17.屋根上の刺客
皇都へと向かう道中は滞り無く進み、皇都ヴェルリンまで目と鼻の先という所まで進んだ。
皇都ヴェルリンと呼ばれる都は、皇族、貴族、そして兵士達の住まう都であり、娯楽や商業施設の類ははっきり言って皆無である。
都とは名ばかりの要塞と言った方が正しいだろう。
その変わりと言ってはなんだが、皇都から目と鼻の先、馬を飛ばせば小一時間程の位置に商業都市と呼ばれる街がある。
皇都ヴェルリンへの物品、食料の輸送を担い、そしてヴェイリース皇国内のあらゆる物資が、商業都市リバープールへと集まってくる。
呼び名の通り、ヴェイリース皇国の商業の中心地であり、実質上の首都と呼べる街だ。
そして、儂等三人は、アイシアの街からヴェイリース皇国への五日という道程を少し駆け足で進み、予定より一日早くヴェイリース皇国のほど近くに位置するここ、商業都市リバープールへと到着していた。
少し道中を急ごうと言い出したのは何を隠そうクロハであり、皇都へと登る前に、リバープールで骨を休めたいという事だった。
そして、リバープールへ今日の正午過ぎに辿り着いた儂達は、所狭しと並ぶ商人達の出店を回り、かなり高級そうな服飾店やら、土産物を置いた店等をクロハに連れまわされる羽目となった。
クロハの満足のゆくまで引っ張りまわされた結果、宿までたどり着いた時には既に日が暮れていた。
そして、少し豪華な食事を食べた後、ミナト殿は一人自室へと入り、儂とクロハは同じ部屋へと落ち着いたのだった。
因みに儂はベットが二つある部屋か、もしくはソファでもあればいいと言ったのだが、頑ななまでにクロハが譲ろうとせず、結局、巨大なベットが一つしか無い部屋となった。
部屋へと入るなり、クロハはゴロリとベットのど真ん中に寝転がり、儂はベットの端へと腰掛けた。
「いやはや、全く、戦をするより疲れたわい」
「何を言うか。楽しかったじゃないか」
「いや、まぁ、否定はせんが、慣れん事は疲れる」
「明日は皇帝陛下に会うんだ、少し羽目を、じゃない、英気を養わないと」
「ふむ、英気をのう・・・・・・、どうも、余程皇帝陛下を嫌っておると見えるな。儂は会うのが更に楽しみになってきたぞ」
「ふんっ、敵と慣れ合うなよ。いづれ追い落としてやる」
「ふははっ、敵か。ならばここは敵陣ど真ん中というわけじゃな」
自国の皇帝を敵と呼ぶクロハに、儂はつい笑いを零す。
まぁ、いづれこの国を乗っ取ろうというのだ。
クロハの言も最もだ。
笑いを零した儂を少し膨れっ面で睨んでいるクロハにまた少し笑みを零し、直ぐにその膨れた我が主の目を見つめて儂は言った。
「心配せずとも、慣れ合うつもりなど、毛頭ない。もしそのような素振りを何処の誰に見せても振りじゃとでも思っておいてくれ。戦場で肩を並べた者も、昨日酒を交わした者も、共に笑いあった者、談笑した者、挨拶を交わした者、今日擦れ違った者、そして、儂の知らぬどこの誰でも、クロハ、お主が望むなら儂はその全てを殺せるぞ」
「ふふっ、知ってる。お前は私の物だからな。お前は私だけを見ていればいい。私の内、心の中にあるのはお前だけなのだから・・・・・・」
そう言ってクロハは、先ほどまでの膨れっ面とは打って変わり、妖艶とも言える笑みを携え、ゆっくりと寝転がっていた体を起こし、傍に座る儂に抱き着いてくる。
儂はそれをいつものように受け入れるのだった。
そして、儂とクロハの二人は並んで同じベットで寝静まり、その深夜、事が起こった。
足音は上手く消している様だが、その技術力の高さ故か、儂にはその存在が浮いて見えた。
足音は無いが、頭上から感じるのは気配。
布擦れの音、微かな金属音。
部屋の空いた窓から飛来するのは、スローイングダガーと呼ばれる小振りの投擲用ナイフ。
