10 殲滅戦は不意打ちとともに
「来たぞっ! 後ろから二匹!」
相手は追いかけっこなどする気がないようだ。走りながら学校内の人気のない場所へ走っていると、すぐに透明化した化け猫が追ってくる。
が、完全には透明化しきれていない。青い塗料がところどころこびりついて姿が浮き彫りになっている。
「須藤、さっき無効化した化け猫は再び呼び出せるのか?」
「さっき出しただろ! 二度は出せない!」
「今までの様子だと無効化する楔の光は……」
「ああ、いくら刺しても一か所しか作れない!」
じゃあなんでさっき腕に追加で二本も刺したんだよ。一本でいいだろ。一本刺しただけで光ったじゃないか。ドMかよ。
まあこいつのことだから、そっちのほうがかっこいい、という答えに帰結するのだろうが。
「須藤、お前ならあの二匹、どう対処する?」
「ば、化け猫を倒すにはお札を四方に貼りつけてデリート……!」
「現実逃避すんな!」
連携するにしても四匹すべてで行動するのは効率が悪い。敵は手分けして探し、見つけたら仲間を呼び寄せるというやりかたを取ったようだ。鼻が利くかどうかはわからないが、シンナーのおかげである程度利かなくなっていると思いたい。
何にしても予想通りだ。
残りの二匹は回り込んで挟み撃ちをしようとしているか、もしくは別の場所を探しているか。
さすがに足は速い。猫はすぐに俺たちの背後に追いつく。だがこれも想定の中に入っている。
俺たち自身をおとりにして、俺たちのタイミングで襲わせる。それはもうこちらが敵の攻撃をコントロールしているのと同じだ。
「少しくらいは自分で考えろ。ずっと俺だけに任せているつもりか? 人にばかり頼り自分は楽をする、そんなことで今後もやっていけると思うのか。恥を知れ。自分の無能さも自覚できない無能が一番いらないんだよ!」
化け猫の一匹が転倒し廊下に突っ伏した。
俺が土の塊で作ったトラばさみに足を取られたのだった。俺の土の能力は手から離れても遠隔操作が効く。挟む力に関しては、硬い時だと柔らかい時より幾分も強くなってはいるが、念のため姫鶴のリトルペンナイフで廊下に固定しつつ切れ味を添加させることでカバーする。
だが、硬さを維持するためには悪態をつかねばならなかった。俺が過剰に文句を言ってしまうのは大変不本意で仕方のないことだが、これはこれで楽しいからよし。
「一匹は足止めしてやった。ありがたく思え。もう一匹はお前がやれ! ――一対一だが、それでもお前は勝てないんだろうな!」
「抜かせ!」
一匹でも飛びかかってくる化け猫を須藤は『銀の楔』が刺さった腕で穿つように消し去る。
立て続けに動けなくなっている猫も『銀の楔』の光で消し去る。
これで、残りは二匹。こちらは須藤が再構築する化け猫と併せればこちらの頭数は五。形勢は逆転した。
「すまんな、須藤。この土の特徴らしくてな。悪口を言わなければ硬さを維持できない」
「ああ、道理で……なんか俺の心が傷だらけになっていくんだが」
「我慢しろ」
周囲を警戒するが、もう二匹はまだ来ない。
姫鶴はというと、面白くなさそうに口を曲げていた。
「むー、私には謝ってくれないのに……」
「何か言ったか?」
「なんでもないですっ」
すぐに前方から飛散したような青い塗料が廊下の角を曲がって現れる。
これ目撃者がまた幽霊だのなんだのと騒ぐのだろうなと思いつつ、
「逃げろっ!」
俺たちは敵に背を向けて走り出す。
須藤が自分のものにした化け猫で援護しつつ、同じ要領でもう二匹も難なく倒した。
これで出てきていた敵の能力は全て無力化したことになる。
「こんなんで本当に能力の持ち主にダメージが行くのか?」
「ああ。たぶんな」
須藤は曖昧に答える。
それと同時に――
「…………!」
夕日に当たって伸びていた須藤の影から、猫の耳がぴょこんと出現する。
化け猫は影から出てくるように姿を現したのだ。
あまりに虚をついた奇襲だった。いや、影から出現するという特性をはじめから持っていたんだろう。
俺はとっさに姫鶴をかなり強い力で突き飛ばしながら、自分も同じ方向に飛び退いた。一瞬あとに猫の爪が空振りする。
避けている間にさらに二匹化け猫が増える。同じように須藤の影から出てきたようだ。一匹が俺と姫鶴に、二匹が須藤に対して、それぞれ戦闘態勢をとる。
まずい、分断された。
「くそっ。こっちはこっちで逃げるぞ姫鶴!」
「あいたたた……はいぃ」
尻を突き出すような感じで廊下に四つん這いでいた姫鶴は、涙目で背中をさすりながら立ち上がった。
そして逃げる途中――須藤に抱かれながらも、やけにぐったりしている小夜が目に入った。怪我が思ったよりもひどかったのだろうか。いや――
「そういうことか!」
得心いきながら、周囲の状況を把握する。
須藤を襲っているのが二匹、こちらについてきているのが一匹。
さっきまでは須藤の能力に頼りっぱなしだったが、この一匹は俺たちで仕留めなければならない。ほかの猫たちに比べて足は遅いようだが、そのぶん巨大でパワーがありそうだった。口も大きく、噛みつかれでもしたら土の防御範囲ではカバーしきれない。
「なっなにがそういうことなんですか?」
姫鶴は一歩遅れて走る俺についてくる。
走りながら、何も知らない生徒とすれ違う。生徒は何も気づかず、やけに必死こいて走る俺たちを一瞥するくらいだ。猫も手を出さない。
俺は戦いやすい場所はどこだろうかと考えながら、姫鶴の問いに答えた。
「化け猫を使う襲撃者はあの黒猫――小夜だ。間違いない」