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9 小夜(さよ):奪還作戦

「姫鶴よ、お前も何かしら目的があるんだろう?」


 歩きながら、俺は姫鶴に問うた。姫鶴はいぶかしげにうなずく。


「はあ……まあ、そうですけど」

「さっきまでは興味がなかったが、気が変わった。その目的、協力してやってもいいぞ」

「本当ですか!」


 ぱっと笑顔になる姫鶴に、俺も笑顔で答える。ただしやや邪悪さを醸してはいたが。


「俺の下僕になって俺に仕えるがいい。そうすればお前の願いくらい叶えてやろう」

「げぼっ……げぼくって?」

「つまり一生俺にこき使われるんなら協力してやらんでもないってことだ。これはかなり名誉のあることだぞ」

「お断りしますっ」


 いつも弱気なのに、今回ばかりは即否定された。さすがにダメか。


「そういえば私、遼さんの名前初めて知りました……」

「ああ、そういえば名乗ってなかったか?」

「むー」


 なんだよ。そんな不機嫌になることか?


「……あの、私が遼さんの目的に協力しますから、遼さんは私の目的に協力するっていう条件じゃだめなんですか」

「なんで俺とお前が対等の立場で手を取り合わねばならんのだ。悪魔の取引だぞそれは。お互いいつだって裏切れるし、一方の目的が先に達成されたらもう一方の目的がないがしろにされることは目に見えている」

「私の目的が先にかなっても遼さんに協力しますよ」

「俺は逆の立場なら協力しないぞ。いいのか?」

「ええー……」

「それに、例えばお互いの目的が『本』関係だったとして、どちらかの目的しか達成されない状態になった時、お前自分の目的は捨てられるか? 俺は無理だ。お前も無理ならお互い譲れない状態になる」

「えっと、それは……」

「そしたら殺し合いになるだろ?」

「話し合いになりましょうよ! なんでそんなに極端にひねくれてるんですか!」


 とにかくお互いが協力し合うのは保留だ。といって俺は話を切った。

 ……何かしら姫鶴の弱みを見つけてそこにつけ込むしかあるまい。須藤も同様だ。今はとにかく俺のための兵がほしい。


 体育館裏は雑草の茂った涼しげな場所だ。陽の光はわずかに入り、ペンキのはげてささくれだったボロボロの木製の椅子がぽつりとある。猫が雨風をしのぐためにわざと残してもらっている廃材らしい。


「!」


 その椅子に乗っている小さな黒猫がいた。須藤が言っていた仲のいい猫がこいつだろう。

 問題は――昨日俺たちが襲われた化け猫に襲われていることだった。五匹の化け猫に取り囲まれている。小夜と思われる子猫は前足から血を流しながら震えていた。


 俺たちはとっさに壁際の陰に隠れ、その様子を観察する。


「化け猫が猫を襲っている……?」


 明らかにおかしな光景だった。

 なぜ猫など襲う必要がある?


 襲撃者の目的が見えない。まるで本能のまま襲いたいから襲っているとでもいうようだ。

 それとも、化け猫の主は俺たちがここへ来ることをあらかじめ知っていたのだろうか。だとしたらどうやって?


「小夜……!」


 飛び出そうとする須藤を俺は肩を掴んで止めた。


「やめとけ。あれだけの数に囲まれていたらひとたまりもない」


 しかし猫にも能力が見えている様子である。野生の勘で見えるのか――猫がじっと何もないところを見るのはそこに幽霊がいるからだという迷信があるが、そういった類だろうか。もしくは適性があるのだろうか。でもそうだとすると、『参照者』の適性とかガバガバすぎないか?


「助けよう」

「俺に言うな。なんだそれ提案か?」

「おい、じゃあ黙って見てるってのか!?」

「あれではもう手遅れだ。あきらめろ」


 一匹でも手こずるのにそれが五匹だ。

 ……手はなくもないが、分の悪い賭けだ。あまりに危険すぎる。猫一匹にかけてやれるリスクではない。


「たしかにお前にとってはどうでもいいことだろうけどさ……じゃあ俺一人でもやるよ」


 須藤は手から『銀の楔』を取り出すと、それを自分の右腕に突き刺した。右腕がほのかに銀色の光を帯びるとともに須藤の顔がゆがむ。


「いってえぇぇ……」


 痛いんだ。


「べつに腕に刺さなくてもよくないか?」

「腕で能力消せるとかっこいいだろうが!」

「そこ?」

「そこしかないだろ! マフラーにも刺してみたけど、やっぱり腕がしっくりくるんだよ!」

「お前のそのマフラーそんなしょうもない理由でボロボロになったの!? 捨てろよ! みすぼらしいし似合ってないし、まだ季節春だし、何もかもかみ合わないんだよ! 捨てて冬にまた新しいの買えよ! 気持ち悪いな!」


 須藤はもう二本おまけに楔を自分の腕に刺すと、さっそうと化け猫どもの前に躍り出た。


「おい須藤! そんな無闇に行動して、何か策でもあるのか!」

「そんなものない!」

「須藤さん、私も協力します!」


 続いて姫鶴も飛び出していく。お前もか。今の話聞いてたか?


