3.母と子と
暫くはほのぼのが続きそうです。
暫くの間、本を読み耽っていると、先程の騒々しい足音とは違うゆっくりとした音が聞こえてくる。
その足音に気づいた儂は本を閉じ、元の位置へと戻す。
それとほぼ同時にノックの音が響き、ゆっくりとドアが開いた。
入ってきた人物は、料理を乗せたお盆を持ったショートヘアーの女性だった。
どうやら彼女がアリー、儂の母親であるようだ。
少し目つきが鋭く、人の良さそうな父、ヤマトとは正反対に気の強そうな印象を受ける。
先程木桶の水を覗いた時に確認した自分の顔を思い浮かべ、どうやら目は彼女似だなとどうでもいい事を考えていると、立ちつくしている儂に母は小首を傾げる。
「何してるの?座りなさい」
少しの怒気を帯びた声色に、この歳になって怒られるのかと内心溜息を吐きながら、怖ず怖ずと部屋の中心付近の椅子に腰掛けた。
それを確認した母は、儂が腰掛けた椅子の前にあるテーブルにお盆を降ろした。
お盆の上を確認すると、クロワッサンの様なパンが2つに、野菜スープと思しき物が乗せられている。
先程までは余り空腹では無いと思っていたが、食べ物を前にすると不思議な事に空腹感が押し寄せてくる。
キュルルと小さくお腹がなり、その音を聞いた母はクスリと微笑む。
「お腹空いたでしょ。先に食べちゃいなさい」
第一印象とは裏腹に、優しく柔らかく微笑む彼女に、今の儂ではないにしろ以前の儂、アオイが迷惑をかけた事に申し訳無さがこみ上げてくる。
儂はスプーンを手にする前に、椅子に座ったままで深く頭を下げた。
「腹を満たすよりも先にすべきこがある。いらぬ心配をかけた事、この通り、もうしわけない事をした。以後気をつけるゆえ、許してやって欲しい」
そう言って暫く頭を下げていたが、一向に反応が無い事に違和感を覚えた儂はゆっくりと顔をあげると、母は面食らった様な顔をしていた。
そこでようやく、しまったと思う。
また言葉遣いが可怪しかったと気づくが、これは治りそうにないとも同時に思った。
少しの間沈黙と共に目を泳がせていると、母が急に吹き出して笑い出し、そして直ぐに心配そうな顔をする。
表情豊かな人だ。
「ほんとに変な言葉遣いになってる。頭を打ったせいかしら?アオイ、本当に大丈夫よね?」
「う、うむ。少し頭が痛む程度で……」
「ふふっ、もうあんな事はしないのよね?反省してる?」
「う、うむ」
「なら、いいわ。さっ、ささっと食べちゃいなさい。冷めないうちに、ね」
そう言った母は優しく儂の頬を撫でる。
その行為に異様な気恥ずかしさを覚え、顔が火照っていくのを感じる。
儂は照れ隠しにすぐさまスプーンに手を伸ばし、頂きますと一言。
優しく微笑む母に見つめられながら、パンを一欠片口に含んだ後、スープに手を付ける。
そのスープの暖かさを噛み締め、同時に家族の暖かさも噛み締めた。