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なんか殺されました

「この魔槍がこうも簡単に防がれるとは。その『本』から得た力か、それも……!」


 玉座のそばで仁王立ちする俺は、黒きローブに身を包み冷めた顔でいるカストールをいまいましげに見つめた。魔槍を持つ手に力がこもっている。


「終わりだ、覇王ディアボロスよ」


 俺の言葉には答えず、カストールが一方的に告げた。まるで死刑の宣告でもしているようだった。


 すべてが誤算だった。それもこれも、カストールの持つ『本』の能力が桁外れていたせいだ。


 題名の書かれていない暗いブラウンの表紙だった。やや厚めの何の変哲もない本だったが、魔導書の類であろう。

 ただし、この世界――ウェイミリカに存在する既存の魔法大系とは少し違うようだ。


 その『本』は、手にした人間に個別に能力を与えていた。その力があまりに強大だった。今までの魔法が児戯のように思えてくるような。


「ふざけるな。こんなことは、あってはならない……!」


 カストールの周りには、九つのプレートが合わさった花のような一つの盾が形作られていた。

 『本』から与えられた盾の能力。あれにこの俺の魔法がすべて防がれた。


 間隙をついて、俺の懐に飛び込む影があった。若く美しい女だった。年の頃は二十前後くらいだろうか、やや童顔気味の顔つきだ。腰まであるまっすぐな黒い髪が、たおやかに揺れている。

 細腕ながらも両刃の二刀を携えて肉薄する。


「あなたに殺された人や、滅ぼされた国の無念を今、ここで晴らします!」

「滅ぼした? 支配してやっていたんだよ!」


 俺は魔力障壁を発生させたが、女はそれを料理に使う卵を割るときのような容易さで軽々と破った。


「ぐああっ!」


 俺の全身には、魔法詠唱の省略に必要な刻印が余すことなく刻まれている。それを体ごと切り刻まれる。両腕が切り離されて床に転がり、体中から鮮血をほとばしらせた。


「カグラ様!」


 黒髪の女が叫ぶと、矢継ぎ早に追撃が来る。カグラと呼ばれた右の瞳だけ赤い少女が、憤怒の形相で、風の魔法剣のような武器を携え、俺に迫り――


「カストール、カグラ……憶えたぞ。俺はまだ、終わるわけには……!」


 最期の呟きさえ呑み込んだ目にもとまらぬ一閃が、俺の首元をとらえた。


 ――首を飛ばされる瞬間、俺は自動筆記の魔法で自らの心臓に魔法陣を描き、すんでのところで魔法を発動した。

 それは自分の心臓を捧げて、肉体から魂を分離させる禁呪だった。


 発動は成功した。俺の意識はするりと自分の身体から抜け出る。


 激しく魔力を消耗するから、回復のために眠りにつかなければならないのが難点だ。すぐに反撃とはいくまいが……復活と再臨は絶対になしてみせる。


 魂だけになって、頭と胴が切り離され倒れている自分を見据える。隣には、剣についた血を振り払いながら息をつくカグラがいる。


 口惜しいが、今はこのまま眠ろう。

 ――だが絶対に奴らを忘れない。いつか必ず皆殺しにして、あの『本』も破壊してやる。必ずだ。




 …………



 やばい。

 寝すぎた。


 俺は朦朧とする意識にどうにかムチを入れる。

 しゃきっとしろ、覇王ディアボロス。数多の国を滅ぼして世界を恐怖のどん底に陥れた悪魔のような男がこんなことでどうする。


 まったく知らない場所にいる。どこだここは。俺の城がどこにもない。


 どころか、見知っている建築物がひとつもない。

 いるのが人間だけというのも変だ。魔族はともかく亜人も見かけないとは。見たこともない服に、聞いたこともない言語。異世界人かこいつらは。俺はどこへ来てしまったんだ?


 などと思ったところに、頭を強打されたようなめまいが襲ってくる。

 俺の中の魔力が少なくなっている。


 ……いや、もうほとんど尽きかけている?


 魔力回復するために眠ったのに、目が覚めたら魔力が尽きかけていた。何を言っているんだ俺は。


 少し眠れば魔力は回復するはずだ。なぜ空気中の『魔力因子』から魔力が供給されない? 魂は魔力をエネルギーにして動くから、魔力が完全になくなったら消滅してしまう。まずい。


 あっ! そうだ! カストールだっけか? あとカグラと、黒髪の女……名前知らんが。

 今思い出したわ。ちくしょう、絶対見つけ出して殺してやるからな。


 うまく思考が回らない。記憶もあいまいになってきている。


 ――気を抜くと、今までのことすべて忘れてしまいそうになる。


 思いのほかまずい状況だ。

 俺は周りを見渡して、そのへんの母親にだっこされていた一歳にも満たない赤ん坊に目をつける。


 魂とは後天的なものだ。生まれて物心つくころから死ぬまで、じっくりと生成される思念の結晶のようなものだ。

 だから入るならまだ魂の形成されていない、物心のついていない純粋な身体へ入るのが望ましい。下手に魂のできている身体に入ると、魂同士が身体の覇権をめぐって争いを起こしかねない。


 本当は魔族の身体とかのほうがよかったが、もはやえり好みはしてられない。

 

 俺は薄れる意識の中、残りの魔力を振り絞って赤ん坊の身体の中へと入った。


 魂は何の反発もなく身体に定着する。よかった。――俺は安堵して気を抜いた。


 後戻りはできない。

 俺はこれから人間として、もう一度覇王としての道を歩むのだ。

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