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12 ちいさい女の子を奴隷にして服従させるなんてできるわけがない(できる)

「ひゃあああっ」


 色気のない悲鳴が上がって、姫鶴が猫に押し倒される。

 とっさに姫鶴めがけて土の塊を投げた。姫鶴の白い首筋に猫が噛みつく瞬間、土はどうにか姫鶴の首に巻きつき牙との隔たりを作った。


「心底あきれたぞ姫鶴。お前はいつもいつも俺に迷惑をかけやがって……!」


 すぐに悪態をつく。

 薄氷を踏んだような音。肌を穿とうとしていた猫の牙は硬くなった土の塊に阻まれる。


「鼻につくことばかりやって俺の足を引っ張る……なんなんだ、それがお前の仕事か何かか? お前なんて全く助けたくないんだよ! さっさと死んでしまえ!」

「そんなぁー助けてくださいよう!」

「断る!」

「好きって言ってくれたのはなんだったんですかぁ!」


 姫鶴は泣きそうな顔で助けを請う。ていうか気づけよ。今お前は俺が守ってるおかげで助かってるんだよ。

 土の能力は首を守るので使っているから攻撃には使えない。

 俺自身もう能力の連続使用でいっぱいいっぱいである。これ以上の酷使はできそうにない。ここで終わらせる。

 だがその前に、取引――いや、駆け引きか。少々姫鶴で遊んでやろう。

 余興としては悪くない。窮地のときこそ楽しむべきなのだ。


「私には、大切な友達を助けるためにどうしても『本』を見つけないと、いけないんです。こんなところで、終わるわけには……だから、私を助けて!」


 涙声で語る少女のパサついた黒髪が、もがこうとして悲しく揺れる。

 俺は化け猫が警戒しなさそうな距離を維持。近づかない。


「…………」


 俺は無言で押し通す。

 なるほど。友達を助けるため、か。友達を助けるための情報を『本』に求めているということか。不治の病か、それとも精神を病んでいるのか? 家庭の事情か?

 どこかでこの学校の制服を手に入れ、侵入までして『本』を探していたのは友達のためか。


「本当は、こんなことになる前に、はじめからあなたに助けてほしかった。協力してほしかった。でも巻き込むのもどうかと思って、尻込みして……。お願いしますから――」

「だめだな」


 にべもなく、俺は切り捨てる。化け猫に力で負けながら、「そんな……」姫鶴の表情が苦悶とともに青ざめていく。もぞもぞと足が動いているため抵抗を試みているようだが、スカートが揺れるだけで状況は何も変わらない。


「どうしてもというなら動いてやらんでもないが、ま、それもお前次第だがな?」

「わ、私にできることならなんでも力になりますから……!」

「では俺に忠誠を誓えるか? その代わり俺はお前の願いをかなえてやるし、危ないときは助けてやる。さっきと同じ契約だ、悪い条件ではないだろう」

「……わかりましたよ、わかりましたから! それでいいですよもう!」


 俺は邪悪に口元を吊り上げる。


「ならば首に巻きついてるものに触れて能力を使え!」

「はいっ」


 目に涙をためながらも元気よく返事をした姫鶴はすぐに首に触れる。

 瞬間、化け猫の眼球から姫鶴のナイフの切っ先がやや上向きに飛び出した。


「ひっ」


 そのまま姫鶴の身体にぐったりと倒れて動かなくなる。後頭部からも突き出たナイフがわずかに見える。

 姫鶴の顔が恐怖でゆがむ。


 俺の土の能力は姫鶴の首を守るほどの硬度を保ちながら細く伸び、猫の鼻の中にまで達していた。そこでナイフを生やすなんて能力を使うものだから、こうなる。

 猫は即死したようだったがかなりグロいことになってしまった。


「あ、あ、ありがとうございました……」

「なに、大したことはない」


 ドン引きしながら姫鶴は震えていた。しかし化け猫が消えてようやく俺が土で守っていたことを理解したようで、


「あ……すいません、必死で気づかなかったけど、守ってくれていたんですね。本心から心無い言葉を言ってるものかと」

「いや、だいたい本心だったぞ」

「え?」

「ちゃんと忠誠を誓ったよな? 俺の言うことには絶対服従だからな」

「うっ……」


 心が晴れ晴れとして、すっきりした気分だ。疲労で体が重いが、じつに爽快な心持ちだ。良い余興だった。

 朗らかな俺とは裏腹に、姫鶴は気分悪そうに息を詰まらせる。


「……で、できないことはやりませんよ」

「へえ、じゃあできることはやるんだな?」

「うううう絶対えっちな命令する気だ……どうしよう……」

「やらんわ」


 姫鶴は身構えながらゆっくり立ち上がる。

 姫鶴の着る制服の上着は乱れ、ブラウスはところどころ切れて破れていた。それにスカートの両側面あたりに一本ずつ大きく亀裂が入っていて、不出来なチャイナドレスのスリットのようになっている。膝下くらいまであるスカートから、普段見えない太ももが覗いていた。