「お前のようなのがあれに対抗しようとしてもどうにもならんぞ!」

「それでも、見てみぬふりをするよりましです! 私は私の後悔しない道を行きます!」


 止められる雰囲気ではない。やれやれ。


「……役立たずが一丁前のセリフを吐くんじゃない。そんななまくらでどう対抗するつもりだ。須藤、お前もだ。お前の能力……『銀の楔』は強い。ただしそれは単体に対してだ。いきなり複数からかかられて対処できるのか? 右腕以外は生身なんだぞ。猫を守りながらあの数をすべて倒すなんて芸当できるのか?」

「やってみないとわからないだろ!」


 飛びかかってきた化け猫を楔の光で一匹消し去ろうとする。が、側面から別の猫が鋭い爪で飛びかかり、須藤は姫鶴のナイフの援護を受けながらすんでのところで飛び退いた。


「くそっ」


 須藤が舌打ちをする。

 なっちゃいない。全然なっちゃいない。

 戦力はこちらが劣っているのもあるだろう。しかしそれにも増して作戦が突っ込むだけでは勝てるものも勝てない。なんて苛々する戦い方だ。


 俺は壁越しに二人が戦う光景を覗きながら、ため息をつく。


 ――迷わず前へ出た。


「須藤、敵を全て倒してから助けるなんて考えるんじゃない! まずは猫の確保を最優先して行え! 姫鶴がおとりになりながら須藤が攻撃し敵の連携を絶って包囲の一点を破るんだ! 二人でまず一匹仕留めるように行動しろ!」

「遼!」

「遼さん!」


 こちらへ振り向いた二人が俺に注目したが、俺はそんな期待のまなざしを荒々しい声で一蹴する。


「馴れ馴れしく呼ぶな! 早くしろノロマども!」


 化け猫たちは二人をもう敵と認識している。


 化け猫の一匹が小夜へと飛びかかった。小夜は後ろ脚をうまいこと使って跳躍しそれをよけようとする。

 俺は手の中で硬くなっていく土の短剣を二匹の間に投げつける。短剣は化け猫の右耳へ命中。決定打ではないが、化け猫は少したじろいだ。

 姫鶴は地面からナイフを生やしてほかの猫を牽制する。小夜は敵の合間をするりと抜けてくる。一匹進路を阻んでいた化け猫がいたが、須藤の銀色に光る腕が呑み込んだ。化け猫はあとかたもなく消え失せて――


「小夜!」


 前足をひょこひょこさせながら、小夜は須藤の腕に抱かれる。

 すかさず須藤が無力化した化け猫を自分の眷属として再構成し、敵の化け猫へ突撃させた。


「よし、小夜は確保したぞ! あとはどうすればいい? どうすればこいつらを倒せる!?」


 俺は歯を見せて笑った。


「上出来だ! ならば教えてやる――数も戦力も圧倒的に劣っている状況下で、いかにして味方を勝利に導くか」

「具体的には?」


 俺は踵を返して走り出した。


「逃げるんだよォォォーッ!」

「うわーっやっぱりそうだったァァァンってバカ!」


 つられて須藤と姫鶴も俺の背中を追って走り出す。

 俺はそこから急停止し、急旋回。囮の化け猫を集団で仕留めていた敵に向き直る。


「だがただでは逃げん!」


 俺が取り出したのは青い液体の入ったペットボトルだ。中身は青い塗料をシンナーで溶かしたもので、ペットボトルはあらかじめ二つに割ったものを軽くくっつけ、ぶつかると中身をぶちまけるように細工してある。

 振り向きざまの勢いで、それを猫どもに向かって投げつけた。

 壊れたペットボトルから飛び散った青い塗料が猫どもをもれなく染め上げるのを確認してから、俺はまた走り出す。


「俺が透明化に対してなにも対策せずに来ていると思ったか!? シンナー入り塗料の味はどうだクソ猫どもが!」


 すぐに須藤と姫鶴に追いつく。どうやらペースを落として待っていてくれたようだ。


「で、これからどうするんだ?」


 走りながら須藤が俺に訊いてくる。


「無論撤退はせずにこのまま迎撃する。化け猫どもを一匹残らず駆逐するぞ」


 進路を学校内へとる。人気のない場所が最適だ。相手の目的はいまだにわからんが、俺に逆らったことを後悔させてやらねばならん。

 頭の中で次の行動を練っていると、姫鶴が俺の顔をじっと見ながら微笑んでいた。


「何か言いたげだな」

「なんだかんだ言って猫ちゃん助けてくれるんですね」

「……俺はべつに猫なんてどうでもいいし助けようなんて思ってもいない。今ここで化け猫の主を叩いた方が上策だと判断しただけだ」

「でも私たちも助けてくれました」

「俺は自分の駒を無闇に失ったりする無能じゃないんでな」

「えへへ、そうですか」


 姫鶴は俺の話を聞いているのかいないのか、暖かい笑み。

 俺はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 しかし、この俺が人助けどころか猫助けか。……昔の俺ならこんなことやっただろうか。

 自問したが、答えはすでに決まっていた。

 今だって強大な魔法があれば子猫ごと化け猫を消し炭にしていたはずだ。魔法が使えないからこんな手に頼らざるをえないだけの話だ。そうとも。


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