2 ふみにじりたい、その笑顔
いよいよ創韻倶楽部の部室に到着した。人の気はあまりない。
俺たちは持っていたうさぎの仮面をつける。
「どこからどう見ても不審者だな……」
うさぎの仮面をかぶった須藤がうさぎの仮面を被った俺を見て不満を漏らした。
「うー、私も、強盗というのはあまり気が乗りません」
同じくうさぎの仮面をかぶった姫鶴が身をすくませながらそわそわしている。
「言っとくがお前が一番見つかっちゃいけない奴だからな? 絶対に捕まるなよ? いいか、絶対だぞ」
そもそも学校に侵入しているわけだし。
俺と須藤は教室の戸についているガラスから中の様子をうかがう。
普通の空き教室だ。机もあれば椅子も教壇もある。
……と、小さいが後ろのほうに本棚も確認した。ここも『本』の出現地点の候補のようだ。
「み、見れない……」
姫鶴は背が届かなかった。一生懸命背伸びをしているが、俺たちや仮面が邪魔なこともあって中の様子をうかがうことができないでいる。放置。
「持ち運びできる金庫か何かないか? それを奪おう。もし入ってなくても金庫なんだ、何かしら金目のものが入ってるだろ。のちのちの取引材料にできるから、『鍵』が入ってなくてもそれはそれでいい」
「お前……悪い奴だな」
「今更だ」
教室の中央あたりに、何やら話している三人の生徒がいる。
創韻倶楽部の部員に違いない。
男子生徒が二人、女子生徒が一人。
男子生徒二人が談話に花を咲かせていて、無言の女子生徒は無表情でカップのアイスを食べていた。
短めのおさげ髪が目を引く、表情の薄い女だった。
「アイス……? そんなもの学校の売店にあったか? コンビニまで行って買ってきたのか?」
「女子生徒の名前は氷上笹露……どこでもアイスを食べてるんだが、凍結系の能力でアイスの温度を維持しているんだと思う。戦ったことないけど、あいつの周りだけ妙に涼しいんだ。しかも値段の高いアイスしか口にしない」
須藤が女子生徒について解説をする。
「なるほどな……」
でもアイスの好みとかは割愛しろよ。いらんだろう。
「で、そこの眼鏡のやついるだろ。あれは体力を奪う赤い糸を出す三日月勇」
男子生徒は日焼けしている奴と眼鏡かけている奴の二人いる。その眼鏡のことを須藤は言う。
「あの日焼けは?」
「名前は永橋行平。能力は分身みたいなやつだ。あれはやっかいだな。あいつにいつもやられる」
「いつもか」
何度か相対しているらしいな。
「ああ、だいたいいつもだ」
「……なぜいつもやられるか、お前はわかっているか?」
「あいつが強いからだ」
「そうじゃない。もっと全体を見通すように考えろ」
「なんかわかってる口ぶりだな」
「わかってるんだよ。お前の話だけで、ある程度はな。まあそれはおいおいか」
室内で笑い声が聞こえる。
部活やってなくないか? そう思ったが自作の文学作品や詩のことについて話しているため、ディスカッションのようなことをしているらしい。
ただ、氷上笹露とかいう女子生徒の声は聞こえない。無言でアイスを食べているだけだ。
「わきあいあいとしているな」
「そうだな……」
壊してやりたいほど幸せそうな笑い声だ。
「よいしょっ」
いきなり姫鶴の背が高くなった。
いや、違う。壁に生えさせたリトルペンナイフの腹に乗って、背の高さを補っていたのだ。由々しきことに俺の肩に手をのせてバランスをとっている。
「姫鶴、邪魔だ」
「だって、私も見たいです」
ちゃんとよく見ていなかったから気づかなかったが、リトルペンナイフの刀身は長かったり太かったりそれぞれ個性があるらしい。姫鶴は比較的広い刀身を持つナイフを二本用意して横向きに生やし、そこに足をかけていた。
「金庫みたいなのは見つからないな」
須藤の言うとおりだ。それらしいものはどこにもない。
「では揺さぶりをかけよう。須藤、化け猫二匹を教室の中へ入れて暴れさせてしまえ。もし大事なものがあれば、かばおうとするだろう。俺たちはここでその様子を観察する」
もしそういったそぶりを見せたら、こちらも闖入して目的のものを奪う。
「遼、なんでお前はそうぽんぽん悪いことを思いつくんだ?」
「悪いことではない。必要なことだ。準備はできたか?」
須藤は腕に楔を刺して、銀色に光らせた。
俺と姫鶴は一歩下がった。俺たちが完全に入り口から見えなくなったのを確認して、須藤は入り口の戸に手をかける。
「冷たっ!」
須藤は叫んで、すぐに手を放した。
戸の手をかける金属部分から、いつの間にか冷気が流れ漂っていた。
「おいおい、これまた珍妙な客だな。一人は須藤か」
後ろから、室内にいるはずの日焼け男――永橋行平の声がして、俺は慌てて振り向く。
「――ッ!」
まずい。すでに見つかっていた。観察されていたのは、こちらのほうだった!
教室内を覗くと、三日月勇がその場で微笑し、永橋行平がこちらへ歩いてきている。氷上笹露は、変わらずアイスを口にしてこちらに関心はないようだったが……。
とりあえず日焼け男が二人いるな。これが例の分身能力か。まったく同じ人物が二人いるように見える。小夜のものとはまた別の性質だろう。
須藤を通して俺たちに自分たちの素性が割れていることは、奴らもわかっている。おそらく能力を惜しみなく使って、俺たちを捕らえようとすると考えられる。
つまり俺たちが行わなければいけない次の一手は――
「逃げるぞ!」
俺は手に土の粘土を出して、短剣を形作る。そしてそれをそのまま外にいるほうの永橋行平の顔めがけて投げつけた。ほとんどゼロ距離である。
同時に、須藤は光る腕から白い毛並みの化け猫を一匹召喚する。
「うわっ、なんだこれ粘土か!?」
行平が俺の短剣をつかんで受け止めると、拍子抜けしたように声を上げた。
すり抜けるかと思ったが、あろうことか掴みやがった。分身なんてもんじゃない、同じ質量をもった同一人物がもう一人いやがるじゃないか。
その隙に行平にとびかかった化け猫は、戸の隙間から入ってきたワイヤーのような赤い糸に体を拘束された。
わざと人の多いほうへ逃げる。
廊下を歩く関係ない生徒たちは俺たちを見ると「わあっ!?」びっくりしたように声を上げた。そうだった、俺たち今かなり不審者だった。
相手も深追いはしないようだった。振り向くと、追っ手はなかった。
どうにか逃げ切ることはできた――が、作戦は失敗だ。『鍵』の所在の手がかりさえ、つかむことができなかった。
まあ、それはそれでいい。次の策に移ろうじゃないか。