 本人は気づいていない様子だ。


「本当に何ともないか?」

「は、はい」

「そんな破廉恥な格好でいるのに平気な顔をしているなんてとんだ痴女だな」

「ふえっ? あっ」


 俺に言われてようやく気付いたようだ。顔を紅潮させながら手で自分の体を隠すようにする。


「どうせ俺しかいないんだ、もっと堂々と見せたらどうだ?」

「いやですっ」


 ふむ。ここは姫鶴の忠誠心を試す必要があるか。


「では命令する。手で身体を隠すな。自然体でいろ」

「な、なんでそんな……」


 姫鶴はこちらを見上げながら戸惑っている。迷っている。

 言葉は呪縛だ。

 彼女はもう俺に忠誠を誓うと言ってしまった。その言葉が、今行動を縛り付けている。

 裏切らないように、もっとしっかりと縛りつける必要がある。これはその儀式イニシエーションだ。


「友達を助けたいんだろう? その気持ちがあれば恥ずかしくなんてないだろう。それとも友達を助けるより自分のわがままのほうが大事なのか?」

「それはちが……」

「お前の友達を思う気持ちはそんなものか? ずいぶん軽はずみな思いやりだな。それは自分の意志を曲げてお前の目的に協力すると言った俺をも侮辱している行為だぞ。その友達もさぞ浮かばれないだろうな」

「…………」


 姫鶴は不本意そうに眉根を寄せながらゆっくりと手を下していく。

 これくらいの命令なら聞くだろう。だが次はどうだろうか。


「ではスカートをたくしあげてみろ」

「やっぱりえっちな命令してる……」

「お前の覚悟がどれぐらいかみているんだよ」


 さすがに姫鶴もこれは躊躇した。

 しかし軽いとはいえ、すでに俺の命令を一度聞いている。言葉の呪縛は、さらなるしゅで縛ることができる。そうやって抜けられないところまで堕ちていくのだ。


「早くしないと誰か来るかもしれんぞ。さっさと済ませたほうがいいんじゃないか?」

「うぅー」


 もうひと押しすると、姫鶴はゆっくりと自分のスカートの裾に手をかけた。

 恥じらいで真っ赤になり目をそらしながら、それでも自分で自分のスカートを捲し上げていく。

 手が震えている。緊張のためかスカートを上げる動きもぎこちない。命じられるのもやっていることも初めての行為なのだろうから仕方がないか。

 細い太ももがあらわになり、


「ちょっとストップ」


 下着がぎりぎり見えないくらいのところで、俺は言った。


「……?」


 姫鶴は耳まで真っ赤にしながら、スカートを上げる手を止める。

 俺はあらわになった太ももとめくれ上がるスカートの境界線に顔を近づけて、そこをまじまじと凝視した。スカートの裾をほんの少し上げるだけで下着が見えるであろう状態をつぶさに観察する。

 俺はここで、頭に浮かんだ疑問について考察してみる。


 やはりスカートの中って見えないほうが夢が広がるんじゃないか?


 絶対領域とパンチラでは、ロマンの規模的には前者に軍配が上がるといえるし、俺はどちらかといえばエロよりロマンを求めたい。せっかくだから。


 ――いや、よく考えてみろ。そもそもここがぎりぎりのラインなのだろうか。

 冒険してあと一センチ上げても見えないのではないだろうか。

 でもそれで一センチずらしてパンツが見えてしまっては興ざめもいいところだ。どう命じれば俺の納得する領域にまで姫鶴のスカートの中身を昇華させることができる? ここは五ミリ上げにしておくか?

 いや、しかし、こいつの足が思ったより長かったらどうだろうか。ありえなくはない。こいつの足が長いという仮定を前提にしたとき、むしろ一センチでも足りないのでは……。だが、よく見ると両足のももが付け根へ向かって収束していっているのもまた事実。

 ギリギリいっぱいか?

 まだいけるか?

