18.皇帝
昨夜の刺客騒動は未遂に終わり、翌朝。
返り討ちにした暗殺者の首をクロハとミナト殿に見てもらったが、見覚えはないそうだ。
しかし、その服装には覚えがあったらしく、どうやらアリス教国の物であるとのことだった。
どういう経緯での刺客なのかは詳しく解らないが、クロハとミナト殿にはどこか心当たりがある様だった。
まぁ二人が口を噤むのであれば、深くは聞かない。
儂は降りかかる火の粉を払えばいいだけだ。
そして儂等三人は朝早くに予定通り皇都へと出発し、昼前には市街地を通り、城門まで辿り着いた。
市街地はただ馬車で横切っただけだが、こうも人の気配が薄い場所が皇都だとは聊か驚いた。
クロハの話では、皇都へ人が集まるのは軍が動く時が大前提で、それ以外の時は殆ど商業都市へと人口が流れているらしい。
しかし、それにしても人気が無さすぎる。
暗殺やら間者に対して余程の自信があるのだろうか。
少し儂の中の悪い虫が刺激されてしまいそうだ。
まぁ暗殺などという野暮な真似は儂の趣味ではないので、最終手段としてしかしないが、こう、忍び込みたくなる気持ちがウズウズと……。
そんな事を考えていると、儂の考えを見透かしてか、クロハが口を開いた。
「どうだ?殺れそうか?」
「そうじゃなぁ。人気は無さそうに見えて、その実チラホラと気配は見える。どれも手練れじゃが、忍び込むのは何とかなりそうじゃな」
「ははっ、全くアオイは頼もしすぎる。その若さで、この魔の都を見てそう言えるとは恐れ入るよ……」
そう若くもないからという言葉を飲み込み、横目にクロハを見る。
口では笑っているが、目が笑っていない。
その目に映るのは、緊張、それに少しの恐怖、か。
今皇帝を取ってもメリットが無い。
ただの戯れの言葉だが、いざその時が来れば恐らく彼女に迷いは無くなるだろう。
願わくば、暗殺などでは無く、戦場で相まみえたいところだ。
それはさておき。
城門まで辿り着いたが、迎えなどは一切無く、既に開け放たれている城門を潜り、その中へと足を踏み入れた。
暫く薄暗い城内を進むと、一つの人影がこちらへと近づいてくる。
儂ら三人は一先ず足を止め、近づいてくる人影に注視する。
薄暗い先からコツコツと足音を鳴らして近づいてきた人物は、柱から灯る小さな光源によって照らされる。
逆立った黒髪に、優しそうな目元。
心なしかその口元にも笑みが浮かんでいる。
大凡軍人とは見えない雰囲気だが、それでいて体躯は190を超える大男だ。
赤いマントを羽織った背の高い優男。
見た目は30代の中頃と言った所だろうか。
彼は儂らにある程度近づいて止まり、微笑みを崩さずに左手をひらひらと振る。
「やぁやぁ、待ってたよクロハ。久しぶりだねぇ」
そう気さくそうに話しかけてくる男に対し、儂らは跪き、頭を垂れる。
「お久しぶりです。ライドウ叔父様、ご無沙汰しております」
「いやー、いいよいいよ。頭なんか上げて上げて。大きくなったねぇ、何年振りかなぁ」
「皇都を出た時以来ですので、8年ほどでしょうか……。ライドウ叔父様も息災のようで、何よりです」
そう言いながら、クロハは立ち上がり、軽くペコリと会釈をする。
儂とミナト殿は跪いたままだ。
さすがに身分が違いすぎる。
儂は皇都の事を余り知らないが、さすがに皇族の名前ぐらいは知っている。
彼は、以前関わりを持ったカオル皇子の父親であり、皇帝陛下の実子であるライドウ・アマガミ。
軍事に関する決定権を持つ五将の一人だ。
彼もまた、大戦時代からの生ける伝説であり、皇位継承権第2位のヴェイリース皇国の大人物。
「皇帝陛下がお待ちだよ。クロハに会うのを随分楽しみにしていてね、昨日からクロハの事ばかり話していたよ」
「皇帝陛下には、本当に良くして頂いています」
「はは、本当に、よく気に入られているみたいだ。あぁそれと、待っていたのは本当なんだけど、ちょっと今は体を動かされていてね。クロハの到着は伝えたんだけど、途中でやめるのが嫌いだからさぁ、あの人。そっちに案内するように言われて迎えに来たんだよ」
