11 真相と告白:俺の土の能力が即死魔法と同じ破壊力を有する説
姫鶴のナイフで足止めしながら進んでいるおかげで、どうにか追いつかれずに走れている。が、このままでは鼬ごっこだ。
「ちょっと待ってください、なんで小夜ちゃんが?」
「足を軽く怪我しただけなのにやけにぐったりしていただろう? あれは能力を立て続けに破られて疲弊していたんだよ。それにさっき、須藤の影からいきなり化け猫がでてきたように見えたが、須藤に抱かれる小夜の影から出てきたと考えれば納得できる。能力には有効射程があるんだからな」
姫鶴はあまり納得していないようだった。
「で、でも、そうだとして、なんで自分の能力に襲われていたんですか。説明がつきませんよう」
「お前、はじめてあの化け猫に襲撃されたとき、押し倒されてから俺が助けに来るまでどれくらいああしていた?」
俺がかけつけるまでやや長いタイムラグがあったはずだ。あのときの俺は間に合ってよかったなどと呑気に安心していたが、そもそも仕留めるのに間を開ける必要があるだろうか。
「それは……たしかにちょっと間がありましたけど……」
「もし襲っていたのではなく、助けを求めていたとしたら?」
「え……?」
「俺のようにいきなり能力を身に着けて、戸惑って同じような境遇の者に助けを求めていたのならどうだ? しかしどうしたらいいかわからなくて、とりあえず拘束していた。ようは御しきれていなかったのさ、自分の力を。俺の登場から、標的が俺へ移ったのもそれを裏付けている。あのとき、姫鶴をどうにかして連れていきたい小夜にとっては俺は邪魔者だったんだ」
いきなりすぎて、能力に対して理解力が及ばなかったのだ。だがおかしな化け猫が自分の出したものだということはなんとなく理解できていたはずだ。はじめて土の塊を出したときの俺のように。
「そして今は、望んではいないが、自分が死ぬことで埒が開けることを本能的に理解している。その心理が能力である化け猫に反映されてしまっていて、化け猫は独自の判断で動いてしまっている。うまく能力を制御できないせいで化け猫の暴走が止められない。そして、自殺を阻む邪魔な存在がいて、それをまず排除しなければならなくなっている。……というのが今の状況だ」
目撃者を気にしていたが、もうある程度妥協することにする。他人には能力が見えないから問題はない。
俺は足を止め、化け猫と対峙した。
姫鶴のナイフでは倒すのに時間がかかりすぎる。ここは俺がやるしかない。
正直、こんなことやりたくはない。しかし効率を考えたら、これが一番いい。
俺は両手を広げ、右手に土の塊を出現させた。意を決して、息を吸い込む。
「俺は猫が大好きだ!」
そして力の限り叫んだ。
手に持つ粘土がみるみるうちに柔らかくなっていき、しおれた水風船のような感触になる。
やはりこの土を一番柔らかくできるのは、まっすぐな好意の言葉のようだ。心にもないことを口走ってもちゃんと柔らかくなってくれるのは安心した。俺は力の限り続けた。
「ぴんと張りつめたような耳とか時々細めるつぶらな瞳とか、気まぐれなところとかもかなりいい! わざわざ人の布団の真ん中で寝てるところとか勉強や読書に集中しているときにひょっこり視界に現れるところとか、そういうちょっとうざいところも可愛い! 意図してないところで膝の上に乗っかってくるとかもう最高だ!」
「そんなに猫が好きだったなんて、どうして言ってくれないんですか!」
そして姫鶴は空気を読まなすぎだった。なぜこんなときにそのままの意味として解釈しているのか。
さて……このままでもいけそうだが一応もう少し念押しが必要か。
「ついでにいうと姫鶴のことも同じくらい大好きだ!」
「えっ、ええええっ! ちょっ、なに言って……えっと、その、なんでこんなときにそんなこと言うんですか?」
姫鶴は顔を赤らめながら困惑し、手を胸の前でもじもじさせながらこちらを上目づかいで見つめて乙女のようにしおらしくなった。
いいのか。猫と同じくらいとかすごく微妙だぞ。ていうか状況見て察せよ。俺の土の特性話しただろ。
すでに粘土はどろどろの液体状になっている。重力に引かれて手のひらから零れ落ちないのは、俺が一か所にまとまるように制御しているからだ。
化け猫がこちらにとびかかる前に――俺は手の中の粘液を化け猫にぶつける。
化け猫の筋肉の塊が俺に激突する。衝撃で吹き飛ぶが、化け猫は口や目や耳から鮮血を滴らせ、そのまま動かなくなった。
粘土を液体にして内部から化け猫の肉体を破壊した。穴という穴から無理やり入り体内へ、土の粘液が内蔵を傷つけて回ったのだ。
過程は違うが、結果的に俺が以前駆使していた敵の身体を内部から破壊し尽くす即死魔法『臨終の呼び鐘』と同じような効果を出せるようになった。土を液状にするために変な詠唱必須だが。
「ぐっ」
化け猫の命は殺し切れたようだが、衝撃までは消せなかった。みぞおちあたりに鈍い痛みを覚えて、尻をついていた俺は身体をくの字に曲げてうめいた。息ができない。
だからか、気づくのが一瞬遅れた。
追っ手は一匹ではなかった。
「しまっ――」
あの小夜とかいうのが無意識にやったのか化け猫の意志なのか、なかなか頭がいい。
影から化け猫を出現させたのをあらかじめ俺たちに見せてから、さらに追加で化け猫を透明化させたまま出現させていたのだ。俺たちに本当の戦力を隠すために。
しまったと言い切るより早く、比較的小柄なタイプの豹のような化け猫が透明化を解いて俺の横を猛スピードで通過していった。狙いは、姫鶴だ。