 悩ましい距離感だ。


「あの、そんなに見られるとすごく恥ずかしいです……」

「ちょっと待て、いま重大なことを考えているんだ」

「いっ、息がかかって……へ、変にくすぐったいんですが」

「嫌々やっているのに感じているとは、とんだ変態だな。いや、そんなことよりも悩むな」

「い、意味がわからな……んっ、は、早く終わらせないと、人に見られちゃいますよう」

「葛藤があったが、やはりもう五ミリ上げにしておくか……」

「それ何の話ですかぁ!」

「おい! むやみに揺れるな! 自分で自分を穢す気か!? 元も子もないことをしてるんじゃあない!」


 俺が焦って言ったところで、姫鶴はふと核心に気付いた。


「あれ? そういえばさっき私のこと好きっていったのは?」

「ああ、あれは嘘だ」

「えっ……」

「やさしい言葉をかけて土を柔らかくする必要があった。あの突然の告白も土の粘度をコントロールするための方便なんだよ」


 姫鶴は思考停止の放心状態になる。よほど頭の中で整理がつかないらしい。

 俺はトドメとばかりに続けて言ってやる。


「え? 何なの? 馬鹿なの? 会ってまだ間もないのに俺がお前を好きになる要素何かあったか? ていうか、好かれたかったのか?」

「いえ、よく考えたらそんなことなかっ――」


 現実に引き戻されて真顔になった姫鶴の頬を俺は掴んで引っ張った。


「それはそれでむかつくな。お前俺に目をかけられていたほうがのちのち得だぞ」

「なんなんれふかぁもおー!」


 無駄話をしていると、須藤も須藤で終わったらしい。小夜を抱きながら俺たちのもとへ駆けつけた。


「話は聞かせてもらったぞ。遼、お前ってやつは見損なった。好きでもない女の子に無闇に告白するとか最低だな。クズだよ。ゲスの極みおのこだよ」

「お前それ言いたいだけだろ」


 小夜はというと気を失っているようで、ぐったりしたまま動かなかった。


「……死んでないんだよな?」

「ああ、ちゃんと生きてるぞ」


 化け猫の襲撃はもうなくなった。これでいったん襲撃者は無力化されたということだ。予測の域を出ていなかったが、どうやら本当に猫が『参照者』になっていたようだ。

 俺の見解を話すと、須藤はすんなり納得したようだった。


「たしかに時々学校の中に入り込むことはあったが――まさか『本』を見つけていたなんてな」

「で、どうするんだ、この猫」


 それはもう根本的な話だった。

 猫をこのままにしておけば、意識を取り戻したときにまた化け猫が生産される恐れがある。

 化け猫が次にどんな行動をとるのか予測不可能だ。今回は指向性がはっきりしていたから対処できたが、無作為に無関係の人間を襲い始めたらそれこそ手に負えない。


「あの、私はどうすればいいんですか? このまま放置ですか?」


 スカートをたくし上げたままの姫鶴は俺に確認を取った。うむ、いい反応だ。

 須藤はようやく姫鶴の痴態に気付いたようで「うわあっ、何やってんの!?」慌てて顔を横に振ってそらした。俺が壁になっていて気付かなかったのか。


 ため息を一つ。俺はあきれたように姫鶴に言ってやる。


「いつまでそんなことやってるんだお前。痴女か?」

「…………」


 姫鶴は恥辱に口を曲げながらさっとスカートの裾を下ろした。

 俺は瞳をうるませ涙を浮かびあがらせた姫鶴の頭に、自分の上着をかぶせてやる。


「あとで教室にあるジャージ貸してやるからとりあえず下にこれ巻いておけ。今度はちゃんと返せよ」

「あ……はいっ」


 姫鶴の顔がぱっと明るくなった。泣かれても面倒だからな。


 そんなことよりも猫の処分だ。

 殺すのが一番手っ取り早いが――こいつらが許さない。


「右胸を刺せば能力は消えるんだったか」

「ま、待ってください、そんなかわいそうなことできません!」

「今さらそれ言う?」

「俺も反対だな」


 須藤も小夜を守るように反論する。


「もし当たり所が悪くて死んだらどうするんだ?」

「お前俺には躊躇なく攻撃してきたよね?」


 言っていることはわかる。たしかに結局物理的に刺すことに変わりはないからだ。普通の人間ならためらって当然だろう。

 しかしこのまま放置もできない。

 さて。

 どうするか。


 こいつらが望む形での解決をするのなら。


 ――たぶん、導き出される結論はひとつだ。

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