9.二年越しの戦火7
剣戟に慟哭、悲痛に血を巻き散らす戦場。
数多の人がひしめき合う戦場を、飛翔する一本の矢の如く一直線に進んだ一団は、敵陣の中腹ほどまで進み、ようやくその勢いを殺した。
その先頭に位置する一人の男。
漆黒の鎧に、両手にショートソードを振るうカオル皇子は、苛立ちを露わにしながらまた一人、向ってくる敵歩兵の首元を右手に持つショートソードで貫き、引き抜く。
「ちっ……、全く使えない隷達だね。僕についてこいって言ったのに、いつもいつも……」
「申し訳ありません!!これほど隊列が伸びるとは……、皇都へ戻ればまた調練に励みまする故ご容赦をっ」
苛立ちを口にするカオル皇子のすぐ後ろでカイ将軍が言葉を返しながら槍を振るう。
一突きすれば敵歩兵の心臓を鎧ごと貫き、一振るいすれば二、三人を巻き込みながらそれを吹き飛ばす。
二人の後ろに続く赤い鎧を身に纏う兵士団、「赤鬼衆」と呼ばれる者達も、それぞれ振るう武器は違えど、殆どが一合目で敵歩兵を屠っていく。
その圧倒的な戦闘技術の差は、ヴェイリース皇国が誇る一番槍、斬り込み隊ととして名高いのも頷ける戦ぶりであった。
そして、また一人、カオル皇子は向ってくる敵兵の目を目掛けてショートソードを振るう。
「ぎゃぁっ!!目がっ目がああっ!!!」
「ふんっ!!」
目を抑えて倒れ込もうとした所をすかさずカイ将軍の槍がその心臓を刺し貫く。
個人としての技量は言うまでもないが、隊列が伸びた状態でもそれぞれ隣同士、隣接する兵達の連携には目を見張る物があった。
これほど無茶な突進をしたと言うのに、その後、隊列は分断されるどころか、段々とまた塊へと戻っていく。
「ふん、まぁここまで来れば十分だろう……。カミハラのおじいちゃんの所まで一直線にいくつもりだったけど、仕方ない……。カイ将軍、ここで前線が登ってくるのを待つよ」
「仰せの通りに、我が君」
「最後尾の第三小隊に伝令!現在の我が軍の前線を押し上げる!前線に後退しながら援護に回れ!!……あぁ、それと、全員僕の許可なく死ぬ事は許さないよ」
「御意!!」
カオル皇子の言葉に、赤鬼衆は総じて頷き、最後尾の部隊へと伝令が伝わり、赤鬼衆第三部隊は前線の援護へと回る。
「さて、クロハは無事かなぁ……、このままじゃぁ僕の方が先にカミハラのおじいちゃんに届いちゃいそうだけど、どう出るか……。あの子は昔から、小賢しい子だったからねぇ……、ふふっ」
また一人、また一人と敵兵を屠りながら、口元をゆがめて独り言を漏らすカオル皇子であった。
一方、カオル皇子の突撃から数分遅れて本陣を引き払い、アイシア兵を引き連れて出陣したクロハは、カオル皇子の進んだ方向とは逆方向へ進み、その逆方向の前線を少し押し上げていた。
「やはり、こちらは少し手薄になってきたな……。しかし、なんだあのバカみたいな突破力は……、あのバカ、遠目だが、敵の中腹程まで進んだか?」
「いやはや、その様ですね。……よくもまぁ、総大将の名を冠する者があのような敵陣ど真ん中に飛び込める物です……。あとクロハ様、バカは言い過ぎです」
「いや……、バカ以外に言葉が思いつかない。まぁあ奴がバカかどうかはハッキリしているからどうでもいい。それよりも、ここより後方の動きはどうだ?」
「……ミナト様、馬上を失礼」
クロハの言葉に反応し、カエデが馬の後ろへと後ろ向きに飛び乗り、しゃがんで両手を前へと構えた後、その手の上へツバキが飛び乗り、グンッと勢いをつけて立ち上がると同時に、ツバキがカエデの肩に足をかけ登る。
人間タワーヨロシク、ツバキが戦場の後方へと目をやる。
「……遠目ではありますが、そうですね……、大凡クロハ様の予想通り段々と向こうに兵が流れています。このまま行けば、この前線を抜ければ後ろはスカスカですね」