正確に、静かに寝息を立てるクロハの頭を目掛けて投げられたそれを、儂は枕の下に隠していた小太刀を取り出して払う。
キィィンッと甲高い金属がぶつかり合う音が部屋へと響き、と同時に、第二、第三と複数のナイフが飛来する。
その数、計四本。
全てを落とすのは無理だと咄嗟に判断した儂は、クロハと儂が被っていた布団を掴んで思い切り振るい、飛来したナイフを纏めて払い落とす事に成功した。
バラバラに音を立てて床に落ちるナイフを一瞥し、窓へと目をやると既に人影を見つける事は出来なかった。
それと同時に何事かと目を覚ましたクロハは、眠そうに目を擦っている。
「どうやら刺客じゃ。クロハ」
「そのようだ。私はまだ眠い。暴れるなら外で頼む。・・・・・・コロセ」
「承知した」
開け放たれた窓からクロハを狙った刺客は、恐らく直ぐに屋根の上へと逃げた。
儂はクロハと言葉を交わしながら、ベットの傍に置いていた籠手を引っ掴み、窓の外に付けられた転落防止用の柵を足場に一足飛びで屋根の上へと躍り出た。
籠手を装備しながら回りを少し見渡すと、平らな屋根の上に一つの人影を見つけた。
どうやら逃げた訳では無く、儂を待っていてくれたらしい。
自然と笑みが零れる。
「何が可笑しい?」
「おっと、どうやら夜目が効く様じゃ。気を悪くせんでくれ。唯々楽しいだけじゃ」
「??・・・・・・可笑しなやつだ」
「可笑しいとは心外じゃが、・・・・・・よく言われる」
少し言葉を交わす。
背丈はそれほど高くは無い。
服装は司祭服を思わせる作りの黒一色の上下。
顔は、どうやら隠していない様だ。
自信の表れだろうか。
今宵は満月という事もあってか、まるで昼の様、とまではいかないが、ある程度は視界が開けている。
その月夜に照らされて少しの光を反射する男の髪は、見紛う事なく真っ白だ。
先程聞いた声色から察するにそれほど歳はいっていないと思われるが、若白髪とは、苦労の表れだろうか。
と、ここで少し思考が脱線した事に気付いて頭を振る。
「どうも、見受けた限りでは・・・・・・、儂と同業の類じゃろうのう?」
「お前の仕事を知らないからなんとも言えないな。そもそも、お前みたいなやつがいる事を俺は聞いていない」
「ほう。儂もお主の様な者の来客は把握しておらんかったが・・・・・・、お互い大変じゃのう。ふははっ」
儂の笑いにまた気分を害したのか、男は小さく舌打ちをした。
「こっちは急いでるんだ。迅速にお前を排除して目標を消させてもらう」
「ははっ、はははははっ」
「ちっ、さっきから、何なんだお前は!!どこか狂ってるのか!?急いでるんだよこっちは!」
「ふはっ、もう御託は良いからさっさとおいで、坊や。急ぎ急ぎと言う割りに随分と怠慢じゃのう」
儂の言葉に、先ほどまで声を荒げていた男は黙りこくる。
そして、ユラユラ、ユラユラと男の体が揺れる。
右へ、左へ、ユラユラ、ユラユラ。
いつの間にか取り出したショートソードを携えて。
ユラユラ、ユラユラ。
空気が変わる。
闘争の空気。
儂はユラユラ揺れる男を見据えながら二度屈伸し、少し伸び上がり、構える。
まぁ、構えるとは言っても、相手には唯々突っ立っているだけに見えるだろう。
両の手をダラリと下げ、体の力を抜く。
自然体。
葵流、円舞の構え。
構えを取った儂は、未だ左右に揺れている男を見つめる。
なるほど。
見事な脱力だ。
しかし、これは・・・・・・。
と、そこまで考えた所で男が動いた。
儂へ向かって瞬間の加速。
初速から最高速度に乗るまでの時間差が、ほぼ無い。
速い。
唯その一言に尽きる。
恐らくその男の渾身の一撃であろうショートソードによる刺突。
その攻撃は、儂の目前へと文字通りの一瞬で迫る。
男は自分の攻撃の必中を確信しただろう。
