5.二年越しの戦火4
夜も更け、人の織り成す喧騒も止み、森の獣達の鳴き声も止んだ。
儂は一人自分に用意された部屋の椅子に座り、蝋燭の灯を頼りに本を読んでいた。
本のページを捲る手を止め、しおりを挟み、本を閉じる。
窓から空を眺めると、そこには前世と変わらない三日月が浮かんでいる。
前世も異世界も、空だけは瓜二つだ。
不意に前世の家族を思い出した。
深い記憶の底に仕舞いこんで久しいが、忘れられる物でもない。
勿論忘れたいと願っている訳ではない。
終ぞ叶わなかった儂の夢を追いかけて、遂にはこんな所まで走ってきてしまった。
前世で追いかけ、追い求め、恋い焦がれても遂には掴めなかった夢に今は手が届いている。
「ふふっ、じゃが、まだまだ先祖様の武勇伝には程遠いのう。儂の夢はこれからも続く……」
笑みを零して独り言を漏らし、目を瞑る。
今一度前世の記憶を深くへと仕舞いこむ。
前世には最早微塵も未練は無い。
満ち足りた、普通の男としての人生は終えたのだ。
今儂は戦場を駆るシノビとして生きている。
あぁ、何と楽しいことか、何と心が踊る事か。
まだまだこれからだ。
第二の人生を与えてくれた誰かに感謝する。
「神か……悪魔か……、まぁどちらでもよいか」
本を机の上へと置き、ゆっくりとベットに寝転がる。
明日は早い。
そろそろ眠らねば、と思った所で足音が響く。
響くとは言っても、それはゆっくりとした歩調で、辛うじて耳をすませば聞こえる程度の物だが、それは真っ直ぐに儂の部屋へと向かってきているようだ。
歩幅、歩調、木の床を鳴らす音はその者の大凡の体重も図れる。
当たりを付けた儂はまたかと短く息を吐く。
その足音の主は儂の部屋の前で止まった。
足音の主に向かい、ドア越しに声をかける。
「入っておいで、ツバキ」
儂の言葉に、ドア越しに声をかけられたツバキがバツが悪そうにゆっくりとドアを開け、部屋へと入ってくる。
「どうしたのじゃ?……また、怖い夢でも見たのかのう?」
「ちがっ……、違うもん。そんなんじゃない。私はもう子供じゃないもの……」
「ふむ、……こっちへおいで」
儂の言葉にうつむき、寝間着の裾をギュッと握るツバキに手招きをする。
それを見たツバキの顔がパッと輝き、直ぐにいつもの澄ました顔に戻る。
そして、最初はゆっくりと、段々と早くなり、そして勢いを付けて儂へと飛びついてくる。
「これこれっ、全く…‥、ツバキはいつ迄たっても甘えん坊じゃのう」
「むー、いつもはこんな事しない。あの子達に示しがつかないし……」
「なんじゃ、そんな事を気にしておったのか」
「そんな事ってっ、私には大事な事なの!……だって、私はお姉ちゃんだし」
「あぁ、そうじゃな……、こんなに甘えん坊じゃから忘れておった」
そう言って儂はくしゃくしゃっとツバキの頭を撫でる。
「わわわっ……」
少し乱暴な儂の撫でかたに、驚きの声と抗議の声を上げ、ささっと自分の髪の毛を手で整えるツバキに、儂は目を細める。
頬を膨らませて儂を睨むツバキの頭を今度は優しく撫でた。
次の瞬間には、頬を膨らませていたツバキは目を細め、儂に笑顔を向けてくる。
その笑顔に、儂もつい頬が綻ぶ。
「それで、いつもの怖い夢じゃなければ、どうしたのじゃ?」
「ううん、ほんとに何でもないの。唯……男の人がいっぱい居たから…‥少し怖くなっただけ……」
「そうか。……じゃが、心配するな。皆、仲間じゃ。二度とあのような事は起こらん。儂も居る、そうじゃろう?」
「……うん、解ってる。本当に少しだけ、怖くなっただけなの。もう大丈夫だから……」
そう言って儂の胸に顔を埋めるツバキの頭を優しく撫で続ける。
暫くそうしていると、ツバキの先程まで少し震えていた体がピタリと止まり、儂の顔を見上げ、笑顔を見せる。
発作の様な物だ。
あの夜から、時折ツバキは悪夢に目を覚まし、儂の寝所へ飛び込んで来る。
少しの年月で幾分かマシにはなったが、完治には程遠い。
「明日は、平気そうか?駄目なら無理にとは……」
「平気だよ!私はちゃんと出来るよ!私はちゃんと、お姉ちゃんのお手伝い出来るから!!」
必死にそう告げるツバキに、儂は暫し考える。
「……解った。なら頼むぞ。傍にはカエデもおる。二人で力を合わせるんじゃぞ」
「うん、解ってる。ちゃんとやれるよ。……私達は平気だけど、でもお姉ちゃんについていくユーリの方が心配だよ……」
「ふふっ、それは心配するな。儂がついておる。さて……」
明日も早い。
本当にもう休まねば明日の仕事に差し支える。
そして儂はもう一度ドアへ向かって声をかけた。
「もう良いからお主達も入って来い。儂は寝るぞ」
儂の言葉に、カエデとユーリの二人がバツが悪そうに部屋へと入ってくる。
「へへへっ、やっぱりバレてた」
「儂から気配を消すにはまだまだ修行が足らんのう」
「僕は大丈夫だったでしょ!?駄目だったのはカエデ姉ちゃんだよね!?」
「いーや、ユーリの足音が響いておった。体重移動がなっとらんぞ」
「ぶー、そんなの解るのアオイ姉ちゃんだけだって……」
ユーリがぶーたれた所で、誰からとも無く笑いが零れる。
そうして、ユーリが一番にベットにダイブし、「僕ここー!!」と早めに自分の陣地を確保。
「まったく、まだまだお子様なんだから」とゆっくりとベットの端にカエデが陣取り、そして儂、ツバキが順に並ぶ。
狭いベットに、家族4人。
なんとまぁ、第二の人生でも可愛い家族に恵まれた物よな。
一人笑みを零し、儂も眠りにつく。
明日の戦に備えて。




