22.盗賊団討伐2
カラス山の麓に位置する坑道跡。
近衛兵団と白羽の面々は出入口を包囲し、到着してすぐに坑道跡へと偵察隊5人を送って1時間程経過した頃、痺れを切らせた白羽の部隊長がさらに5人を追加。
それからさらに1時間余りが経過していた。
包囲した部隊の後方に設置されたテントの中で、クロハ、ミナト殿、シロウ殿、儂の4名が椅子に腰かけている。
その真ん中に置かれたテーブルの上に、坑道の地図が広げられている。
「まだ一人も、帰ってこないのか?」
「はい、一人も……」
「この地図が正確であれば、それほど広くもない。掘り始めて約半年程度で放棄された坑道だ」
「えぇ、一直線とは行きませんが、それほど分岐も無いようですし、奥まで行くのに歩いて約30分程度、他の場所を調べたとしても1時間もあれば全て回れそうです」
「それが、もう2時間を過ぎて2組とも戻らないとは、いくら慎重に進んだとしても遅すぎはしないか?」
「そうじゃなぁ、中で何かあったか……、む?何やら外が騒がしいのう」
儂がそう呟いた後、テントへと慌てて駆け込んでくる一人の兵士。
本来ならば声をかける事なくこの場へと飛び込んでくる事をたしなめなければ示しが付かないのだが、それを躊躇われる程の慌てぶりに、火急の要件である事は察しがつく。
その飛び込んできた男は白羽の元傭兵だった兵士で、それなりの場数を踏んでいるのはその体躯や面構えを見ればある程度は解る。
そんな体格のいい強面の男が、顔面蒼白で、対面を繕う事も無く転がりこんできたのだから何かあったのは明白すぎる程だった。
「す、すいません!すぐにっ!と、とにかくすぐにお越しくださいっ」
「何かあったのか?少し騒がしい様だが……」
「て、偵察隊の一人が戻ったのですが……、酷い状態で」
シロウが部下へと駆け寄り、返す言葉を聞くよりも早くクロハがテントの出入り口へと走り、飛び出す。
直ぐに皆がそのあとに続き、外へと飛び出した。
テントから出た後、ざわつく兵士達は皆一様にテントの方へと振り返り、歩みを進めるクロハに道を開ける様に不安そうな表情を浮かべながら左右へと別れていく。
ゆっくりとこの騒動が起こっている中心地、坑道の入り口近くへと歩みを進めるクロハの後ろに儂らは続き、兵士が回りを囲む原因の地へと歩み寄った。
そこには、治療を受けている一人の兵士が横たわっている。
既に満身創痍と言っていいほどの状態だ。
乱雑に切り裂かれた体からは絶えず流血し、傷口からは明らかに見えてはいけない物が飛び出ている。
右腕はあらぬ方向に曲がり、親指以外の指が無い。
左腕は、最早原型を留めておらず、至る所が拉げて皮一枚で辛うじて付いていると言っていい程だ。
唯一傷が少ないのは下半身だが、これも無視していい程の怪我ではない。
至る所が血に染まり、その傷の深さを物語っている。
辛うじて動く下半身を無理矢理引き摺り、命からがら逃げのびて来たのだ。
彼は最早助からない。
それは誰が見ても明らかだった。
この坑道跡から出てきた兵士の惨状に、10人の兵士を送ってたった一人が戻ってきたという状況。
加えてその戻ってきたたった一人も、今にも命が尽きようとしている。
皆の動揺を誘うには十分だ。
クロハはゆっくりとその横たわる兵士に近づき、腰を下ろした。
「中で何があった?他の者は?」
「ば、ばけものが……、他の、やつらも……、みんな、あいつらに……」
クロハの問いに途切れ途切れに何とか言葉を紡ぐ兵士だったが、途中で喋る気力も無くなり、虚ろな瞳を浮かべて事切れていた。
しかし、先の兵士の言葉。
化物と、言ったか?