唯、儂が相手で無ければの話であるが・・・・・・。
男はその最高速度を保ったまま、何の手ごたえも無く儂を通り過ぎた。
そして、地面を擦る音を発しながら急ブレーキをかけて止まる。
何事も無く佇む儂に、顔には疑問が浮かんでいる。
「見事な技よ。そこまで達するにどれほどの努力を重ねたか、察するに余りあるわい」
「馬鹿な・・・・・・」
「唯々残念でならぬは、その技、既に儂の内にある事かのう」
「フザケルナ!そんな事が!!」
そう声を荒げ、儂へとまた同じ技にて強襲をかける。
ご丁寧に、牽制用の投げナイフも添えて。
しかし、残念な事にナイフを投げた動作を加えた事で、先ほどよりも速度が出ていない。
儂は悠々と、下げた両の手をグルリと回し、投げられた二本のナイフを空で掴んだ後、回転を加えた足捌き、葵流の極意によって、男の突進を最小の動きで回避する。
防御に特化する円舞の構えに死角は無い。
円の動きにより、回避し、受け流す。
「そんな・・・・・・、ばかな・・・・・・」
「その様な悲しい面をするでない。残念じゃが、お主の技は儂の先祖が既に数百年前に極め通過した場所よ」
「お前は、何を言ってる・・・・・・?数百年前?先祖だと?この技は、俺があの人に教わったんだ。あの人が作った・・・・・・」
「ほう、師匠が居るか。ふはっ、それは是が非でも、手合わせ願いたいのう!」
儂の言葉の後、金属が地面へと落ちる音が響く。
見ると、男の手からショートソードが離れ、無造作に地面へと転がっている。
そしてポタポタと滴たる滴は、辿ると男の右腕へとたどり着く。
その腕には、先ほど男が放ったナイフの一本が深々と突き刺さっている。
赤く染まった右腕をダラリと脱力させ、傷口を抑える事もせず力なく呆然と佇む男に、儂はゆっくりと歩み寄る。
手に持ったもう一本のナイフをクルクルと回しながら。
「のう、お主」
「・・・・・・、ひっ」
近くまで歩み寄った儂の呼びかけに、俯いていた男はゆっくりと顔を上げ、儂の顔を見るなり小さな悲鳴を漏らす。
その目には明確な怯えが宿っていた。
「お主は、何をしたのか解っておるのか?」
「え?いや・・・・・・」
何を言っているのか解らないと言った風に疑問を浮かべる男に、儂は無造作にもう一本のナイフを残る片腕に投げた。
至近距離で投擲されたナイフは、瞬間で深々と左腕に突き刺さり、赤い鮮血を飛び散らせた。
「ぐっ・・・・・・」
悲鳴を上げる事無く痛みに耐える男に少し関心し、儂は言葉を続けた。
「儂の主に刃を向けた。その事だけで死に値する」
「はっ・・・・・・、さっさと殺せ」
「潔いのう・・・・・・。その潔さついでに、雇い主でも吐かぬか?」
「さぁな・・・・・・。俺からその事について言うつもりはない。さっさとやれ」
「まぁ良いわ」
そして儂は腰に手をやり、一本の小太刀を抜き放つ。
小太刀にしては少し長めで、脇差と同程度の長さのその得物。
儂の成人の儀の折、祝いの品としてユウキが打ち上げた逸品。
名を、「緋牡丹」。
刀身の緋色に、花弁のような波紋を見た儂がつけた名である。
アイシアの近くに存在する鉱物に、緋鉄という物があり、良質な物程その特徴とされる緋色がより鮮やかな色をしている。
緋色の刀身が揺らめき、一筋の赤い光が煌めいた。
そして、落ちるは、男の首。
それは少しの距離を転がり、止まる。
と同時に、男の体が音を立てて崩れ落ちた。
儂はそれを一瞥し、緋牡丹を鞘へと戻し、ふぅと一息をついた。
「やれやれ、どうやら真に敵陣の中の様じゃのう・・・・・・。なんとも、敵の多い主様よ」
愚痴の様な物を零しつつも、儂の口元は恐らく笑っているだろうという事を自覚する。
感謝する。
退屈とは無縁の、この戦国の世に生まれ、クロハと言う主に巡り会えたことを。