「それはわざわざありがとうございます。少しタイミングが悪かったようで、申し訳ございません」
「いや、いいんだよ。皇帝陛下も気まぐれで始めたみたいだから。後ろの二人も付いておいで」
そう言ってライドウは後ろへ振り返り、歩き出した。
儂ら三人はそのあとへと続き、案内された場所は手入れの行き届いた中庭だった。
そこの開けた場所で剣を振るう人物が目に入る。
ある程度まで近づいた所で、ライドウが軽く頭を下げた後に声をかけ、後に続いた儂ら三人は跪き、頭を垂れる。
「お連れしましたよ。皇帝陛下」
「うむ」
軽く返事をしたが、剣を振るうその手が止まる事はない。
儂は頭を垂れつつ、チラリとその姿を盗み見る。
上着を脱ぎ捨てている為に上半身は裸で、ひたすらに剣を振るう男性。
無駄な肉は無く、その体は鋼の様に引き絞られている。
ピュンッと言う風を切り裂く音が何度も響く。
その手に握られているのは、クレイモア等の大剣よりもさらに一回り以上デカい。
ダンビラと呼べばいいのだろうか。
いや、それを振るう本人の180超はあるであろうその身の丈をゆうに超すそれは、それでもなお測りかねる。
あれを人が、振れるのか。
恐らくは本人にとっては簡単な素振り程度の力であろうその速度を持ってしても背筋に嫌な汗が流れる。
ならば本気で振ればどれほどの……。
そこまで考えた所でブルッと体が震える。
武者震い。
何日も、いや、年単位で絶食した後に目の前に差し出された極上のフルコースだ。
死合いたい。
ゴクリと生唾を飲み込み、狂おしいほどの劣情を仕舞い込み、頭を振るう。
そして改めて、大剣を振るう男を見る。
城内が手薄だとしても、彼を殺るのは至難の業だろう。
化け物というクロハの言も頷ける。
気配がオカシイのだ。
あの小さな、と言っても180超という大きさではあるが、それでも尚、この気配にあの体躯では釣り合いが取れていない。
あの矮小な器には大凡収まり切れていない強大な気配。
この男は、人では無い。
と、ここまで考えていた所で皇帝は満足したのか、素振りをピタリと止めて剣を地面に突き刺した。
そして上着に袖を通した後、ゆっくりと此方へと近づいてきた。
「久しぶりだな。クロハよ」
「はっ、ご無沙汰しております。皇帝陛下」
クロハが皇帝の言葉に答えたすぐ、皇帝は頭を下げるクロハの真正面、ほど近くでドカッとその場に腰を下ろして胡坐をかいた。
「堅苦しい挨拶はどうでもいいから顔を上げろ」
「はい」
クロハはゆっくりと顔を上げ、皇帝を真正面から見据える。
暫く沈黙が続き、次の瞬間、皇帝は噴き出していた。
「ふはっ、はははっ。いい目をする様になったな。アノ子も成長すればお前の様になったかな?……嫌、アレにその目は無理だな。ははっ、ははははははっ」
「皇帝陛下は、以前とお変わりなく、息災の様で何よりです」
「ふふっ、衰えている、とでも思ったか?残念だったな、はははっ」
皇帝は心底楽しそうに笑う。
その笑顔は、目の前の道化を嗤うように、楽しい喜劇に笑うように。
「あぁそう言えば、昨日送ったおもちゃはどうだった?楽しかったか?」
「……はい。とても……、すぐ壊れてしまいましたが」
その言葉に、昨日の出来事と今朝のクロハとミナト殿が繋がった。
成程、刺客はこの男の仕業か。
「なんだ、つまらんな。アリスの小娘に借りたんだが、どうだ、従者の一人でも死んだか?」
「いえ、私共は三人で参りましたので、ご覧の通り、皆ケガ一つなく……」
「ほう……、そうか。私の負けか……。ライドウ、アリスへ返事を伝えておけ」
「はっ、承知致しました」
「……今回は、私でどのような賭けをされたのですか?皇帝陛下」
「ん?いやなに、お前が連れてくる従者を何人殺せるかを賭けていた。二人以上殺せれば私の勝ちだったのだがな」
そう言い放つ皇帝。
成程、狂っている。
その肉体だけでなく、その心根さえも最早化け物と言えるだろう。
何と楽しい世界だろうかと笑みを零す儂であった。




