8.二年越しの戦火6
日が高く昇り、ジリジリとした熱気に汗が滴る。
黒い馬に跨り、白銀の鎧に身を包むクロハは雲一つ無い蒼天を見上げていた。
「全く、先日までの大雨とは打って変わって、うっとうしい程の陽気だな……」
「そうですね……、ですがこの熱気はどうも天候のみの仕業とは思えませんが……」
「……そうだな」
空を見上げながらポツリと愚痴を漏らしたクロハに、隣に控えるミナトが同じく馬上で言葉を返す。
そしてクロハは視線を段々と落とし、正面を見据える。
切り立った岩肌が覗く谷底。
目の前に広がるのは自国の数千人の兵士達、そして更にその先に広がるのは、数千人に及ぶ敵と言う名の人の塊だった。
時刻は太陽の位置からして正午を過ぎた辺りだろう。
お互いに睨み合い、開戦を今か今かと待ち望んでいる。
血気盛んな両軍の熱気が、正午過ぎの唯でさえ高い気温を更に上げていた。
そんな中、一つの声が戦場へと響き渡る。
拡声器などあろうはずがない。
しかしその声はどこまでも響き渡る。
「武器を構えろ!!目前に迫るは皇帝陛下に弓引く逆賊である!!皇帝陛下への忠誠を、今示す時ぞ!!敵の血でこの地を洗え!!敵の首を天に掲げよ!!敵の断末魔と、その命!!それを皇帝陛下が御所望だ!!死を恐れるな!ヴェイリース皇国が誇る勇者達よ!恐れる事もまた、皇帝陛下への逆心であると知れ!!!!」
その言葉を皮切りに、武器を構える兵士達。
金属の擦れる音、その息遣い、緊張、高鳴る鼓動。
様々な音が場を支配する。
「全てを殺せぇ!!!!!!!!」
今一度響いたその声に答えるのは、幾重にも重なる獣の如き声。
「「「「オオオオォォォォォォオオオッッッ!!!!!!!!」」」」
両軍それぞれの総数は約5000ずつ。
約一万人に上る殺し合いの火蓋は切って落とされた。
両軍の先頭に位置する部隊は、ほぼ同時に走り出し、そして、鳴り響く轟音。
剣戟の火花に怒号、飛び交うは矢の雨に血の雨。
筆舌に尽くし難い程の迫力をもって、クロハの目下は戦場に支配された。
クロハが暫しの間戦況を眺めていた所で、少し離れた位置から声をかけられた。
白く美しい白馬に跨り、二本のショートソードを携えた漆黒の鎧を纏う金髪の優男。
クロハとは何もかもが対照的に映るその男は、張り付いた様な笑みを浮かべたままゆっくりと近づいてくる。
傍に控えるのは、二メートルを超す巨体に、シンプルな造りをした一本の槍を携え、赤い鎧を身に纏う歴戦の雄、カイ将軍。
「賭けは覚えているかい?クロハ」
「えぇ、勿論です。カオル兄様こそ、お忘れでは?」
「はははっ、勿論覚えているよ。……まぁ、僕が覚えていなくてもクロハが覚えているのなら問題はないけどね」
「?……それはどういう意味でしょう」
「はははっ、僕が負けるなんてあり得ないからさ。そうだろう?カイ将軍」
「はっ、仰る通りです。我が君」
嗤うカオル皇子に、仰々しく頭を下げて答えるカイ将軍。
その態度に苛立ちを覚えるがそれを隠す様に笑みを浮かべるクロハ。
「ふふふ、そうですね、胸をお借りする気持ちで、善処させて頂きます。カオル兄様」
「ふふ……、あぁ、精々足掻くといいよ。可愛い末の妹よ」
その言葉を告げ、戦場へと向き直ったカオル皇子はスッと小さく手を上げる。
それに注目するは総勢百名のカオル皇子の子飼いの近衛兵達だ。
その面々は兜を深く被り、大凡その表情や顔を窺い知る事は出来ず、それぞれが身を包むその赤い鎧は至る所が傷で溢れていた。
「さぁ、血が僕達を呼んでいる。行こうか、僕の可愛い隷達」
「はっ、我が君!!皆!カオル様に続け!!!」
「カオル兄様、御武運を」
「はははっ、また心にも無い事を……、まぁ折角だから君にも武運を祈っておくよ、クロハ」
そしてカオル皇子は馬を蹴り、目下へ広がる戦場を目掛けて一気に加速する。
カオル皇子を先頭に続くのは、カイ将軍、そして百人の近衛兵。
黒い矢じりを持つ赤い一本の矢が、今戦場へと解き放たれた。
「ふぅ……、全く、戦が始まって物の数分で戦場へ飛び出すなど、総大将が聞いて飽きれるな。……流れ矢にでも当たってしまえ」
「!!?クロハ様!どこで誰が聞いているか解りませんので、冗談はおやめください……」
「ふんっ、下らん事を気にするなミナト。それより、私達もそろそろ出るか」
「……あの様な方でも、仮にも皇族の直系です。不用意な発言は……」
「あぁっ、もう!わかったわかった。というか、あの様な方でもって、お前も大概だぞ」
「はっ!いけませんね……、私、根が正直過ぎるのが玉に傷でして……」
「……ふざけている場合じゃないぞ。さて、私達とアイシアの兵で総勢300と少しか。……そうだな、あいつ等が進んだ方向とは逆方向へ進撃を開始する」
そう告げたクロハに、ミナトは暫し考える素振りを見せた後、頷く。
金色の戦鬼と名高き総大将であるカオル皇子と、その突破力を誇る子飼いの近衛兵団『赤鬼衆』。
これほどの囮はそうはいない。
おそらくはその突破力を保持したまま暫くは突進を続けるだろうが、勿論その突破力をずっと保持するのは不可能だ。
どこかで必ず失速する。
そして、その突破力を恐れた敵兵は敵総大将であるカミハラを守るべく守備を厚くするだろう。
守備へ割かれる人員を見極め、手薄な個所を進めば、追いつき、追い越すのも不可能ではない。
そして、カミハラを追い詰めれば後は……。
そう考えてクロハは笑みを浮かべる。
「カエデ!ツバキ!」
「はい」
「ここに」
クロハの呼びかけに答えるのは、後ろで控えていた忍び装束に身を包む齢十二の少女が二人。
「お前たちは初陣であったな。平気そうか?」
「問題ありません」
「同じく、問題ありません」
「ふっ、愚問だったか。二人ともアオイの子だものな……。頼りにするぞ、降りかかる火の粉を払え」
「「承知」」
こうして、放たれた一本の矢のごとく戦場へと駆けていったカオル皇子とその部隊とは対照的に、クロハとその部隊は悠然とした足取りで進撃を開始するのだった。




