俺の勘が訴えている――これは何かあるな、と。

 いや、俺もよく我慢した。反吐が出るほどのキャラ作りだったわ。


 そう、戦いは戦いだけで決まるものではない。戦わないのも戦いの内である。

 べつに三人のうち一人でいい。こちらへ裏切らせれば勝ちだ。

 これはそのためのファーストコンタクト。収穫はあったし、おおむね上々だ。


 誰も気づいていない。創韻倶楽部の破壊は、すでに始まっていることに。

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