「ふふっ、ここまでは上出来だ。もう少しこちら側の前線を押し上げるぞ。付いてこい!」
「了解です。我が主」
クロハの言葉にミナトが了承の意を告げ、それと同時にツバキとクロハが頷き、馬上を飛び降りる。
そして、クロハが馬を蹴り、ミナトが続き、そのあとをツバキ、カエデが続く。
前線の少し後方で様子を見ていたクロハ達が前線へと躍り出る。
一際目を引く黒い馬に跨る少女。
目立つのは言うまでもなく、その他の兵とは圧倒的に作りが異なる白銀の鎧を身に纏っている事が、より一層名のある者である事を敵兵に印象付けた。
それは勿論、首を狙われるという事に直結する。
「その首!俺がもらう!!!」
そして、案の定、クロハを狙い、一直線にクロハへと詰め寄ってくる敵騎馬兵。
そして、数秒後、ロングソードを構える敵騎馬とサーベルを構えるクロハは交錯する。
ピィィィンッ!と何かを弾く様な音を残し、交錯を終えた二人は次第に失速し、クロハは振り向くこと無くサーベルについた血を払う。
次の瞬間、馬上の騎士は音を立てて地面へと落ちた。
手にはロングソードを持ったまま、目は見開き、動かない。
その首元から流れる血だけが事の結果を物語っていた。
まず、騎馬兵は交錯する瞬間、ロングソードを兜を被っていないクロハの頭を目掛けて振り下ろした。
そしてクロハは交錯する瞬間、その振り下ろされたロングソードの軌道を変える様にサーベルをソッと突き出し、添えた。
軌道を変えられたロングソードは馬と馬、二人の間をすり抜けて振り下ろされる。
そして軌道を変えた後サーベルを即座に振るい、騎馬兵の首を斬り裂いたのだ。
その技量、天分を感じるには十分な物であった。
「悪いが、お前にくれてやる程この首は安くは無い」
それを見ていた兵士達は二の足を踏んでざわつくが、目の前に武功となる者がいるという事は、人参を目の前につるされた馬のごとく、その躊躇いは一瞬に等しい程の僅かな時間であった。
しかし、あとに続く三人に取ってその一瞬は十分な時間だった。
一人突出したクロハに、4人の兵士が群がろうとした矢先の事。
最初に飛び出した二人の歩兵の頭が不自然に後ろへ揺れ、仰向けにひっくり返る。
二人の歩兵は、物言わぬ骸へと成り果てていた。
その二人の目の奥深くへと突き刺さっているのは、棒手裏剣と呼ばれる投擲武器。
その飛び出した二人を仕留めたのは、此方へと走りながら向ってくる二人の少女、ツバキとカエデだ。
それぞれが籠手に忍ばせた棒手裏剣を一本ずつ抜き、寸分違わず急所を狙い打ったのだった。
そして、今、四人の内の一人、二人倒れたので最早二人の内の一人だが、その一人がクロハへと至ろうとしたとき、それを上回る速度で駆け抜ける一陣の風。
その風は敵歩兵をすり抜ける様に通り過ぎた後、誰よりも速くクロハの隣へと至る。
「いやいや……、全く、クロハ様、一人で出過ぎですよ。後から追いかけるわたしくし達の身にもなってください……。冷や汗が止まりませんよ……」
「お説教は帰ってから聞く。それに、出過ぎという事は無いだろ?私は十分に皆の力量を考慮して動いているぞ。ほら、現に間に合っているではないか」
「それはそうですが……」
今にも襲われそうな状況であるにも関わらず、平時と変わらずといった調子で会話を続ける二人に、残されたもう一人の兵士は困惑した様子で狼狽えている。
そして、当の先ほど襲い掛かろうとした兵士は武器を振りかぶったまま全く動かない。
その事も、もう一人の兵士を困惑させている原因の一つであった。
そして目が行くのは、いつの間にか抜き放っていたミナトが肩に担ぐロングソード。
