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13 その道の名は:

「熱いな、ここは」


 流れる汗をぬぐおうとしたが、すでに蒸発したあとだった。吹きすさぶ熱波は全身に魔力障壁をまとっていても肌をちりちりと焦がしに来る。大荒野ヴォイドを歩くのとどちらがマシだろうか。これは今までで一、二を争うほどの苦しさだ。


 活火山の連なる、熱がすべてを支配する世界。肉でも焼けそうな岩盤の地に、溶岩が川のように流れている。火の魔力因子と毒の魔力因子が濃密に混ざり合い、常人ならば足を踏み入れるどころか近づくことさえかなわない。


 一部の魔族か亜人しか入ることが許されない灼熱の無法地帯。それがここ、ロヒタンガであった。


「耐性のない閣下の身には堪えるでしょう」


 ここを訪れるにあたって、俺は二人、供を連れていた。その一人――癖のある長い黒髪を生やした鉄の鱗を持つ亜人の女が答えた。


「それと、この辺は火鼠かそと呼ばれる巨大な鼠が生息しておりますゆえ、お気をつけください」

「誰に向かって言っている」

「いえ、失礼。いらぬ気遣いでしたね」


 彼女、ブリギットにはこの地域一帯の研究を任せている。ここロヒタンガの出身だからか、熱の耐性をもっているうえ地理にも詳しい。涼しい顔で案内役をしてくれているのは、頼もしい限りであった。


 もう一方の供、帝国から護衛につかせていたヴェロニカは、歩くだけでいっぱいいっぱいという様子だ。気は抜かず周囲を警戒しているようだが、若くして帝国軍の将軍となった彼女でもこの暑さはつらいとみえた。


「建国してからもう一か月になりますか、アルテア帝国のほうはどうです?」

「忙殺されている。まあ今後さらに忙しくなるのを考えればいい予行演習だ」

「大陸統一を目指されているとか……いやはや閣下の器の大きさは計り知れません。それでこそお仕えする甲斐があるというものです」

「それもお前の研究にかかっているかもしれんな。期待しているぞ」


 ここでこうして歩くだけで、視察しに来た価値があるというものだ。

 この地獄のような環境のエネルギーを利用できれば、戦争は大きく変わる。


「……前方、複数の異形の影。遠くからこちらの様子をうかがっています」


 突然、ヴェロニカが淡々と報告した。彼女の眼は遠くを見通せる特殊な魔眼を持っている。


「敵か。火鼠とかいう奴か?」


 何もない空間から魔槍を取り出すと、俺は前方を見据えた。

 とてつもない重圧が、なぜか俺の腹にのしかかる。


「ええと、それが……」


 ヴェロニカが言いにくそうに答えた。


「猫です」

「はっ?」

「とてもたくさんの……猫です」


----------


「はっ?」


 俺は目を開けると、そこは見慣れた部屋に、見慣れたベッドがあった。

 また昔の夢を見ていたらしい。どうせなら小葉菜先輩の夢の方が……いや、なぜ俺が一人の女にそこまで執着しなければいけないのか。時間の無駄だ。今はもっと大事なことがある。


 ……首から下が妙に暑苦しいことになっている。


 黒い毛並みの仔猫――小夜が俺の腹の上で丸くなって寝息を立てていた。しかも一匹ではない。増殖した小さな白猫がわんさか俺を押しつぶすようにのしかかってきていて、同じように寝ている。もはやあったかい毛皮の毛布と言っても差し支えない。しかも重い。


 全身が汗ばんでいるのがわかる。どうりで寝苦しいわけだ。

 この猫、どうやら学校の『本』の範囲から離れると、能力もないただの子猫を量産するという能力にグレードダウンするらしい。


 猫がいて起き上がれない。

 俺が起きたのを察したのか、小夜は目を開けて俺を一瞥すると、大きくあくびをした。そしてまた眠りにつく。

 消せよ、この白猫どもをよ。だから猫は嫌いなんだよ。……いや、こいつまだ自分の能力をコントロールできないんだったか。


 小夜をあのままにしておけば、また学校で被害が出る。だから『本』のある学校の敷地から遠ざけて、能力を弱体化させる必要があった。

 ――のだが、肝心の須藤はマンションに住んでいてペットが飼えない状態だった。姫鶴も無理らしく、俺が引き取るしかなくなってしまった。俺が言い出しっぺだというのを指摘されたのだ。俺が一度決めたことをたがえるはずがない。それは確実なのだがそのことを逆手に取られてしまった。

 どうせ無理だろうと母さんに相談したところ、二つ返事で難なく許可をもらってしまって今に至るというわけであった。


 納得いかん。なぜ俺が猫の世話など。


「うおおおっ」


 思い切ってボワッと布団をはぐって起き上がる。白猫は転がりながら影に戻るように消えていき、小夜は一瞬宙を舞うがしっかりカーペットに着地する。能力の白猫はスぺランカー並みにもろくなっているが本体の方はしたたかだ。


 あー、憎たらしい。


 時計を見ると、家を出る時間が少し過ぎていた。しまった。もう学校へ行かなければならない時間だった。

 窓の外を見ると、姫鶴が朝日の光にまぶしそうに目を細めて立っていた。

 朝の登校時間は重なっているから俺の家へ迎えに来るよう命令したが、言う通りにしたようだ。律儀な奴。


 早々に支度をして家を出る。


「あ……おはようございます」


 呑気な挨拶。

 姫鶴は相変わらず大きめの制服を着ているのだが、それで学校へ行くつもりだろうか。小学校か中学校か知らないが、かなり悪目立ちしそうだ。まあ面白いから本人には言及しないでおくが。


「姫鶴――また今日の放課後うちの学校へ忍び込んでくるがいい。教師どもに見つかるなよ」

「はあ、いいですけど……ちょっと寄るところあるので、そこ寄ってから行きますね」

「時間通りに来るのならば好きにしろ。今日決行だ。どこにあるかもわからない『本』は二の次だ。『創韻倶楽部』から『鍵』を奪いに行くぞ」

「えっ」


 算段わるだくみは、すでに練り始めている。須藤にも連絡した。須藤には小夜を助けてやった恩がある。俺への協力は惜しみなくやってくれると約束した。


 足がかりはできた。

 ただ、戦力の少なさは否めない。

 何百万人もの兵力を手に入れていた俺が、今や自分とペットを入れても三人と一匹しかいない。

 『本』を破壊し、再び支配者として君臨するためには、兵力はまだまだ足りない。

 だが、まあ、はじめはだいたいこんなものだろうと思うことにする。


 地道でも小さくても一つ一つ作り上げていく。ゼロから一に、一から二に。

 そしてそこから俺の覇道は始まってゆくのだ。

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