あいつらと言った言葉から敵は複数である事は解る。
化物についてはさきの言葉だけでは詳しくは解らないが、往々にして圧倒的強者を化物と揶揄する事はある。
まぁあの農村の惨状を見れば、唯の盗賊団の仕業とはどうしても思えない。
殆ど焼け落ちてしまっていたが、ある程度の形を保っていた民家は見て回っていたのだが、不思議な事に硬貨やその他もろもろ、大凡盗賊団が目的とするような財産が殆ど焼け焦げた状態で手つかずだった。
という事は、あの惨状を作り上げた犯人の目的は、あの虐殺という事か。
と少し思考していた所で、事態は起こった。
突然、獣の様な速さで坑道跡の暗がりから躍り出て来た複数の影。
その影は、近場に居たクロハや儂らの周りを囲んでいた兵士達へと襲い掛かった。
その数は5。
シロウ殿が慌てて指示を出し、すぐに自分の持つロングソードを抜き放った。
「っ!?数は少ない!慌てるな!囲んで対処しろ!!……な、なんだ?あいつらは……」
指示を飛ばした後、小声でつぶやくシロウ殿。
指示を聞いた直ぐに近くの兵士達は臨戦態勢を整え、迎撃に向かうのだが……。
「あれは……、なんじゃ?」
声が少し上ずっているのを自覚した。
動揺している。
それも当然と言えば当然か。
周りの兵士達も何とか平静を保っているが、その顔には明らかに動揺の色が伺える。
その此方に襲い掛かって来た者の姿をよく観察する。
身長はそれほど大きくは無い。
ボロイ腰布だけを巻いたその姿は、大凡150cmと、小さいと呼べる程だ。
しかし、その子供と見紛う程小さい容姿とは不似合いな、鼻だけが異様にデカい醜悪な顔。
髪の毛は無く、瞳は白く濁っていて、黒い部分は全くない。
その肌は、茶色っぽく、普通の人間ではない事は明らかだ。
何より、その頭部に生える一本の小さい角が人間である事を全力で否定していた。
その場にいる誰もが心の中でつぶやいただろう。
先の事切れた兵士の言葉を反芻する。
化物、と。
そしてその小さい手に持っているのは、こん棒の様な物だ。
持ち手付近は削っているのか細いのだが、先に行くほどに段々と太くなり、先端部分は丸みを帯びて膨らんでいる。
肉を潰す事を目的とした武器である事が解る。
計五か所で起こっている戦闘で解る通り、剣でも容易に切れない程それは硬い様だ。
動きは野性じみていて、力もかなり強いのが解る。
「くそっ、何なんだこいつは!このっ!」
「お、おい!危ないぞっ!」
「え、……ぎゃぁぁっ!」
こん棒を取り落とした一体の化物は、その身に剣を受けながらも止まる事無く、一人の兵士に飛びかかった。
目を疑うと同時に、目を反らしたくなるが、その光景から目が離せない。
飛びかかった化物は、その兵士の鼻に齧りつき、思い切り嚙みちぎった。
そしてあろうことか、咀嚼していたのだ。
こいつらは、人を食うのだ。
暫し呆然とその光景を周りを囲む兵士達は眺めていた。
その間にも、化物はもう一度、もう一度と、何度も、何度も倒れた兵士に齧りつき、その肉を貪っていく。
ビクビクと痙攣していた兵士の体が動かなくなるのに、それ程時間は必要では無かった。
動かなくなった兵士の上で、顔を上げ、血で塗れた醜悪な顔をグルリともう一人の兵士に向けた。
そしてそれと同時に、はっと我に返ったその兵士が、手に持った槍を即座に化物へと突き出した。
それを見て更に周りに居た兵士達も我に返り、一斉に槍を突き出す。
「こ、このっ!ばけものめ!来るなっ!!」
「こ、殺せ!殺せ!!」
「うおおおおおっ!!」
「ぐぎゃっ!」
周りの4人の兵士に一斉に槍でその体を貫かれ、短く悲鳴を上げる化物。
血濡れた醜悪な顔が更に歪み、恨めしそうな目を兵士達に向けながら、絶命した。
どうやら残りの4匹の化物にも止めを刺した様で、一時騒然とした場が一先ず落ち着くかと思ったのだが、そこでまた新たな影が坑道跡から飛び出してきた。
その数は3体。
完全に周りの気が緩んだ一瞬をつかれ、飛び出した3体の化物は囲みを無理矢理突破し、兵士達の少し後方に居た儂とクロハの方へと迫っていた。
少し離れた場所に居たミナト殿にシロウ殿と数人の兵士がすぐに駆け付けようとするが、化物達の方が一歩早い。
焦燥の色を浮かべるシロウ殿の顔をチラリと見た後、隣にいるクロハを見る。
その表情は、何処までも涼しげで、唯々冷めたその瞳には、3体の化物の姿が映っている。
あの姿と獰猛性、更にそれらの牙が今まさに自分に迫ろうとしているというのに、驚く程冷静だ。
隣に儂が居るから、だろうか?