その長剣からポタリポタリと滴るのは、血である事は間違いなかった。
「む……、いやはや、全く、クロハ様に手を上げようとするとは無礼な……。まだそこに立っていたのですか?」
そう言葉を発したミナトは、剣先で微動だにしない兵士をトンッと押す。
抵抗なくそれを受けた兵士の体はグラリと揺らぎ、力なく仰向けに倒れる。
そして、その衝撃でゴロゴロと転がるのは、その兵士の首であった。
ヒッと短く悲鳴を上げた残された敵兵は、ジリジリと後退る。
そして少し遅れて到着するのはツバキとカエデの二人。
「アレは私がやってもいいんですか?」
「あら、ずるいわよツバキちゃん。私がやるわ」
「ん?ああ、好きにしていいぞ」
そんな、クロハとツバキ、カエデの三人の会話に、更にたじろぎ、残された兵士は、未だ戦闘が繰り広げられている周りに助けを求める様に視線を彷徨わせている。
と、ここでその周りで行われていた戦闘の一つに区切りが付く。
転ぶ様に転倒してしまった味方の兵士は、無残にも顔を敵兵に突き刺され、その命を落とす。
そして返り血に染まる顔を拭う一人の歩兵の姿があった。
助けを求める様に残された兵士はその兵士を呼び、それに気づいた兵士は此方へと近寄ってくる。
歩みを止めた兵士は、お互いに顔を見合わせた後、クロハと、ツバキにカエデを舐めるように見回した後、下卑た笑い顔を覗かせる。
その下卑た笑いが、自らの死亡フラグだとは露知らず……。
「アッチは私がヤル……。アレはカエデにあげる」
「あらあら……、アッチさんご愁傷さま……」
その言葉を発した後、先に走り出したのはツバキだった。
そしてカエデが続く。
二人の兵士は武器を構え、待ち受ける。
忍び装束に、顔を覆い隠し、口元も布で覆っている二人の表情はその目でしか窺い知る事は出来ない。
見る事は出来ないが、カエデの口元は常にニコニコと笑みが浮かんでおり、そして唯一覗いているその垂れ目気味な目元も、楽しそうに微笑みを浮かべている。
一方、ツバキの方は、口元は同じく見る事は出来ないが、その吊り目気味な目元は終始不機嫌そうに相手を睨みつけ、その奥には暗い闇が覗き、大凡表情と呼べる物は存在せず、無表情に近い物だった。
ある程度まで近づいたツバキは、籠手から棒手裏剣を一本取り出し、顔を狙って打つ。
どうやらそれなりの技量を持ち合わせていた様で、慌てながらもその投擲を剣を盾にして防いで見せるアッチと呼ばれた敵兵。
しかし、それは威嚇の意味合いしか持たず、ツバキはその隙に即座に距離を詰めていた。
しかし、獲物の取り決めをしたのはカエデとツバキの二人であって、向こうはそんな物を決めているはずがない。
案の定、隙を突かれてピンチに陥る味方を助けようとツバキに剣を振り上げた所で、後ろに続いていたカエデが追いつき、その微笑みを崩さぬまま、思い切り腹を蹴り飛ばす。
「なっ……!ぐぁっ!」
「はーい、アレさんは私が貰ったんだから、私と遊びましょ」
勿論、カエデの軽い体重ではそれほどの威力があるはずもなく、蹴り飛ばしたとは言ってもそれは後ろに倒れ込み、少しの距離を離したに過ぎない。
しかし、それで十分だった。
そうなる事が解っていたのか、もしくは獲物しか目に入っていなかったのか、それを知るのは当の本人であるツバキしか知りようがないが、横槍を入れようとしたアレと呼んだ兵士には目もくれず、ツバキはその勢いのまま兵士の目前へと迫る。
目前へと迫るツバキに、すぐさま体制を立て直し、反撃を試みようとする兵士だったが、ツバキの体に染み込み始めた体術の前には後の祭りであった。
目前へと迫ったツバキは歩幅を急激に変えて減速し、鍛錬のみが可能とする体捌きを持ってしてクルリと兵士の後ろへと回り込む。
