14.皇都
先の戦、アイシアの街の前領主であるカミハラの反乱が終息し、一週間がたった頃、戦で大将を務めたカオル皇子は、捕虜を皇都ヴェルリンへと連れ帰り、戦勝報告をする為に城へと登っていた。
豪奢な装飾を施された石柱が規則正しく並ぶ薄暗い広間を抜け、謁見の間へと続く巨大な扉の前でカオル皇子は一度立ち止まり、深呼吸をした後、扉へと手をかけた。
両の手を扉へ添え、ゆっくりと押すと、ギィィッと言う音を伴い、扉が開く。
「お前はここで待っていろ」
「御意」
振り向くこと無く告げられたカオル皇子の言葉に、すぐ後ろに控えていたカイ将軍が短く返事をし、カオル皇子は扉の中へと入っていった。
中へ入ると、現在昼過ぎであるにも関わらず、先の広間と同様に薄暗い空間が広がる。
所々に点在している石柱には其々に備え付けられた蝋燭に火が灯っているが、この広い空間を照らすには些か心許無い。
と言うか明らかに光は足りていない。
皇帝陛下の御前であるが、人の気配と言うものは皆無で、護衛の兵士の姿も見えなかった。
まぁそれはいつもの事である為、カオル皇子は特に気にした様子も無く、奥に見える玉座へとゆっくりと歩を進めた。
カオル皇子の足音だけが静寂な空間に響く。
そして、玉座の前に設けられた短い階段の手前まで歩を進めたカオル皇子は、そこでゆっくりと跪いた。
「ただいま帰還致しました。皇帝陛下」
「おう。戻ったか、カオルよ」
跪くカオル皇子の先、短い階段の上にある玉座に座る人物が軽い調子で手を上げる。
黒々とした短髪に、顎鬚を蓄えた男性。
赤い双眼はギラリと光り、口元は微かに笑みを浮かべている。
齢六十を越えているはずなのだが、その姿はあり得ない程若々しく、三十代前半程にしか見えない。
筋肉質な肉体に、白を基調に、金色の装飾を施したその服装は、制服、軍服の様に見える。
まるで体の全盛期そのままの姿で時が止まっている様だ。
彼が、ヴェイリース皇国三代目皇帝テッショウ・アマガミ、その人だ。
「私とお前の仲だろう。堅苦しいのは抜きにして、頭を上げろ。カオル」
その言葉に、跪き、頭を垂れていたカオル皇子はそっと頭を上げた。
そして、皇帝の姿に目を向け、カオル皇子はいつも通りの事を思う。
(バケモノめ)
と。
「それで、戦はどうだった?カミハラの奴は死んだか?」
「はい。首を持ち帰りました」
「ほう、そうかそうか。あいつも馬鹿なことをした物だな。まぁ、久しく無かった規模の戦だ、私が出向きたかったぐらいだよ」
「はははっ、ご冗談を・・・・・・。お祖父様が出向かれては、アチラが憐れ過ぎて目も当てられません」
カオル皇子は愛想笑いを浮かべ、それを見下ろしながら皇帝は玉座の肘掛けに頬杖をついている。
未だ薄笑いを浮かべながら暫くカオル皇子を言葉なく眺め、カオル皇子は皇帝の無言の圧力に冷や汗が流れる。
そして不意に、何かを思い出したかのように皇帝は口を開く。
「そう言えば、此度の戦はアレが持ってきたんだったな」
「アレ、と申しますと……クロハ、ですか?」
「あぁ、アレはどうだった?」
「……カミハラを討ち取ったのは、クロハです」
そのカオル皇子の言葉に、皇帝は先程まで浮かべていた薄ら笑いを止め、少し目を見開いた後、今度は心底嬉しそうに笑みを零した。
「ふはっ、はははははっ。そうか、ははっ、そうか。カオルよ、アレにしてやられたか。くくっ」
「……」
腹を抱えて笑う皇帝の姿に、カオル皇子は苦虫を噛み潰したかのように顔を顰める。
「おぉ、どうした。そのように顔を歪めて……悔しいのか?ふはっ、おじいちゃんが慰めてやろうか?可愛い孫よ」
「……お戯れを」
巫山戯た調子で言う皇帝に、カオル皇子は心情を悟られぬ様に頭を下げ、睨むような目を床へと向ける。
それを見下ろしながら、先程まで心底楽しそうであった笑い声をピタリと止め、また薄ら笑いを浮かべたまま口を開く。
「そうか、アレは息災か。ふふっ、美味しく育っているようで何よりだ。アレは特別だからな」
「……っ、お言葉ですがっ、お祖父様、クロハは!」
「誰が、口を開いて良いと?」
カオル皇子の言葉に気分を害したのか、皇帝は薄ら笑いを止め、無表情のままカオルを睨む。
その赤い双眼が怪しく光り、その射殺さんばかりの眼光に、心なしかカオル皇子の体は少し震えている様だ。
「ふっ、まぁ良い。お前や、他にもアレをよく思っていない者がいるようだがな。お前達がアレをどう思ってどうしようと、何も変わらんよ。アレは私に良く似ている。私はアレが可愛くて可愛くて仕方が無いのだ……。あのまま傍に置いていては我慢が、……いや、まぁ良い」
アレと呼ぶクロハを思い、ポツリポツリと言葉を紡ぎながら恍惚の表情を浮かべていた皇帝だったが、不意に言葉を止め、また薄ら笑いを取り戻す。
言葉を発する事無く床を睨むカオル皇子を、皇帝は一瞥し、また頬杖を付く。
「捕虜は?」
「はっ、五百名余りを連れ帰りました」
「五百か、そうだな、半数は教会に入れておけ。若い順にな……後はいつも通り処理しろ」
「解りました」
ヴェイリース皇国に存在する機関、「教会」は、身寄りの無い子供を引き取り、皇族や貴族に奴隷を供給する事を生業としている。
教会は、皇帝の直属の機関であり、子供だけではなく、戦争での捕虜も皇帝の匙加減で入れられる事がある。
しかし、奴隷として世に出るのは、極一部でしか無い。
世に出ずに消える奴隷達は何処へ行くのか、何処に、消えるのか。
恐らく皇帝と、一部の皇族しかその詳細を知る者はいない。
その疑問を解消した時に降りかかる災厄を考えると、その疑問を解消しようとは思えない。
カオル皇子は詳細を知らないが、知りたいとも思わない。
皇帝の言葉に淡々と応え、戦勝報告を終えたカオル皇子は謁見の場を後にしようと立ち上がった所で、不意に皇帝が口を開く。
「あぁ、そうだ。カオルよ。今夜、共に晩餐でもどうだ?良い肉が手に入ったんだ。お前の親父と兄も来る予定なんだが……」
「お誘いは有り難いのですが、何分、戦から舞い戻ったばかり。本日はご遠慮させて頂きたいのですが……」
「ふむ、それもそうだな。まぁ、ゆっくりと体を休めるといい。それにしても、兄と違ってお前は中々釣れない奴だな……、一度ぐらい、お祖父ちゃんと仲良く飯を食ってくれてもいいだろう?なぁ、可愛い孫よ」
「はい、また、いづれ……(誰が、そのような得体の知れぬ肉を食うか)」
そう言ってペコリと頭を下げ、今度こそ、謁見の間を後にするカオル皇子であった。