否、例えクロハが一人だったとしても、この冷静さが失われる事は無いだろう。
彼女が動揺する事はあるのだろうか?
クロハには、説明できない何かがあるのだろうと思う。
それこそ、物事に対する、確信の様な、何かが。
そんな主に、少しの笑みが零れた瞬間。
今まさにクロハへ飛びかかろうとした一匹の化物の大きく開いた口へ、一本の矢が飛来し吸い込まれる。
クロハの頭から数センチ、もしくは数ミリ単位での精密射撃。
クロハの影からの射撃に、どれほど野性じみた動きをした化物でも、躱すことは不可能だった。
その矢は口内へと深く突き刺さり、喉を貫いている。
しかし、それだけでは絶命には至らず、その場でたたらを踏むに留まる。
そこで間髪入れずに止まった化物へと更に3本の矢が飛来する。
そのうちの2本はまた所狭しと口内へ吸い込まれ、3本の矢がうなじ辺りから飛び出している。
そして最後の一本はその額を貫いていた。
流石にそれで、化物は後ろに倒れる。
余裕を持った攻撃に射手であるユーリの遊びが見える。
確実に一発で仕留める様に教えた筈だが……、後で説教じゃな。
そしてその右側、左側から時間差で迫る残りの二匹。
右側をチラリと見た後、儂は左の化物へと向かう。
右側の化物が手を伸ばした瞬間、その肘から下が切り離されて宙を舞っていた。
クロハの傍らには、いつの間にか二人の忍び装束を身にまとった少女がいた。
そのうちの一人、ツバキが小太刀を抜き放ち、腕を飛ばしたのだ。
そしてもう一人の少女、カエデは思い切り腕を振りかぶり、無造作に、無防備な腹へと向かって打ち下ろす様に拳を叩き込む。
ゴキゴキッと異音を立てながら、その力任せの拳によって化物は骨を砕かれながら地面へと叩きつけられた。
その口からはゴボゴボと音を立てて血があふれ出している。
恐らく折れた骨が内臓に刺さったのだろう。
その光景を横目に見ながら、儂も一匹の化物と相対する。
先の化物達の末路の一部始終を暫し驚いたような顔で見ていたシロウ殿が、儂が一人で化物と向かい合っているのに気づき、加勢に入ろうとしたが、近くにいたミナト殿が止めていた。
そして、無造作に振り上げられたこん棒が儂へと迫る。
「なんとも……、力任せな攻撃じゃな」
儂はそれを余裕を持って交わし、隙だらけなその顔面を軽く小突く。
「ほれっ、本気でこんか」
「ギャッ!」
そんな儂の挑発に、化物はあからさまに鼻息を荒げてこん棒を振り回している。
本気で来いと言ったのに、その動きは更に粗雑になるばかり。
物の怪とは、こんな物かと少し落胆を通り越して呆れる。
「もう良い」
儂はポツリと呟き、振り下ろされたこん棒を避けた後、即座に間合いを詰める。
儂は右手で化物の額を後ろへ押し込み、その足を払った。
それでバランスを崩した化物は、少し宙に浮き、地面へと倒れこんだ。
勿論起き上がるスキを与える事は無く、その細首を思い切り踏みつける。
「グゲッ!!」
首の骨を踏み折られた化物から間抜けな声が漏れる。
そしてその場は、ようやく一段落を迎えたのだった。