兵士の目には目の前にいたはずのツバキが急に消えた様に映ったかもしれない。
勿論、それも当の本人に聞いて見なければ解らないが、先ほどのツバキに対する疑問とは違い、それは出来ない相談となる。
後ろに回り込んだツバキは、すぐさまピョンッと兵士の背中に飛び乗り、慌てて振りほどこうとする間も、声を上げる間も、どちらも与える事無く、いつの間にか抜き放っていた短刀により、喉元を一思いに斬り裂いた。
そしてすぐに兵士の体から飛び降り、まるで触りたくない物に触ってしまったという様にパンパンッと服を払う。
そして、兵士の首元からは赤い鮮血が飛び散り、兵士は首元を抑えたまま、一歩、二歩と歩を進め、三歩目で遂に膝を突き、頭から倒れ込んだ。
これでもう、先ほどの疑問をこの骸に聞くのは最早不可能だ。
ツバキは、ふぅと息を吐き、カエデの方を見やると、丁度終わる直前だった。
カエデは倒れ込んだ兵士の口元を抑え、その首元を短刀で斬り裂いた。
少し暴れていた様だが、あのカエデの腕に捕まると最早逃げ出せないという事をツバキは知っていた。
幼い頃から村の畑仕事を手伝い、鍛えられた筋力。
その筋力がカエデは異常だったのだ。
この世界の文明レベルで機械の力などと言うものは言うまでもなく望めない。
その全てを手作業でこなす農業というのは、かなりの重労働だ。
それを朝早くから毎日毎日繰り返しこなしてきたカエデとツバキ。
ほぼ同じ量の仕事をこなしていたはずのカエデとツバキであったが、そのあまり変わらない細腕に宿る二人の力は全くの別物だった。
それは持って生まれた物の差としか言いようがない。
否、先ほどの言葉通り、カエデの筋力が、異常なのだ。
力があれば人は誰でも戦えるだろうか?
いや、それを振るう覚悟や、その力を持っているという自覚、意志が無ければ人は戦えない。
二年前、少女達はならず者達に多くを奪われた。
平和な村で育った彼女達だったが、当時から戦える力は既に備わっていたかもしれない。
しかし、戦う意志が無かった。
あの時はまだ、戦える力はあっても、戦う意志も、戦い方も知らない唯の少女だったのだから。
でも今は違う。
彼女に、戦い方を教わった。
そして彼女の為に戦う意志を貰った。
そして、彼女の為に命を捨てる覚悟を持った。
最早少女二人の皮を被ったシノビの瞳に、迷いの色が浮かぶ事は無い。
「う~ん、敵が男だったからかしら……、あまり罪悪感は無いわね?」
「……男、もそうだけど、お姉ちゃんの為なら誰に対しても罪悪感なんてないよ」
「……それもそうね、ふふふ」
鮮血に濡れた自身を気に留める素振りも無く、笑みを崩さずに告げる少女に、無表情のまま、感慨も無いと言った風な少女。
二人はゆっくりとした足取りでクロハとミナトの元へと戻っていく。
そんな二人を眺めていたクロハとミナトは、顔を見合わせている。
「……あれが、アオイ殿が育てたシノビという者ですか」
「あぁ、見事な物だな。アオイが助けたばかりの頃とは見違える様だ……、さて」
二人が傍へと至った所で、クロハは更に手薄になりつつある正面を見据える。
このまま進めば敵陣の中腹を超え、カミハラの喉元へ斬り込むのは問題なさそうだ。
しかし、問題はその後だ。
「ふふっ、面白くなってきたな。では、作戦通りに事を進めるぞ」
「了解しました。あの方の方は私にお任せください。なんとか頑張らせて頂きますよ」
「うむ、任せた。カエデとツバキはそのまま儂の傍で火の粉を払え」
「「承知」」
クロハの言葉に、ミナト、カエデにツバキがそれぞれ頷く。
そして、作戦の最終確認を終えたクロハ達は、更に敵陣奥深くへと斬り込んでいくのだった。




