悪役姫の兄は色々怖いです。
前回のあらすじ~「さぁ、破談しよう」(クレア)
「集中しろ」
クレアです。前回のあらすじをさくっと簡単に説明すると、私は国王である父上に隣国王子との縁談を破談にすべく執務室に向かっていました。
ですが、途中で兄である王太子エドワルドに捕獲されました。頭をぐわしっと掴んでずるずる廊下を引きずられ、兄の自室に連れ込まれた次第です。どうでも良いですが、髪が抜けるので頭を掴むのはやめて下さい。
そんなわけで今、私は兄の部屋で針と糸と布をもって刺繍をしています。え、脈絡がないですって?これには海よりも深い事情があるのです。多分。
「部長、できません」
ちくちく、ちくちく、ぶすっ。無言で手元の針を動かします。ぶすっと自分の指を刺すのはこれで何度目でしょうか。布にはところどころに点状の血痕ができています。自慢ではありませんが、キングオブ不器用な私にこのような細かい作業は土台、無理です。
そもそも姫であるクレアは自分で家事をこなす必要なんてないから困らないんだよ。けっ。
ちらりと鬼い様の方に視線をやれば、顔を覆って何やら呪文のような言葉をぶつぶつ呟いておりました。
「私の知るクレアたんはできた。できたんだーっ!」
「貴方の知るクレアはもうおりませぬ。木から落ちた衝撃で先程死にました」
人格的な意味で。残酷な話ではあるが、現実を見据えて頂かなくてはならない。そもそも過去の話を持ち出すなんて、女々しいったらない。あ、でも、前世はこの人も女だったっけ。
先程知ったことですが、エドワルドお兄様の中の人は私の前世の職場での女上司だ。千年の恋も醒めるというか、私の一番お気に入りのイケメン攻略キャラだっただけに色々遺憾でならないのである、まるっ。記憶が戻ってから思い返せば、確かに兄の言動は色々腑に落ちない点は多々あった。
「なんで中身が相川なんだ。残念過ぎる」
「それはこちらの台詞です」
好きで転生したとでも?私は望んでクレアに転生したわけではない。正直、デブで不細工な悪役姫に転生するくらいなら、その辺の普通顔の庶民のモブになった方がましだ。貴族や王族なんて裕福な生活はできても、色々柵が多くて不自由だから現実にはごめんだ。飢えに苦しもうとも、貧乏に泣こうとも自分の好きに生きられる方が良い。
「部長、姫である私に刺繍は必要ありません」
「お前に必要なくとも、クレアたんには必要なんだよぉっ」
「先程悪役は引退したので、必要になることはありません」
ゲームのクレアのヒロインへの苛めは全て自らの手で行われる。デブレアの愛称で親しまれて残念なクレアだが、基本スペックは庶民のヒロインより上だ。馬鹿だけど成績は良いし、デブだけど運動神経は良い。確か刺繍の腕前は国一番とかいう設定だったような気がする。いじめにも刺繍が使われるのだが、その素晴らしい腕前ゆえに足がつくという何とも間抜けなイベントがあったような気がする。
「退化するなんて、詐欺だ!」
「進化と言って頂きたいですね。前の私の奇行の数々をお忘れですか?」
「そこがクレアたんの可愛いところだったんじゃないか!中身がまともになっても何一つクレアのできたことができない今のお前を退化以外の何と言えばいいんだ!」
エドワルドお兄様の言葉に私は衝撃を受けた。確かに、旧型クレアはこの重たい体を重力を無視するかのように縦横無尽に機敏に操っていた。今の私には無理だが、確かにあいつは自分の手足で木に登ったのだ。馬鹿だが頭は悪くなかったし、顔に似合わず手先は器用だった。旧型クレアはなにげにチートだ。流石、ヒロインのライバルキャラだね。
あれ?取り柄が全てなくなってないか。というか、記憶を取り戻した途端クレアの取り柄が全てなくなったのなら、最早ただのデブなんじゃ…。
「絶望しかないじゃないか」
「それはこっちの台詞だよ。折角、クレアたんの残念な言動がリアルに拝めると思ってたのにな」
何てことだ。頭はまともになった筈なのに前より残念になったとか残酷すぎるにも程がある。
「相川、今からでも遅くはない!頑張って悪役の星を目指すんだ」
「いや、無理っす。頭や運動神経は鍛えればどうにかなるかも知れませんが、不器用につける薬はないので…」
悪役の星とか意味のわからないものを目指している暇は私にはない。平穏な人生を送るためにまずは隣国王子との縁談を破談にするのだ。
そうと決まればこんなところで、刺繍に精を出している場合ではない。私は針と布を放り出し、決意を新に椅子から立ち上がった。
「あぁ、思い出した。お前が死んだ後、後始末が大変だったなぁ?私は責任とらされてくびになるしな。お前が寝取った男の彼女?お前を刺した後、逮捕されたし。お前の家族には遺体受け取り拒否されるしな」
「き…汚い。そんな昔の話を持ち出すなんて」
全ては前世の私がしたこと。今のクレアには関係がない…が、多少の良心が痛まないと言えば嘘になる。
「あぁ、ちなみに国王には私から手を回すからお前が縁談を断っても無駄だよ?その場合は変態じじいに強制的に嫁ぐことになるけどね?」
うぬぬ…これは立派なパワハラだ。前世なら労働組合に訴えてやるところだ。くそう、何故に私は王太子に生まれなかったんだ。前世の上下関係を転生後も引き継ぎとか、本当に要らねーよ。どんなプレイだよ、全く。
「私、悪役界の星を目指しますわ!」
言うしかなかった。こうなったら立派に悪役を勤めあげた後、平凡な余生を送ろう。部長には契約書を書いてもらうか。口約束ほど信用ならないものはないもんね。
ありがとうございました(*^ー^)ノ♪多分、続きません。